――あなたは、1965年に発見され、82年に日本の「味の素」が大量生産を始めた人工甘味料「アスパルテーム」の安全性に疑問を投げかけていますね。
EUで食の安全について報告・提言を行う欧州食品安全機関(EFSA)は、2013年末、アスパルテームの安全性について「人体への害はない」という従来通りの結論を出しました。だけど私は、この結論は極めてバランスを欠いたものだと考えています。
EFSAは、「アスパルテームの害はない」ということを示す研究結果であれば、例えその内容が貧弱であっても、あたかも完全に信頼に値するものであるかのように扱ってきました。
例えば、化学物質の影響を動物実験で検証するには、実験動物の集団をいくつか用意する必要があります。だけど、各グループの実験動物が5、6匹しかいないような研究はまったく意味がありません。不測の事態により実験動物の中の一匹でも死亡すれば、実験全体が統計的に意味を失うからです。しかし、EFSAはそうした実験さえも、「信頼できる」としたのです。
一方で、アスパルテームの有害性を示す研究結果については、そのすべてを「信頼できない」としました。それらの研究の問題点は、アスパルテームの無害性を示す実験結果が抱える問題点よりもずっと小さなものであったにもかかわらず、EFSAはそう判断したのです。
EFSAの「アスパルテームは安全」という見解は、食品産業の利益にそった形にゆがめられており、消費者の利益に反しています。
私自身は、政治家たちが「アスパルテームは市場で流通させるべきではない」と判断するに足るだけの科学的根拠が、すでにそろっていると考えています。
――あなたの指摘するように、EFSAの判断がゆがんでおり、食の安全を守る責任を果たしていないとすれば、何が原因なのでしょうか。
二つの理由があると考えています。一つは、EFSAの多くの専門家たちが、アスパルテームを使用したがっている会社とビジネス上のつながりを持っていることです。
もう一つは、「制度上の慣性、惰性」ともいうべき現象です。
EFSAだけではなく、欧州の大半の国々の政府も「アスパルテームは安全」と言い続けてきました。米国の食品医薬品局(FDA)や、国連の合同食品添加物専門家委員会(JECFA)もそうです。今になって「アスパルテームは有害」と言ってしまうと、人々の間で食の安全についてのパニックが起こりかねません。政治家たちは牛肉のBSE問題ですでに懲りている。食の安全問題についてメディアにこれ以上騒ぎ立てられたくないのです。EFSAの役割の一つは、欧州における食の安全問題を沈静化させることにあります。だから「アスパルテームは安全」と言い続けざるを得ない。これこそが、私が「制度上の慣性」と呼ぶ問題です。
――合成着色料の問題についてもうかがいたいと思います。2007年に英国の食品基準庁(FSA)は、サウサンプトン大のジム・スティーブンスン名誉教授らに、タール色素と呼ばれる合成着色料6種類と、子どもの多動性との関連を調べる実験を依頼しました。スティーブンスン教授は、300人の子どもを対象とする実験を行い、タール色素が子どもの多動性を引き起こすことを実証しましたね。
その通りです。スティーブンスン教授らの実験の特筆すべき点は、すでに多動性障害があると診断された子どもたちだけではなく、一般の子どもたちもタール色素によって多動性の兆候を示すことを立証したことです。だけど、スティーブンスン教授らが示した実験結果は、FSAにとって好ましくないものでした。
――どういうことでしょうか?
私は当時、スティーブンスン教授らの実験結果について、FSAの幹部らが最初に話し合った会議に出席しました。だが、私が大変驚き、そして落胆したことには、彼らがやろうとしていたことはただ、食品産業に対して、子ども向け製品に警告のラベルを貼ることを求めるだけでした。彼らは食品業界に対して非常に弱気だった。タール色素を全面禁止しようなどとは、思ってもいないようでした。
――EFSAも2008年に、スティーブンスン教授らの実験結果について「タール色素の使用基準を改める根拠とはならない」という判断を下しました。
EFSAの見解は「ことによると、タール色素は子どもらに悪影響を及ぼすかもしれない。だけど、その影響は小さなものだし、子どもたち全員に生じたわけでもない。だから規制の必要はない」というものでした。
ですが、私が彼らに問いたいのは、「一体、何人の子どもたちに、どれぐらいひどい悪影響が出たら、あなた方は行動を起こすのか」ということです。
彼らはその問いには決して答えようとしない。ただ「実験結果だけでは、規制を強化するのに十分ではない」と言い続けるだけです。
EFSAはスティーブンスン教授らの実験結果を検証した結果、「タール色素の1日当たり摂取許容量(ADI)を変更する根拠にはならない」としました
だが、それは無意味な主張です。なぜなら、食品添加物のADIはそもそも、動物実験を元に決められた数値だからです。一方、スティーブンスン教授らの実験は、実際の子どもたちを対象としたものです。
私は、食品の化学毒性に関する学術会議に出席し、参加者たちがこう話すのを聞いてきました。「ねずみは多動性の兆候を示さなかった。だから、子どもらが多動性の兆候を示したというのも、本当のことではないだろう。それは子どもの心理的な問題か、親たちの思い込みなのだろう」。
彼らは人間の摂取許容量を決めるためのモデルとして、人間自身よりもねずみの方が適切と考えているのです!
――確かにEU全体ではADIの見直しは行われませんでしたが、英国のFSAは業者に対して6種類のタール色素を他の色素に自主的に切り替えるよう指導し、ネットではこれらの色素を使わない食品を扱う業者や小売店を公開しました。その結果、英国内の大半の店舗から6種類の色素入り食品は姿を消した。FSAが食の安全について一定の役割を果たしたと言えるのではないでしょうか?
スティーブンスン教授らが、6種類の色素だけを実験の対象としたのは、他にもたくさんあるタール色素の代表として選んだに過ぎません。化学構造が似た他のタール色素も、同じような悪影響を子供らに及ぼす可能性がある。本来ならば、FSAはスティーブンスン教授らに対して、他のタール色素の影響についても調べるよう依頼するべきだったのに、そうしなかった。FSAは必要最小限のことしかしなかったのです。
(聞き手:太田啓之)
(後編へ続く)
エリック・ミルストーン 1970年代半ばから食品添加物など、食品に関する科学技術の発達がもたらす問題に取り組み、英国では食の安全政策研究の第一人者とされている。「Food Additives(食品添加物)」「食料の世界地図」(丸善出版)などの著書があり、近年は発展途上国の農業政策も研究している。