(前編から続く)
――食品添加物一般については、どう考えますか。
いくつかの添加物は消費者にとって有益です。有益なもののほとんどは保存料で、雑菌の繁殖を防ぐためのものです。ですが、その他の着色料や調味料、香料、乳化剤など大半の添加物は、「化粧品」のようなものだと考えています。それらの添加物は食品の外観や味、香り、食感を変えますが、そのいずれも消費者にとってではなく、食品産業にとってこそ有益なものです。添加物によって、安い原材料を貴重で高価な製品へと変えることができるのですから。
私はすべての添加物に毒性があると主張するつもりはありません。ですが、添加物の害は、その毒性だけでは判断できません。
例えば、多くの国々では人々の肥満が深刻な問題になっています。脂肪と砂糖の取りすぎが原因ですが、これは添加物の一つである乳化剤の使用と大きな関係があります。乳化剤は植物性油や動物性脂肪と水とを混ぜ合わせ、マーガリンやチョコレート、アイスクリーム、ホイップクリームなどの高カロリー食品を作り出し、食事に占める脂質の割合を増やし、人々の肥満を促進しています。
さらに、着色料や香料を用いることで、それらの高カロリー食品に様々なバラエティーを持たせることもできる。例えこれらの添加物に毒性はなくても、人々の健康に悪影響を与えていることになります。
――添加物を用いることで、人々は安価で美味しいものを食べられる。消費者にとって望ましいことではないでしょうか?
例えば、英国や欧州では、大量の脂肪に着色料や調味料、香料を加え、肉のように見せかけたソーセージが売られています。これらは確かに安価かもしれないが、栄養価は低く、長期的には肥満につながったり、健康をむしばんだりすることになる。消費者の利益になるとは決して言えません。
――あなたの考えでは、政府は食品産業寄りであり、消費者の側に立っていない。それを変えるにはどうすればよいのでしょうか。
第一に、食の安全を管理する政府機関を改革し、食品産業や化学産業とのつながりを完全に断ち切ることです。そして、その機関が食の安全について判断を下す過程をすべてオープンにし、説明可能なものとすることです。
第二に、「科学的根拠に基づく助言」と「政策決定」との関係を明確にすることも必要です。現在は、科学的根拠に基づき助言を行うべきFSAやEFSAが、実質的な政策決定まで行っています。そのため、政治的な思惑に基づく決定が、あたかも科学的根拠に基づくものであるかのように誤解されてしまうのです。科学者には政治的判断を行わせず、政治家たちに対する助言を行う役割に徹するような仕組みをつくるべきです。
第三に、産業界を担当する省庁と消費者を担当する省庁を完全に分離するべきです。BSA問題の時には、イギリスの農漁業食糧省は、畜産業者と消費者、両方を守ろうとしてどちらもうまくいかなかったからです。
――合成着色料の問題で、大半の食品メーカーがタール色素の使用をやめたのは、消費者がメーカー側に与えたプレッシャーも大きな要因ではないですか。
もちろん、そうです。私が食品添加物の安全性について研究し始めた頃は、この問題について社会的な関心はまったくありませんでした。ですが今の英国では、全国的にも地方レベルでも、食の安全に関する消費者のムーブメントが大きく盛り上がっています。20年前、30年前と比較しても、食品産業はずっと慎重に振る舞うようになっています
――消費者の関心やプレッシャーが、政府や企業を動かす力になりうると思えますか。
消費者の関心だけでは十分ではありません。食の問題について何かスキャンダルが起こった時に、消費者が圧力を加えることで初めて、政府や企業を変えられるのです。
2008年の経済危機以降、中央政府は地方政府への支出をカットしています。その結果として、畜殺嬢や食肉処理場、小売店などに立ち入り調査して食の安全を監視する検査官の数も減っています。食の安全に関する規制の網が緩んでいるわけで、遠からず食の安全について新たなスキャンダルが生じるでしょう。その時の消費者の対応が、改革への鍵となります。
(聞き手:太田啓之)
エリック・ミルストーン 1970年代半ばから食品添加物など、食品に関する科学技術の発達がもたらす問題に取り組み、英国では食の安全政策研究の第一人者とされている。「Food Additives(食品添加物)」「食料の世界地図」(丸善出版)などの著書があり、近年は発展途上国の農業政策も研究している。