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ルーマニア「負の遺産」で研究 乳幼児期の養育環境と発達

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ルーマニアの社会主義独裁政権が倒れた時、政策に翻弄された十数万人の孤児たちがあふれていた。その後もしばらく孤児の数は減らず、彼らを対象にした研究から、乳幼児期の養育環境が脳や行動の発達に及ぼす影響がみえてきた。

1960年代から80年代にかけ、チャウシェスク政権は、人口を増やすと国力がつくとして、避妊と中絶を事実上禁止した。子どもが4人以下の家庭に「少子税」を課し、妊娠可能年齢の女性には「月経警察」の異名をとる政府の医師が毎月検診を行った。ただ、貧しい家庭が多く、国の施設で育つほうが望ましいと考え、たくさんの乳幼児が施設に置き去りにされた。

89年に政権が崩壊した時、国営の孤児院には十数万人の子どもがいた。施設の多くは大型で、その環境は総じて劣悪だった。1人の保育者が15人以上の幼児を見ていたり、乳児が十分な玩具も与えられず、一日中大部屋に並ぶベッドに寝かされたりしていた。

90年代に入っても、国民の意識は変わらず、経済的な苦境もあって児童の遺棄は減らなかった。施設の質もなかなか改善されなかった。

政府の児童保護政策の担当者は適切なケアのあり方を探っていた。私は政府関係者やNGOの協力を得て、2人の米国人教授と、乳幼児期の養育環境が発達に及ぼす影響を調べ始めた。施設から家庭に移すことに効果はあるのか、最も効果的な時期はいつか。2000年に始まった研究はいまも続いている。

チャウシェスクの子どもたち

私たちはまず、里親制度をゼロから立ち上げることに取り組んだ。当時、血縁関係のない大人が孤児を育てる制度や慣習はこの国に根付いていなかったためだ。

そして生後半年〜2歳7カ月の136人を無作為に選んだ。次に、半数を里親家庭で育つ集団、もう半数を引き続き施設で育つ集団に分けた。さらに一般家庭で育つ集団も加え、この3グループの発達の違いを3歳半、4歳半、8歳、12歳と継続して調べてきた。

3グループを比べると、認知力や言語、愛着の形成、脳の活動などの項目で、里親のもとで育った子は施設に残った子よりも発達の度合いが高いという統計的な結果が出た。さらに、2歳までに里親に託された子は、それ以降に里親のもとに移った子と比べて発達の数値が有意に高く、きちんと愛着形成できている例が多かった。これらの項目では家庭への移行が早いほど、改善の効果が高くなる傾向が示された。

人間の視覚や聴覚は、乳幼児期のごく早い段階で環境や外的な刺激に応じて発達する。経験が脳に与える影響が特に強い限られた期間を「感受期」といい、言語や知能、愛着の形成にも関係することを研究は示唆している。

乳幼児は、泣くことで空腹や排泄の不快さを解消してもらい、表情や身ぶりでふれあいを求め、相手の語りかけをまねて言葉を覚える。信頼する特定の養育者との親密なやりとりを通じて、脳の回路をつくっていく。この時期の経験が、その後の子どもの発達に重要な役割を果たすといえる。

脳の発達と愛情との相関関係

脳は感受期に予測された経験が得られないと、発達の過程で必要なシナプス(神経のつながり)をつくらなかったり、不必要なシナプスを残したりする。つまり、脳は「要るか、要らないか」という指示を待っているのだ。子どもたちが8歳になった時点でMRIで脳の様子を調べたところ、里親のもとで育った子の方が、脳の活動に関係する領域が多いという傾向が出た。

ただ、感受期がない項目や、環境による影響を受けないと思われる項目もある。研究では、相手の感情を理解し、親しい人を判別する能力などは、逆境による影響を受けないと推察された。

影響が大きいのは社会性の分野だ。ある1歳3カ月の女の子は、最初のころは満足に立つこともできず、いつも泣いていた。担当の保育者にもかまわれず、自閉傾向にあった。その状態で里親のもとに移ったが、その後は会うたびに明るくなり、会話も活発になった。知能や脳活動の数値でも確実な改善がみられた。最近、12歳になった彼女と会った。里親との関係も良く、友だちもたくさんでき、青春を謳歌しているようだった。

ルーマニアは現在までに、親と暮らせない3歳までの子の施設養育を禁じる法律を整えた。