追い詰められすぎると、人はついに我慢を爆発させ、時に暴走する――。セクハラ告発が一気に噴出した「#MeToo」とも響き合う心の動きが、米日合作『オー・ルーシー!』(原題: Oh Lucy!)(2017年)で描かれている。主演の寺島しのぶさん(45)が「日本(だけ)じゃ作れなかった」と言い切る今作は、米欧での高い評価を経て28日に日本で公開。在米20年以上、俳優活動を経て「声なき声をスクリーンに」と初の長編を撮った平柳敦子監督(42)にインタビューした。
『オー・ルーシー!』は、寺島さん演じる43歳の働く独身女性・節子が主役。やりがいのない職場と、物があふれすぎた部屋とを往復する日々だったところへ、姪の美花(忽那汐里、25)の頼みで英会話教室を代わりに受講、米国人講師ジョン(ジョシュ・ハートネット、39)と出会う。金髪のウィッグをかぶせられて「ルーシー」と名づけられた節子は、トムと命名されたもう一人の受講生(役所広司、62)とともに、米国人のようにリラックスして振る舞うよう言われるうち心が解き放たれ、ジョンに恋をする。だがジョンが教室を突如やめ、美花と米国へ帰国したと知り落胆。職場で暴言まで吐いて居づらくなった節子は、娘である美花を探す姉・綾子(南果歩、54)とロサンゼルスをめざす。
もとになったのは、平柳監督が2009年から学んだニューヨーク大学(NYU)大学院の卒業製作として撮り、2014年にカンヌ映画祭で日本人初のシネフォンダシオン(学生映画)部門第2席となった短編だ。それを発展させた長編の脚本が米サンダンス映画祭でサンダンス・インスティテュート/NHK賞を受賞。豪華な日本人キャストに『ブラックホーク・ダウン』(2001年)などで知られるジョシュ・ハートネットを起用、2017年にはカンヌ映画祭の批評家週間に出品。米国の名門映画賞の一つ、インディペンデント・スピリット賞にも日本人で初めて新人作品賞と主演女優賞にノミネート、米欧で高い評価を受けている。
新人監督としての快挙について、平柳監督は言った。「日本だと新人は10年くらい下積みをしないといけない、といったものがあると思うけど、米国は新人だろうがなんだろうが、作品自体を評価すれば一緒に仕事したいと言ってくれる。そのあたり、日米で根本的に何かが違う気がします」
節子にはモデルがいるという。「いつも自分の言いたいことを隠して生きているタイプの人。その人にもし自分の言いたいことを言わせたら何を言うんだろう、ルーシーという新しいアイデンティティーをまとったら隠してきたことを話すんじゃないか、って思ったんです」
その姿は、高2で単身渡米した頃の自身にも重なる。「自分を表現したくても、最初は英語ができずにフラストレーションがたまっていた。でも、周りからはただ単に『静かなアジア人の女の子』としか思われていなくて。周りから見られている自分と、自分が知ってる自分との間で葛藤があった」と平柳監督は振り返る。「そうやって、言いたいことを言わずに生きていると、中から圧力釜みたいにね、だんだん膨らんでいくと思うんですよ。圧力釜って、その圧力が大きければ大きいほど、急に開けると爆発しちゃうじゃないですか。それをぷすっとリリース(解放)したのがルーシー。少しずつリリースできればいいんですけどね」
なるほど、と膝を打つ思いだった。ずっと言えなかったセクハラや性暴力に今やっと「ノー」と声を上げ始めている人たちにも重なる。
インタビューには途中から寺島さんも加わり、「#MeToo」の議論にもなった。寺島さんの言葉は朝日デジタルで紹介しているが、平柳監督は「今までしゃべれなかった人がしゃべれるようになったのは、確実にいいこと。それがゆき過ぎると、『ルーシー』のようになる。今はきっと、『ルーシー』な状態なんですよね」と、今作にたとえて語った。
「#MeToo」をめぐっては、被害者を非難する声すら上がってしまう日本。告発は過剰反応だとする指摘もある。だが、仮に過剰に見えたとしても、それはいかに追い詰められすぎたかの裏返しでもあるのだ。
「リリースできる場所がないと、やっていけないですよね。日本人は我慢しすぎなんじゃないでしょうか。女性は小さい頃からおさえつけられていて、話す声も高い。地声で話してる女性がなかなかいないですよね、日本は」
まさに、まさに。
平柳監督はかつて、米国で俳優として活動していた。ロサンゼルスの高校で学んだ後、俳優をめざしてサンフランシスコ州立大学で演劇を専攻した。平柳監督曰く、「世界を変えてやろうという、若気の至りの正義感」からだったそうだ。渡米した1990年代前半は、日米貿易摩擦やバブルの影響もあって、ハリウッドで描かれる日本人と言えば「お金を持ってる悪役」。しかも演じるのは日本語を話せないアジア系俳優がほとんどで、「『なんで?』と。それを変えてやろうと思った」。ジャッキー・チェンが好きで映画の世界に憧れていた平柳監督は、大学卒業後も俳優養成所に通いながらオーディションを受け続けた。
だが、「まず、役がなかった。白人なら1日3~4本あるオーディションが、私たち(アジア系)は1カ月に3~4本あるかないか」。CMの仕事を得られても、自動車やIT系などアジア系の顧客を狙ったようなものが大半だった。白人男性中心のハリウッドで、「俳優だけでは食べていけなかった」という平柳監督は、ウェイトレスなどの仕事も重ねた。
ハリウッドで昨年来やっと問題になっているセクハラや性的被害の横行も、平柳監督は現場で実感してきた。「権力や権威を利用して弱い者つけ込む。そういう人は、誰にだったらそういうことができるか、においでわかるんですよね。弱い立場にいる人が声を出せるようになったのは、大事なことだと思います」
一方で、「反対にそれを利用してのぼっていく人もいましたね。だから変な連鎖になっている」と平柳監督は指摘する。それだけに、「私はこの業界に向いてないかも」とも思いながら、とりわけ20代はもがいた。ビザが失効して一時帰国するうち、ビザ再取得が難しくなった時もあった。「20代の半ばごろは闇の中のどん底みたいに、精神的にひどくなってましたね。かと言って、周りから見ればそんな風には見えなかったと思います。ルーシーだって、会社には行けていたでしょう?」
そんな平柳監督は、ロサンゼルスの高校で同級生だった米国人男性と結婚後、長女を出産したのを機に、進むべき道を再び見定めたのだという。「ある夜、授乳していた時、私の目をまっすぐにがっつりと見つめる娘の瞳を見て、何か引け目を感じる自分、彼女を見つめ返す自信のない自分に気づいた。自分にもっと正直になりたい、役をもらおうと頑張る俳優の世界じゃなくて、提供する側に立って役に立ちたいと思うようになりましたね」。NYU大学院で映画製作を学ぼうと応募したら、奨学金支給とともに合格。「これは行かなくては、って導かれた気がした。幸せも長続きしないけど、不幸も長続きしない。真っ暗で光が見えなくても、一生続くことはないんだなって思います」
長野生まれで千葉育ちの平柳監督は、「小さい頃から不公平なことが嫌い」だった。「もともと結構おてんばで、男の子とサッカーをやったりしてました。でも当時の学校は女の子のサッカー部も柔道部もなく、何でないんだろう?って疑問に思ってた」。同時に、長男として常に立てられる1歳上の兄を横目に、「自分は『女の子だから○○しなさい』と言われて、すごく嫌だった。そういうものを取っ払って自分自身を発揮し、表現できる居場所を見つけたかった」。高2での単身渡米は、そのための歩みの一つでもあった。ちなみに平柳監督は、極真空手の黒帯初段の保持者だ。
「俳優をやること自体、ある意味ルーシーだったんでしょうね。他人を演じることによって、知らなかった自分を知るようなところがありました。自分をどんどん知っていく旅だったと思う」
今作も含め、「普段スポットライトが当たらず、声が聞こえてこないような人の声を聞きたい」というのが創作の原動力だ。「現実の世界を伝えたい。それでいて、今まで見たことのないヒーローやヒロインをスクリーンに登場させることができたら、って思いますね。そういう人をいつも探してます」
とはいえ次に撮る作品は、10歳の長女と5歳の長男の子育てを「最優先」にしたうえで吟味してゆくという。「映画を作るのは確かに人類にとっていいことだけど、まともな人間をこの世の中に送り出すことも、人類にも私にとっても一番大事なこと。子どもに我慢させるほど、私がやることに意味のある映画ならやりたいと思う。でないと、あまりにも犠牲が大きすぎる。そういう意味でバランスだし、いつも葛藤してますね」
そんな平柳監督が取り組む次回作は、どんな「声なき声」を伝えることになるのだろうか。
※寺島しのぶさんと平柳敦子監督のインタビュー動画を、AbemaTV「けやきヒルズ サタデー」に筆者が生出演してご紹介します。無料。24時間見逃し視聴できます。