「美食の都」パリにはフランス料理だけでなく、世界中の料理が集まる。
フランスと歴史的なつながりが深い北アフリカやベトナムの料理店に地元の人が足しげく通う様子を見ると、移民たちによる料理の存在感の大きさが分かる。
なかでもパリの中心部から北東寄りにある10区は移民たちが多く集まっており、エスニック料理の激戦区だ。
そこにおいしいクルド料理店があると人づてに聞き、珍しさに引かれて足を運んだ。レストランやカフェが立ち並ぶメインストリートから脇に入った場所に、その店「アベスタ」はあった。おばさんが入り口で、丸く伸ばした白い生地に具材を広げている。小麦粉の生地を半分に折って鉄板で焼くと、分厚いクレープのようになる。ギョズレメという料理だ。いろんな具材を包んで食べる。
大阪出身の私は子どものころからお好み焼きやうどんをよく食べた。「粉モノ」好きだ。1枚3.5ユーロと値段も安いので、結局、中に入れる具材が違う2枚を食べることにした。
パリパリ、でも、ふわふわ
1枚目は刻んだホウレンソウとチーズ。葉の苦みとチーズの塩気が口の中でうまく混ざる。ジャガイモとタマネギ入りの2枚目は、スパイス控えめでやさしい味。何より軽く焦げ目のついた生地に、パリパリとふわふわ両方の食感があっておいしい。半径15センチの大きさも得した気分だ。
クルド人は、主にトルコやシリア、イラン、イラクにまたがって世界に3000万人いるとされるが、祖国を持たない。
パリのクルド研究所によると、フランスには23万~25万人が住む。もとは1960年代に労働者として来たが、70年代末から90年代に中東情勢が不安定になり、難民が増えた。
店主のメティ・タヌリベルディ(52)は17年前にトルコからパリに来た。「トルコでは自由に生きられなかった」。渡仏の理由を尋ねても、語りたがらなかった。
実はクルド料理は、トルコ料理と重なる部分が多いと後に知った。ギョズレメはトルコでも名物の一つらしい。それでも、メティは「クルドの料理だ」と言っていた。
自分の国を持たない人たちが食べ物に込めるアイデンティティー。その重みを改めて感じた。