「ここから見える森すべてが我が社の資産。『ツリー・ファーム(木の畑)』と呼んでいます」。世界最大の森林投資信託会社、ウェアーハウザー(米ワシントン州)で木材の品質管理を担当するドン・セルが言う。
アメリカ北西部シアトルから車で2時間余り。その森はセント・ヘレンズ山(標高2549メートル)の裾野に広がる。セルが運転する四輪駆動車で林道を尾根まで登ると、苗木から高さ30メートルを超す成木まで、樹齢の異なるベイマツという針葉樹のかたまりがパッチワーク状に広がっていた。
広大な森の50分の1を毎年バッサリと「収穫」し、跡地に苗木を植える。伐採が一回りした50年後には、最初に植えた木が育って収穫期を迎えているというわけだ。切り出した木材の半分は輸出され、その3分の2は日本向けだ。
「我々の社訓は『森は自分たちでも子供たちでもなく、孫たちのもの』だ。持続可能性を大事にしている」と社長のドイル・シモンズは言う。
1900年に創業し、製紙や住宅建築などを含む森林関連の総合企業として大きくなった。だが2000年代に入り、森を育てて木を売る事業に「一点集中」すると決め、関連部門のほとんどを売り渡した。今年2月には業界トップを争ってきたライバル会社と合併し、所有する森の面積は倍増。九州全域の1.5倍にあたる5万2600平方キロメートルの森を手にした。社長のシモンズは「我々は世界最大の規模で、だれよりも効率よく大量の木を育てられる。今後も高まる木材の需要に応えられる」と話す。
資産総額960億円の森林ファンド
強気の見方には理由がある。技術の進歩で大型の木造建築が可能になり、建材には向かない木を利用したバイオマス発電など、利用が広がる。環境意識が高まるなか、森への投資は、社会的なイメージ向上にもつながる。
森は、投資家を引き寄せている。
シアトル中心部。40階建て高層ビルの最上階にある投資会社「シルバー・クリーク・キャピタル・マネジメント」は今年4月、資産総額9億5000万ドル(960億円)の森林ファンドを立ち上げた。ワシントン、オレゴン、アラスカ、メーンの米国4州の公務員年金を運営する財団が計7億5000万ドル(760億円)を出資した。ウェアーハウザーが東京23区の2倍近い1052平方キロの森をファンドに売却し、維持管理を担当する。
シルバー・クリークの森林投資部長、ビル・ターナーは「投資商品」としての森の魅力をこう説明する。
景気によって賃料が左右される他の不動産と違って、森は木材を売ることで安定して収入を得られる。穀物などの農作物は作柄で価格の変動に苦しむが、木材は価格が下がったときに無理に売る必要はない。伐採せずに放っておけば、木が育って森の資産価値は上がる。全米不動産投資受託者協会によると、森林投資の最近10年間の平均利益率は年6.4%と安定している。
森への投資9~10兆円
かつて米国の民有林を大量に所有していたのは、製材や製紙大手だった。それが1980年代から、ハーバード大学やエール大学の基金、公務員年金などの大規模な資金を運営する投資家が、リスク分散に最適と森に目をつけ、出資を重ねた。2008年のリーマン・ショックも、「安定資産」としての森への関心に拍車をかけた。
米国の調査会社「RISI」は、森への投資は現在、合計900億~1000億ドル(9兆~10兆円)に上り、今後も伸びるとみている。関心は欧州にも広がる。RISIは年1回、投資家ら百数十人を集めてニューヨークで「国際森林投資会議」を開いてきたが、来年は初めて会場をロンドンへ移す。
ただ、RISIの国際木材部長ロバート・フリンは、こう釘も刺す。「もうけたおカネが、単に投資家に還元されるだけでなく、森のためにも使われるのか。評価はこれからです」
急増する大型木造建築
スペイン南部の都市セビリアを歩くと、イヤでも目に入ってくる建物がある。世界最大級の木造建築と言われる「メトロポール・パラソル」=写真=だ。市の発注で2011年に完成。展望台のほか考古学博物館などが入居する。コンペでドイツ人建築家の作品が採用された。1万平方メートル超、サッカーグラウンドの1.5倍ほどもある敷地いっぱいに広がり、高さは28メートルもある。
キノコのかさのように広がる屋根の部分などに、ドイツで加工したフィンランド産のマツ材が1300トン使われたという。施工したスペインの大手ゼネコン「サシール」によると、厚さ3?8ミリの木の板を重ねた素材を使った。「木の方が軽いうえ斬新なデザインでも自由自在に加工できる。コストも安かったのです」と広報担当者。構造計算で問題が生じて工期が延びたが、特別に軽い接着剤を開発して完成にこぎ着けた。総工費は8900万ユーロ(約100億円)だという。
ほかにも欧州では10階建て程度の木造ビルが続々と建てられ、ロンドンでは80階建ての木造高層ビル構想も持ち上がっている。北米カナダではブリティッシュコロンビア大学が18階建ての木造学生寮を建設中。欧米では「都市の木造化」がトレンドだ。木の加工技術が進歩し、強度や耐火性が格段に高まったことが可能性を広げた。バイオマス発電などのエネルギー源としても注目を浴び、国連機関などが2010年に出した報告書は、2030年までにEU域内の木材需要が少なくとも6割増えると予測する。
日本も無縁ではない。戦後は長らく大型や市街地での木造建築には制限があったが、2000年の建築基準法改正で、耐火性能の証明などがあれば可能になった。横浜市では2013年に延べ床面積1万平方メートルを超える木造大型商業施設がオープン。2010年に木材利用促進法ができ、木造率が1割に満たなかった公共建築物についても国は低層のものは原則的にすべて木造にすることを決めた。国産材の利用拡大につなげる意図もある。新国立競技場にも木材がふんだんに使われる予定だ。住宅以外の建築で「コンクリートから木へ」の機運が生まれている。
自ら汗流す「吉野の山林王」
大阪・道頓堀川のほとりに建つ9階建てビルの一室で、「山林王」は子ども時代を振り返った。「ウチは何で食ってるんだろうと思ってましたね。オヤジがいつも家にいる割には良い家に住んでるし」
吉野杉で有名な奈良県南部に1900ヘクタールの山を所有する岡橋清元(66)は江戸時代から続く「山持ち」。吉野に5人いる山林王のひとりだ。
大阪のビルは「吉野の天皇」と呼ばれた先代から譲りうけた土地に、岡橋が投資用に建てたものだ。先代は自分の山には生涯に2度しか出向かなかったという。木の切り出しや手入れは地元に住む「山守」たちが担っていたからだ。
だが、かつて「ぼんさん(坊ちゃん)」と呼ばれた岡橋はいま、毎日のように山で自ら汗を流す。70人いた山守たちは需要や材価の低迷でほとんどが山の仕事から手を引き、いまは4人ほどで細々と林業を続けているという。
山林王の案内で訪ねた奈良県川上村の山は、40度近い急峻な斜面が迫る。「村の人口は1500ほどですが、昭和30年ごろまでは8000人も住んでいた。それだけ山で稼げたんです」
京都迎賓館、皇居、平城宮跡の復元……。日本を代表する建築には昔も今も、この山で200年にわたって育てられたスギやヒノキが使われてきた。切った丸太はヘリコプターで山から出した。1分で1万円も経費がかかるが、最盛期の売値は1立方メートルあたり5万~6万円。十分に利益が出た。
それが今では1万2000円ほどだという。「切り出す量は1970年ごろの3分の1から4分の1。ウチも不動産がなかったらえらいことですわ」と、ヘアピンカーブの続く幅2メートル半の小さな林道を上りながら岡橋は話す。
今でも細々と続けられるのは、手作りのこの道があるからだという。2トントラックが入れるため、搬出費用はヘリの4分の1。30年で林道は全長100キロにまでなった。林道作りには特別な知見が必要だ。近年は作り方を教えてほしいという求めに応じ、岡橋は日本中を飛び回っている。
土地が比較的なだらかな欧米に比べ、切り立った山が多い日本では木材を運び出すのにコストがかかり、経営の障害と指摘されてきた。岡橋はこう考える。「日本に山はたくさんあるが、そもそも林業に向いていないところが多いんですわ」
世界有数の「宝」生かせるか
阿修羅像などで知られる奈良・興福寺で、8世紀に建てられた中金堂の復元が進められている。66本の柱に使われているのはアフリカ産の巨木だ。アパというカメルーンやナイジェリアなどに育つ木で、直径は2メートルにもなる。梁などにはカナダ産のヒノキが使われた。
なぜ外国産なのか。樹齢200年を超えるような巨木はほぼ日本では手に入らない。大きな木を育てるには、数百年単位で森の手入れをする必要がある。だが日本の山は有史以来、使い尽くされ、終戦直後は「国破れて山河もない」と言われるほどのはげ山が広がっていたと林野庁国有林野部長の本郷浩二は言う。
戦後、復興のための木材需要が高まると、国が音頭を取って年間40万?50万ヘクタールのペースで日本中の山や草地などにスギやヒノキが植えられた。いま日本の森の約4割はこうして作られた人工林が占める。
ところが、高度経済成長は木々が大きくなるのを待ってはくれなかった。日本の山には爆発的に増えた建材需要をまかなえるほどのストックがなく、輸入に頼るしかなかった。外材に主導される市場では日本の木材は割高となって競争力を失い、林業は先細っていった。
蓄えられた資源
1960年代に年間6000万立方メートルを超えていた木材生産量は、2002年に1692万立方メートルに。自給率は2002年に18.8%にまで落ち込む一方、日本中にスギ花粉だけがばらまかれることになった。
いま、日本の森は新たな局面を迎えつつある。スギやヒノキがようやく一斉に「切りどき」を迎えているからだ。この40年で森林面積は変わっていないが、樹木の体積を示す蓄積量は20億立方メートルから50億立方メートルに増えた。それだけ森が成長し、豊富な資源が蓄えられたことを意味する。
「これを生かすための課題ははっきりしている」と林野庁の本郷。木を安く切り出すため道を整備することと、機械化などで林業の労働生産性を上げることだ。「山から工務店に届くまでに7回フォークリフトで上げ下げする」と言われるほど複雑な流通経路を見直す必要もあるという。木材の自給率が反転して3割を超えるなど、明るい兆しも見え始めた。
ただ『森林異変』などの著書があるジャーナリストの田中淳夫は、「宝の山」が一歩間違えるとあだにもなりうると指摘する。「山は緑に覆われていても、手入れ不足で不健全な森が多い。政府は木を切れと言うが、伐採後は放置されてはげ山が増えている。災害に弱く、生物多様性も低いまま。将来の日本の森のグランドデザインが見えない」
破壊から富へ
地球にはいったい何本の木があるのか――? 米エール大学などの研究チームが昨年、この疑問に答える論文を英科学誌ネイチャーで発表した。衛星画像などをスーパーコンピューターで解析したところ、3兆450億本。従来の想定の7倍以上という。それでも年間150億本が切られており、過去の地理データを用いて推計すると、人類が登場してから地球の木の46%がなくなったという。
人間は森を切り開いて農地を耕し、森から薪や食糧を得ながら生きてきた。国連食糧農業機関(FAO)によると、いま森の面積は世界の陸地の3割(約40億ヘクタール)。このうち人の手が入っていない原生林が3割。人が手を入れている天然再生林が6割。残り1割が植林によってできた人工林だ。
今も森は減り続けている。1990年には陸地面積の31.6%を占めていたが、2015年に30.6%になった。南米やアフリカを中心に農地を広げるため森が切り開かれているのが目立つ。この25年で3800万ヘクタール、年平均0.4%の原生林が開拓された。豊かな生物多様性が失われることを危惧する声は大きい。
ただ、1990年代に年間0.18%だった森の消失率は、2010~15年の平均で0.08%に下がった。特に森林減少に歯止めがかかっているのは先進国だ。増加している国も欧州をはじめ60を超える。経済発展とともに森林は破壊される――。そんなイメージとは裏腹の事態が起きている。
米ロックフェラー大学のジェシー・アウスベルは、技術の進展で農業が以前ほど広い土地を必要としなくなったため、放棄された農地が森に戻っていると指摘する。木を伐採しながら森を維持する管理技術も向上し、「地球の丸坊主化は止まり、2050年までに森は10%増えるだろう」と予測する。
中国やベトナム、コスタリカのように国家主導で植林や森林保全に力を入れ、森を増やしている国もある。背景には、気候変動対策として二酸化炭素を吸収する森の機能に改めて光が当たり、それをおカネに換算する国際的な取引も始まっているという現実がある。
一方、高層ビル建築に使える強度を備えた新しい木の建材が開発されたことで新たな木材需要も生まれている。資産としての森の価値にも注目が集まる。