「ネットで反対運動が相次ぎ、食品添加物をやめる企業が出ている。消費者が不安だと感じる物質には、積極的に対処しなければならなくなっている」
9月末、米ワシントンのホテル。コカ・コーラやネスレといった大手食品会社などから約100人が集まった会議で、登壇した米コンサルティング会社の副社長クレイグ・ヘンリーは危機感をあらわにした。
会議は、添加物などをめぐる世界の規制や課題を話し合うため、英コンサルティング会社が2年ごとに開いている。今年の話題の中心は、米国で広がる「脱添加物」の動きだった。
ヘンリーは2社の動きを挙げた。ひとつは、米食品大手クラフト・ハインツ。来年1月、人気商品「マカロニ&チーズ」のオレンジがかった黄色のソースに使う着色料を、タール色素から、パプリカなどの天然由来のものに変える。もう1社は日本でも展開するサンドイッチチェーンのサブウェイ。米国で、パン生地改良剤の使用をすでに中止した。
2社の決定を後押ししたのは、活動家のヴァニ・ハリ(36)らが始めたネット上の反対運動だ。「ファストフードや炭酸飲料をやめてこんなに変わった!」と細いワンピースを着こなす現在と、太っていた昔の写真を並べたブログで注目を集める彼女は対クラフトで約36万、対サブウェイで約10万の賛同を集めた。「物議をかもす添加物に、人々はうんざりしているのです」
「医療費が高くて不健康になれない」
こうした動きは、添加物に対する米国人の意識の変化の表れだ。米NPO「国際食情報協会基金」の調査によると、食の安全に関する最大の問題として添加物など「食品中の化学物質」を挙げた人は36%で、昨年を13ポイント上回った。添加物への懸念が買い物に影響するとした人も、昨年より7ポイント多い45%に上った。
でも、どうして添加物を嫌うのか。カリフォルニア州の大学で聞いてみた。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に勤める菜食主義者のハンナ・グスタファソン(25)は「聞いたこともない成分が入った加工食品がはんらんし、米国で肥満が増えた。そうした前の世代への反発もある」。同大アーヴァイン校の学生リチャード・ファム(23)は「ファストフードがいかによくないか、僕たちはユーチューブなどで目にしてきた。医療費がこんなに高いのに、不健康になれないから」と話した。
添加物にノーを突きつける風潮が強まるなか、他の米企業も添加物の削減を次々と表明している=表。添加物を原因とする具体的な健康被害があったわけではない。「体によくない」との印象がソーシャルメディアなどで広まり、添加物が目立つ商品は売れにくくなっているのだ。
ファストフード業界や清涼飲料メーカーも動く。
全米で約6000店を展開するメキシコ系料理チェーン「タコベル」は、米国内で売る商品について、着色料と香料を年末までに天然由来のものに変えると発表。人工の保存料や他の添加物も2017年末までに「できるだけなくす」としている。タコベル社で「食刷新」の最高責任者を務めるリズ・マシューズは言う。「多くの添加物は全く安全だが、今は添加物を減らしたシンプルな食材が求められており、顧客の好みに合わせることにした」
「なくすのは非現実的」
ダイエットコーラの草分け「ダイエットペプシ」は米国で8月、中身が一新された。カロリーを抑えるための人工甘味料を、アスパルテームから、砂糖を原料とするスクラロースに変更。ロゴの上には「アスパルテーム不使用」と明記された。
米調査会社によると、アスパルテームについてのソーシャルメディア上の書き込みは否定的なものが約9割。英調査会社ユーロモニター・インターナショナルによると、ダイエットペプシの米国での売り上げは昨年約17億ドルと、05年より約3割減った。
米国の食品添加物メーカーでつくる国際食品添加物協会は、一連の動きに「添加物使用が不健康だとの間違った印象を与える」と不満を表明している。
食の安全などを研究する米NPO「食品技術者研究所」の最高科学責任者、ロジャー・クレメンスは言う。「消費者の圧力がソーシャルメディアでエスカレートし、科学的に無意味な議論もすぐ拡散するようになった。添加物を使う方がコスト効率もよく、なくすのは非現実的だ」
消費者保護の立場から、食や健康の情報を提供する米NPO「公共利益のための科学センター(CSPI)」会長のマイケル・ジェイコブソン(72)も、添加物を過度に悪者扱いする風潮には首をかしげる。「天然イコール安全というわけでもない。添加物以上に危険なのは、砂糖や塩分などのとりすぎだ」
「この食品に使われている着色料は子どもを過剰に活動的にしたり、注意力を散漫にしたりする可能性があります」
9月、ロンドンのハイドパークに近い個人商店で、こんな警告表示が小さな文字で書かれたキャンディーが10ペンス(約20円)で売られていた。色はペンキのように鮮やかな赤。店番の女性は「赤が一番人気。警告表示を気にする人はいないよ」と話した。
この合成着色料は、石油や石炭を原料とする「タール色素」。うち6種類について、欧州連合(EU)は、添加に際して警告の表示を義務づけている。
これらの色素が、発達障害の注意欠陥・多動性障害(ADHD)に影響する可能性は、1970年代から指摘されてきた。色素が体内のヒスタミン分泌を促し、中枢神経系を刺激するという仮説が有力だ。有害な恐れがある着色料について、EUはなぜ使用を禁止せず、「警告つきで販売を認める」というあいまいな対応をしているのか。
話は2007年にさかのぼる。英国政府の食品基準庁(FSA)は、サウサンプトン大学の児童心理学者ジム・スティーブンスン名誉教授(68)らに、6種類のタール色素が一般の子どもの行動に与える影響調査を依頼した。背景には、英国の親たちの食品添加物への不安の高まりがあった。
退けられた実験結果
スティーブンスンらは3歳と8~9歳の子ども約300人を、6週間にわたりこれらのタール色素を混ぜたジュースを飲ませ続けた集団と、これらの色素を含まないジュースを飲み続けた集団とに分け、両者を比較した。実験前には、親や地元自治体の倫理委員会の同意も得た。
親や教師による子どもの観察記録を分析したところ、全体としてはタール色素入りジュースを飲んだ集団の方が落ち着きがなく、多動性の兆候を示した。世界的に権威がある英医学誌「ランセット」に結果が発表されると、英議会では「これらの色素を全面禁止すべきだ」という声が高まった。
だが、その後の展開は一筋縄ではいかなかった。
英国を含むEU加盟国では、食品添加物の規制に関する最終権限は、各国政府ではなく、欧州議会が握る。EUの「欧州食品安全機関(EFSA)」は08年3月、スティーブンスンらの実験結果に対し「使用基準を見直す根拠にはならない」との見解を示したのだ。「子どもに起きた変化は小さく、影響は不明瞭」「個別の着色料ごとの影響が分からない」などが主な理由だった。
結局、欧州議会と欧州委員会、各国政府で食の安全を担当する大臣らが話し合い、「規制は見直さないが、6種類の色素を使用した食品には警告表示を義務づける」という玉虫色の結論となった。
使用続ける日本の駄菓子
そんな中、英国政府はEUよりも踏み込んだ対応に出た。食品製造業者に他の色素への自主的切り替えを促すと共に、6種類の色素の入っていない食品を扱う業者や小売店をネット上で公開したのだ。その結果、英国の大半の店から、これらの色素入り食品が姿を消した。
それでも一部業者がタール色素を使い続けるのは、天然色素より低コストで鮮やかな発色を得られるからだという。
6種類の色素のうち四つは、日本でも「赤色40号」「赤色102号」「黄色4号」「黄色5号」として食品への添加が認められている。英国での実験結果は08年、食品添加物を扱う日本の厚生労働省の審議会でも取り上げられたが、「児童への重大な影響を示すデータとは判断できない」とし、タール色素への規制強化は見送られた。これらの色素は今も、国内産の駄菓子や輸入チョコ、キャンディーなどに使用されている。
添加物の安全性は、原則として動物実験で確認される。人を対象とする実験は安全面の制約が大きく、厳密な実験は行いづらい。EU、英国、日本の対応のずれは、添加物の安全性の正確な確認が極めて難しいことを示している。安全性について「グレー」の領域が残る中、どんな基準で添加物を規制すればよいのか。
スティーブンスンが挙げるキーワードは「先を見越した注意深さ」だ。「たとえ科学的根拠が完璧ではなくても、有害の可能性が強く示唆されれば、政府は用心深く使用を禁じるべきだ。それが未来の国民の安全につながるからだ」
1965年に発見され、82年に日本の「味の素」が大量生産を始めた人工甘味料・アスパルテームは、安全性を巡り、激しい論争が繰り広げられてきた食品添加物の一つだ。
欧州で食の安全についての報告や提言を行う欧州食品安全機関(EFSA)は、アスパルテームに関する消費者の不安の高まりを受け、当初は2020年に予定していたアスパルテームの安全性再評価を大幅に前倒しして実施。従来の世界中すべての研究成果を改めて検討した結果、13年12月に「人体への害はない」という従来の判断通りの結論を出した。
一方、「食料の世界地図」などの著書がある英サセックス大教授のエリック・ミルストーンは、「EFSAは『アスパルテームは無害』とする研究結果66のうち53を『信頼できる』としたのに対し、有害とした55の研究結果については、すべてを『信頼できない』とした。消費者よりも食品メーカーの利益を優先した偏った判断だ」と批判。論争は今も収束していない。
米国のダイエットペプシでアスパルテームに代わって使われたスクラロースは、砂糖を原料とする合成甘味料だ。アスパルテームほどの論争は巻き起こしていないが、動物実験では腸内環境の悪化を引き起こす可能性が指摘される。
日本で「食品添加物」という言葉が初めて登場したのは、1947年に公布された食品衛生法の条文中とされる。
終戦直後の混乱した時期、有毒の人工甘味料や失明の恐れがあるメチルアルコールが出回っていた。同法では、化学物質が安易に食品に用いられるのを防ごうと「政府が安全性を確かめて承認した化学物質だけが、食品への添加物として使用できる」という、当時としては画期的な考え方を導入した。法を作った人々に、食の安全への強い意思があったことは疑いない。
当初57だった食品添加物は、現在では814に達し、食物の保存、着色、味や栄養や食感の向上、低カロリー化など様々な用途に使われている。
一方で、消費者は「食の安心」を強く求め、添加物を危険視する風潮も根強い。そこには、明確な根拠に基づく異議申し立てと、「よく分からない化学物質が体内に入ってくること」への強い不安が混在しているように見える。科学技術や政治、企業への漠然とした不信感も、不安に拍車をかけているようだ。
今回、悪玉扱いされがちな食品添加物の名誉回復を試みると共に、「可能な限り安全性を追求する」という原則が保たれているかどうか、欧米や日本で取材した。「敵か味方か」という一面的な見方を超えて、私たちは添加物とどう付き合えばいいのか。