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『あしたは最高のはじまり』 アフリカ移民2世のスターがあえてアメリカへ渡ったワケ

シネマニア・リポート 更新日: 公開日:
『あしたは最高のはじまり』より PHOTO : Julien PANIÉ

『あしたは最高のはじまり』より PHOTO : Julien PANIÉ

シネマニア・リポート Cinemania Report [#60] 藤えりか

西アフリカを後にした移民の息子は、フランスで国民的スター俳優となった。そして今、移民や人種をめぐる問題が渦巻くアメリカに敢えて移り住み、さらなる夢を描く。9日公開の仏映画『あしたは最高のはじまり』(原題: Demain tout commence/英題: Two Is a Family)(2016年)に主演したオマール・シー(39)に、電話でインタビューした。

『あしたは最高のはじまり』より PHOTO : Julien PANIÉ

オマール・シーを知らないという方も、日本で最もヒットした仏映画『最強のふたり』(2011年)で、体が不自由になったお金持ちの男性を軽やかに介護した貧しい移民の若者を演じたと聞けば、ピンとくるかもしれない。彼はこの作品で、フランスのアカデミー賞にあたるセザール賞の主演男優賞を受賞。仏週刊紙の読者投票では「最も好きな人物」のひとりに選ばれた。その後、米国の人気シリーズ『X-MEN: フューチャー&パスト』(2014年)に『ジュラシック・ワールド』(2015年)、トム・ハンクス(61)主演作『インフェルノ』(2016年)やマイケル・ベイ監督(52)の『トランスフォーマー/最後の騎士王』(2017年)と、ハリウッドの大作に立て続けに出演している。

『あしたは最高のはじまり』は再びのフランス映画出演だ。南仏コートダジュールで気ままに暮らすサミュエル(オマール)の元に突如、かつて関係をもったという女性クリスティン(クレマンス・ポエジー、34)が現れ、「あなたの子、グロリアだ」と赤ん坊を置いて姿を消す。サミュエルは後を追ってロンドンに向かうが見つからず、言葉も通じず途方に暮れる。偶然出会ったTVプロデューサーの同性愛者ベルニー(アントワーヌ・ベルトラン、39)にスタントマンの仕事を紹介され、ロンドンの彼の自宅に居候しながら共にグロリア(グロリア・コルストン、12)を育てるうち、3人で「家族愛」を育んでゆく。そこへクリスティンが再び姿を現す――。

『あしたは最高のはじまり』より PHOTO : Julien PANIÉ

米国でもヒットしたメキシコ映画『No se aceptan devoluciones(原題)』(2013年)のリメイク。「オリジナル版を3~4年前に見たけれど、とても美しく詩的な作品だった。ためらうことなくこの役を引き受けたよ」とオマールは電話越しに語った。

フランスは「子どもを育てやすい国」として知られるが、サミュエルは偶然たどり着いたロンドンでそのまま、育児に奮闘し続ける。「彼は英語を話せず、コミュニケーションは娘を通してのみ。そうした異国の環境で子どもを育てるのがいかに大変か示したかった」

『あしたは最高のはじまり』より PHOTO : Julien PANIÉ

そう言うオマール自身、実生活でも「異国」である米ロサンゼルスで4人の子どもを育てている。「ロンドンは撮影として滞在しただけで、米国と英国どちらで育てるのが大変なのか、実際はよくわからない。ただ言えるのは、子どもを育てるうえで一番いい環境は、愛のあるところ。サミュエルがそういう場所を作ったようにね。医療面が充実しているかどうかは二の次で、どこにいようと、一番大事なのは愛だ」

サミュエルは英国への移民。ロンドンでは2015年に撮影したが、その後の英国は欧州連合(EU)離脱を決め、メイ首相(60)は移民規制を掲げている。今ならサミュエルはどうなっていただろう。オマールは「よくわからない」としつつ、「移民は欧州だけではない」と強調した。「移民の多くが欧州をめざしているから『欧州の問題』とされがちだけど、これは世界的な問題だ。そもそもビジネスや貿易、金融や為替の問題になるとえらい人たちが集まって話し合うのに、移民についてはそこまでしない。どうしたらいいのかはとても難しいが、世界的な問題として世界中で話し合う機会を持つことで解が生まれると思う」

『あしたは最高のはじまり』より PHOTO : Julien PANIÉ

オマールは両親が西アフリカからの移民で、自身もイスラム教徒だ。父はセネガルからフランスへ渡り、当初はお金を稼いで母国に戻るつもりだったが、自動車工場で働くうち定住、モーリタニアからやって来て清掃の仕事をしていた女性と結婚。そうして生まれたオマールは8人きょうだいの4番目として、移民も多い郊外の公営住宅地帯「バンリュー(Banlieue)」で育った。兄の友人だった俳優に誘われてラジオの仕事を手伝うようになったのをきっかけに、コメディアンとして頭角を現し、映画に出るチャンスをつかんでスターダムを駆け上がった。

オマールは仏映画『Samba(原題)』(2014年)では、セネガルからフランスに移住し皿洗いとして働いていたところ拘束、国外退去を命じられて当局と闘う移民を演じている。セネガル移民という意味では父と同じだが、両親はこの映画を見て驚いたという。「両親は、移民をめぐる状況が昔よりいかに違ったものとなり、移民の負担や困難がいかに大きくなっているかを知って驚いた。彼らがフランスに来た時は、入国も法的地位を得ることも、仕事を見つけるのもそんなに大変ではなかった。今は移民は歓迎されない」

ユーゴ・ジェラン監督(左)と、『あしたは最高のはじまり』の撮影に臨むオマール・シー PHOTO : Julien PANIÉ

だからこそ、フランスで成功したオマールは「バンリューの希望」として欧州メディアに取り上げられている。

オマールはしかし、多くのフランス人俳優がフランスを拠点とし続ける中にあって、2012年にロサンゼルスへ家族とともに居を移した。自身が米国への移民となったわけだ。「第一には英語を学ぶためだった。数年前はこんな風に英語で会話なんてできなかったもの。それに、ロサンゼルスは俳優として新たな仕事のチャンスがたくさんある。『X-Men: フューチャー&パスト』や『ジュラシック・ワールド』に出たり、『インフェルノ』(2016年)でロン・ハワード監督(63)やトム・ハンクスと仕事ができたりしたのも、ロサンゼルスに住んでいるからこそだよ」

『あしたは最高のはじまり』より PHOTO : Julien PANIÉ

ただ、ハリウッドはチャンスも多い一方で、白人中心主義で多様性を欠くとも長年指摘されている。そう言うと、オマールは「だからこそ米国に来た」と答えつつ、「私は黒人としてではなく、ひとりの俳優として仕事を探したり人に会ったりしている。白人、黒人と分けるのは外から見ているみなさんであって、自分はまったくそうした観点で見ていない」と強調した。そのうえで、「フランスではいろいろ仕事をし、やれることはずいぶんやったという気持ち。米国では、フランスではできないことをしたい。『ジュラシック・ワールド』のような大予算の大作はフランスでは作れない。そうした大きな作品に出演してゆきたい。いろんな可能性を探り、今までと違う役柄や、違う仕事にも挑戦して自分を進化させていきたいと思っている。自分がまた変わる必要があると感じるまで米国にいようと思う」と語った。

オマールが渡米したのはオバマ米政権下。今のトランプ米政権は打って変わって移民に厳しい姿勢を取り続けている。そうした中で、すでに米国でも人気を博しているオマールがどんな活躍を見せてくれるか。楽しみだ。

オマール・シー © Naj Jamai