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ブッシュ元大統領が画集を出した 98人の兵の肖像

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
photo: Semba Satoru

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『Portraits of Courage』は、第43代米国大統領ジョージ・W・ブッシュによる画集。米国同時多発テロ以降、イラクやアフガニスタンで戦った98人の兵士たちを描いた油彩画が収められている。ほとんどが肖像画で、それぞれの絵には描かれた人物の人となり、戦争体験、愛国心や国家への貢献、社会復帰への苦難などが、ブッシュ氏本人の言葉で記されている。元大統領が画集を出版するということで発売前から予約注文が殺到。発売と同時にベストセラーリストの1位となった。

現在70歳のブッシュ氏のイメージと彼の芸術的才能が結びつかない人も多いだろう。妻のローラ・ブッシュ氏も前文で、結婚当初、夫が大統領になるのは想像できても画集の出版など夢にも思わなかったと記している。

ブッシュ氏が絵画の勉強を始めたのは66歳の時。大統領退任後、自分のこの先の人生に何かが足りないと感じていたが、英元首相ウィンストン・チャーチルが絵画の趣味を持っていたことを知り、自分もやってみようと思い立った。最初は自分自身やペットを描いていた。翌年にはロシアのプーチン大統領や英国のブレア元首相、日本の小泉元総理など世界の指導者たちの肖像画による個展を開催。その後、より大きなキャンバスを使うようになり、原色の絵の具を混ぜて色を作り出す方法や、インパストという厚塗りの画法などを短期間に学んでいった。

今回の画集のテーマは「ブッシュ氏が個人的に知っているが他の人は知らない人々のポートレート」。ブッシュ氏が慈善活動を通じて知り合い、親しくなった兵士たちを写真をもとに描いている。

わずか数年の間に驚くほど画風が洗練された、肖像画からはブッシュ氏の純真さや誠実さ、モデルになった人物に対する彼の共感と敬意が伝わってくる、などニューヨークタイムズ紙をはじめ多くのメディアで好意的に受けとめられている。一方で、そもそも誰が彼らを戦地に送り出したのか、贖罪のつもりなのかという手厳しい意見もある。一時は史上最悪の大統領とも言われたブッシュ氏も、現大統領と比較すれば、いまや善人に見えるという声もある。本の収益は、ブッシュ氏が運営する、心身に傷を負った退役軍人を支援する非営利組織に寄付される。戦地から帰還した兵士たちに対する社会の認識を高める一助になっている点で評価されるべき本であることはまちがいない。

娘をフェミニストに育てる方法

『Dear Ijeawele』はナイジェリア出身の小説家でフェミニズムの思想家としても知られるチママンダ・ンゴズィ・アディーチェが、女の子をフェミニストに育てるための15の提案について記した本。今年3月初旬に発売された、80ページほどの短い本だ。2015年、女児を出産したばかりの幼なじみのイジャウェレに「娘をフェミニストとして育てるにはどうしたらいいの?」と聞かれ、その返信として書いた手紙を元に書かれている。2016年には著者のフェイスブック上で公開され、出版前から大きな反響を得ていた。

アディーチェはナイジェリア南部出身。家父長制の概念が支配する、女性にとって非常に抑圧的な社会で育った。19歳の時に奨学金を得て米国に留学し、二つの修士号を取得。在学中から作家活動を始め、発表した小説はOヘンリー賞や米国批評家協会賞も受賞している。

アディーチェは作家以外の活動も多く、最近はファッションリーダーとしても広く知られている。アーティストのビヨンセが、トークメディアTEDxでの彼女の語りを曲にサンプリングし、ディオールが彼女の言葉「WE SHOULD ALL BE FEMINISTS(私たちは皆フェミニストであるべき)」を使ったTシャツを作成。英国の化粧品ブランド、ブーツナンバーセブンは、彼女をブランドの顔としてTVコマーシャルに起用した。

フェミニストとは、男女平等論者のこと。日本でよく言われる「女性に甘い男性」という意味は英語にはない。男女に関係なく、誰もがフェミニストになるべきだというのが著者の考え方だ。

女の子をフェミニストに育てるための著者の提案をいくつか紹介しよう。「読書好きの子どもに育てる」「女の子だからという言葉を言い訳に使わない」「結婚を達成目標にさせない」「性別役割という概念が馬鹿げた考えであることを教える」「女性の生理は恥ずべきものであるという考えをもたせない」。そして母親は母としての役割にとどまらず、ひとりの人間として、自分の生きたい人生を最大限に生きることが大切だとアディーチェは言う。仕事と子育ては二者択一するものではない。子育ても家事も仕事も男女が同等にするべきものだと著者は主張する。

15の提案の多くは、日本を含めた先進諸国ではある程度、社会の通念となりつつある考え方かもしれない。だが、現実はどうだろうか。社会的にも、経済的にも、政治的にも、多くの国でそれが本当に実現されているとは決して言えないだろう。
著者によれば、最も大切なことは、平等の概念だ。何か問題が起きた時、男と女を入れ替えても同じ結果になるかどうかを考えてみて欲しいと著者は読者に問う。

今年1月、トランプ新大統領の就任翌日に世界各都市で行われたウィメンズ・マーチ、3月に行われた国際女性デーのパレードなど、アメリカではいま再びフェミニズム運動への関心が高まっている。トランプ大統領によるイスラム圏7カ国の人々の米国への入国禁止令に対する抗議運動も含め、新政権に対する民主党支持層のさまざまな危機感もまた、これを後押ししている。

民主主義の衰退を防ぐためにできること

トランプ新政権の政策によってアメリカの民主主義が少しずつ衰退し、独裁主義に向かっていくのではないかという危機感を感じている人は多い。『On Tyranny』の著者、ティモシー・スナイダーもそのひとりである。

イェール大学の教授である著者は、近代ナショナリズムやヨーロッパ史、特にホロコースト史を専門とする歴史家。オックスフォード大学を卒業し、ヨーロッパでも高い評価を得ている人物だ。トランプ政権発足後わず1カ月で発売された本書では、ナチスドイツやオーストリア、ソビエト連邦、チェコスロバキアなど欧州諸国の20世紀の歴史を検証しながら、独裁主義に抵抗するためにいますぐにできる20の行動について論じている。 

「ファシズムも全体主義も、どちらもグローバル化に反応したもの。グローバル化が生み出した目に見える現実の不平等と、民主主義への絶望から生まれた」「ファシストは意志の名のもとに、道理を拒絶する。人々の声を代弁すると主張する指導者が唱える輝かしい神話を好み、客観的な真実を否定する」。著者の考察は現在、アメリカが置かれている状態に、不気味なほどにあてはまる。

著者によれば、いまの脅威も民主主義の伝統が自動的に正してくれると、私たちは考えてしまいがちだ。だが、民主主義は、個人が声を上げ、共通の意見を持つ人々が集まり、それを大きな声にしていかなければ成し遂げられない。私たちが毎日している小さな選択がもつ力を信じること。独裁主義を許さない決意を表す自分の日々の言葉や仕草のひとつひとつが重要となる。自分が正しいと信じる組織の側に立ち、その組織を守ること。また、インターネットから情報を得るのを減らし、本を読み、人生において大切な価値観に対する自身の考察を深めることが大切だという。

「現在のアメリカ人は、20世紀に民主主義からファシズム、ナチズム、共産主義が生まれるのを目撃したヨーロッパの人々よりも賢明であるとは、とても言えない。だが、私たちの強みは、ヨーロッパの人々の経験から学ぶことができるかもしれないことだ。それを実行するには、今が最適だろう」とスナイダーは語る。

本書はわずか128頁と短く、装丁もコンパクトだ。持ち歩いて読み直し、ひとつひとつの行動を実行していって欲しいと著者は読者に呼びかけている。



 Bestsellers/USA
米国のベストセラー(eブックを含むノンフィクション部門)
3月26日付The New York Times紙より

※ 『』内の書名は邦題(出版社)


1. Portraits of Courage
George W. Bush ジョージ・W・ブッシュ
第43代米大統領が描いた元兵士たちの油彩画ポートレート集

2. Hillbilly Elegy
『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』(光文社)
J. D. Vance J・D・ヴァンス
イェール法科大学院修了の著者が故郷の米白人貧困地域について語る

3. Hidden Figures
Margot Lee Shetterly マーゴット・リー・シェタリー
米NASAの宇宙開発に貢献した黒人女性数学者たちの物語。同名映画の原作

4. Killing the Rising Sun
Bill O'Reilly and Martin Dugard
ビル・オライリー&マーティン・デュガード
第2次世界大戦末期、米国はいかにして日本を降伏させたか

5. The Zookeeper's Wife
『ユダヤ人を救った動物園 ヤンとアントニーナの物語』(亜紀書房)
Diane Ackerman ダイアン・アッカーマン
第2次世界大戦時、ユダヤ人を助けたワルシャワ動物園の園長夫妻の物語

6. The Lost City of the Monkey God
Douglas Preston ダグラス・プレストン
謎の古代遺跡を探して南米の密林を行く考古学チームの物語

7. When Breath Becomes Air
『いま、希望を語ろう 末期がんの若き医師が家族と見つけた「生きる意味」』(ハヤカワ・ノンフィクション)
Paul Kalanithi ポール・カラニシ
36歳で末期がんを宣告された天才脳神経外科医の手記

8. On Tyranny
Timothy Snyder ティモシー・スナイダー
20世紀の歴史から学ぶ独裁国家に関する20のレッスン

9. Big Agenda
David Horowitz デヴィッド・ホロウィッツ
保守系右派といわれる著者がトランプ政権の政策を解説

10. Dear Ijeawele
Chimamanda Ngozi Adichie チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ
娘をフェミニストに育てるために大切な15のこと