『女は二度決断する』は、トルコ系移民が多いドイツ北部ハンブルクが舞台。主役は、トルコ系移民の夫ヌーリ(ヌーマン・アチャル、43)と6歳の息子ロッコ(ラファエル・サンタナ)と幸せに暮らす白人カティヤ(ダイアン・クルーガー、41)だ。ある日、カティヤがロッコをヌーリの仕事場に託して出かけた後、そのすぐそばで爆発が起きる。警察はトルコ系同士の抗争だとみて捜査、夫にも原因があったのではないかと疑いの目を向け、カティヤは苦しむが、次第に若いネオナチのドイツ人夫婦が容疑者として浮かぶ。昨年のカンヌ国際映画祭では主演女優賞、今年1月にはゴールデングローブ外国語映画賞を受賞した。
今作は、ハンブルクなどで2000〜07年、トルコ系をはじめとする外国人が爆弾テロなどで相次ぎ死傷した事件が下敷きになっている。実行犯は「国家社会主義地下運動(Nationalsozialistischer Untergrund: NSU)」。ヒトラーが率いた「国家社会主義ドイツ労働者党(Nationalsozialistische Deutsche Arbeiterpartei)」にも似た名前のネオナチ極右集団だ。だが2011年に真相が判明するまで、「トルコ系の犯罪組織の抗争かトラブル」との見立てで捜査が続き、メディアも追随。その間にも犠牲者は増えていった。
アキン監督いわく、この事件だけに想を得たわけではないという。「テーマとして最初に考えたのは1992年、私が大学に進んで映画を撮り始めた19歳の頃だ。東西ドイツ統一以来、ネオナチ台頭やトルコ系などの移民への攻撃といった問題が起き、いつかこのテーマで撮りたいと考えた」。そう言ってアキン監督は、「いや、問題は(ヒトラー政権が誕生した)1933年からあり、常に議論になってきた。しかも、最近はトランプの米国、そして日本やトルコでも問題になっている。世界的だ」とつけ加えた。
NSUの連続テロでは、アキン監督の兄の友人も殺された。身近な事件でもあっただけに、アキン監督は憤りをもって振り返る。「発生から10年ほどはメディアも捜査当局も、トルコ系同士の抗争だと言い続け、移民を責め立てる時期が長く続いた。メディアは『トルコ系マフィアの殺し合い』と書きたてたが、『トルコ系マフィア』とは誰なんだ?と本当に不思議だったよ。そんなのはメディアの作り話だった。殺害そのもの以上に、無実の人たちが責められたことが問題で、トルコ系社会は非常に怒っていた」
アキン監督は今作のリサーチのため、「複数の元ネオナチに会いに行き、話をした」と言った。私は思わず「元? 以前ネオナチだったという人?」と聞き返した。ネオナチがネオナチでなくなるなんて、そう簡単ではなさそうだからだ。
そう思っていると、アキン監督はドイツでネオナチ脱退を支援する「EXIT Deutchland」という団体を挙げた。EXITは元警官や犯罪学者らが立ち上げた組織で、2000年以降、民間の寄付やドイツ政府の資金をもとに、元ネオナチも加わって活動を続けている。「ネオナチはメンバーの離脱を許さない。そこでEXITのような団体が、抜け出る手助けをするんだ」。そう解説するアキン監督がリサーチを経て実感したのは、「何事も変えられる」という点だという。「固定して変わらない、というものは何もない。すべては移りゆく。そこに私は今回気づいた。人には対話が必要で、暴力や力でもって変えることはできない」
今作に登場する若いネオナチ夫婦は、非常に不敵な笑みを浮かべていた。この描写もアキン監督のリサーチに基づくだけに、よりリアルに感じた。そんな彼らも、変わりうるのだろうか。そう聞くと、「その通り」とアキン監督は即答した。
アキン監督は「暴力がいかに次の暴力を生み出し、ヘイトがいかに次のヘイトをもたらすか。今作は、そうした連鎖についての物語だ 」とも語った。「変わりうる」と信じるか、「目には目を」と復讐に突き進むか。この映画は私たちに、そう問いかけているということだ。
ドイツでは反難民・反イスラムを掲げる「ドイツのための選択肢(AfD)」が右翼政党として戦後初めて国政に進出、第3党に躍り出ている。アキン監督は言う。「攻撃したがる彼らを憎み返すのは簡単だが、それでは問題解決にならない。対話こそ望ましい道だ。というのも、AfDに投票した人の多くは、心底からの人種差別主義者ではない。彼らは経済的な問題を不安視し、グローバル化によってアイデンティティーを失うのではないかと恐れている。そうした不安や恐れを抱く人々を、人種差別主義者が代弁する形となっている」
アキン監督はそのうえで、「リベラルエリート」に批判の矛先を向けた。「本来、リベラルエリートこそ彼らの声とならなければならないのに、どうすれば経済を成長させられるか、そのために何ができるかばかり考えて、路上の人々との対話をおろそかにしてしまっている。米国でもこのせいで、クリントンが敗れてトランプが大統領になる『トランプ症候群』が生まれた」
今作は欧米で高い評価を受けただけでなく、興行的にも成功した。だが、「メディアは、熱狂的に迎えたところもあれば、批判的な報道もあり、半々に分かれた。人種差別的なメディアもいるからね」とアキン監督。影響力を考えると、人種差別的なメディアなんて考えるだけでぞっとするが、日本でも確かに増えている。
アキン監督は若い頃は俳優をめざしていたが、ステレオタイプに満ちた役柄ばかり回ってくるトルコ系の状況に嫌気がさし、作る側へと進路変更した経緯がある。トルコ系の配役をめぐる状況は、その後変わったのだろうか。「今は政治家もキャスターも、ドイツ代表のサッカー選手にもトルコ系がいるし、映画監督や俳優も増えて、20〜30年前に比べれば良くなった。でも、それでもメディアにはまだある種のステレオタイプがある。ドイツの映画賞で、トルコ系のノミネートはわずかだ。ハリウッドも同じようなものだけれど、(『ゲット・アウト』の)ジョーダン・ピール監督が台頭したり、いくらか進んではいるよね」
「アーティストには、大事な問題を世に示すチャンスがある。残念ながら映画そのものが問題を解決するわけではないけれど、観客に考え議論してもらうきっかけになる。そうして物事は変わりうる。映画はその手助けをするということだ」とアキン監督。日本でもヘイトはなお深刻な問題だ。監督の言う「何事も変わりうる」が今作によって少しでも実現すれば、と心から願う。