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公益を担う寄付モデル、巨額の寄付金を扱うプロ集団

World Now 更新日: 公開日:
ウィキメディアのオフィスはアットホームな雰囲気だ=和気真也撮影

寄付モデル、公益性の力に

多くの人が使う公益性の高いネットサービスを、寄付で運営する。ネットの百科事典「ウィキペディア」もその一つ。パソコンなどの画面でこんな文章を見たことはないだろうか。

「読者の皆さまへ。私たちは独立性を守るため、一切の広告を掲載しません。また政府からの援助も受けていません。700円の寄付をしてくだされば、募金活動は1時間以内に終わるでしょう」

運営する米「ウィキメディア財団」は、このお願いを各国で年に2~3週間ずつ行い、世界中から国境を越えて寄付を集める。財団の説明では、2014年6月期の寄付は5100万ドル(約60億1800万円)で、7割をネットで集めた。寄付した人は約250万人。ほかの財団などからの大口寄付は1割ほどだという。

日本では昨年7月に行い、120万ドル(約1億4200万円)を集めた。日本の閲覧者数は米国に次いで世界2位だ。

ウィキペディアは利用者自身がボランティアで編集し合う事典だ。287言語で書かれ、月間の閲覧者数は5億人。大手調査会社「アレクサ」によると、世界のトップ10に入る。ただ、同じトップ10の面々をみると、グーグルやアマゾン、フェイスブックなど成功した営利企業ばかり。ウィキペディアは、なぜ寄付に頼るのだろう?

独立性保つために

米西海岸サンフランシスコにあるウィキメディア財団を訪ねた。壁一面のホワイトボードに議論の跡が残る。スタッフは約220人。サイトの開発や、書き込み内容をめぐる問題に対応する法務、寄付を集めるファンドレイザーらだ。

01年のサービス開始以来、運営はほぼすべて寄付でまかなってきた。営利企業の仲間入りをしたくないかと寄付担当のリサ・グルーウェルに尋ねた。彼女は否定した。「寄付の方が独立性を保てる。広告モデルだと、広告主となる企業のページの内容に影響が出る可能性がある」

寄付モデルだからできることもあるという。例えば、ケニアやパキスタンなど発展途上国約40カ国では、通信会社と提携し、携帯電話からウィキペディアを閲覧した際のデータ通信料を無料にする取り組みを行っている。「営利目的でないから説得力が増し、携帯会社からの協力を得られた」とグルーウェルは話す。

情報公開もしている。年間の支出は約2000万ドルの人件費や、オフィス賃貸料、サーバー維持費など総額で約4600万ドル。毎年、黒字分は貯蓄する。ただ、5300万ドル(約62億円)に積み上がっており、ネットメディアを中心に「ボランティアに頼るサービスで、そんなにお金が必要なのか」との批判がある。

調査報道に寄付

ITジャーナリストの西田宗千佳(43)は「公益性の高いサービスで、費用を寄付でまかなうこと自体は悪くない」と語り、こう続けた。「問題は、安定的な運営に必要な額が実際はどれくらいなのか、財務報告からは具体的に見えてこないことだ。長期ビジョンを示したうえで、適正な寄付額がいくらか、寄付者に明示する努力をすべきだ」

公益性の高い情報を寄付を元手に伝える仕事は、ニューヨークに本部がある報道組織「プロパブリカ」も同じだ。経済紙ウォールストリート・ジャーナルの元編集長らが中心となり07年につくったNPO。編集部には記者と編集者が30人いる。05年のハリケーン「カトリーナ」で被害を受けた病院を描いた報道と、金融危機を招いた金融街の体質に迫った調査報道で、優れた報道に贈られるピュリツァー賞を10年と11年に受賞した。

年間約1000万ドル(約12億円)の運営費の大半は、元銀行家がつくったサンドラー財団などからの大口寄付でまかなう。オンライン読者からの寄付は年に3000件ほどで、額も21万5000ドル。今後、増やしたいという。

代表のリチャード・トフェルは「新聞社はどこも経営が苦しく、調査報道に時間とコストをかける余裕はなくなっていく」とみる。「だが、この国の民主主義には、政治や経済に本当は何が起きているのか伝える調査報道が必要だ。だから寄付が集まる」と話す。

巨額の寄付金を扱うプロ集団

年4000億円規模の寄付を世界中に投じる財団がある。マイクロソフト創業者のビル・ゲイツが、妻メリンダと設立した「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」だ。

巨額のお金を、どこで、どう生かすのか。それを決めるのが、400人いる「プログラム・オフィサー」だ。その一人、ワカール・アジマールに財団のある米シアトルで会うと、彼は「画期的」と語るプロジェクトについて話し始めた。

財団はポリオ(小児まひ)の撲滅支援に力を入れる。ナイジェリアでの予防接種活動に関して昨年9月、日本の国際協力機構(JICA)と契約を結んだ。JICAはすでに、ナイジェリア政府に最大82億8500万円を貸し出す約束をしていた。契約は、80%以上の自治体で、子どもの8割が予防接種を受けたと確認できた場合、財団がナイジェリア政府に代わってJICAに返済する内容。ゲイツ夫妻らの寄付が、国の借金を肩代わりするわけだ。

アジマールは、主な狙いはインセンティブ(動機づけ)だと説明した。この仕組みだと、ナイジェリア政府は成果を出せば懐は痛まない。「現地の政府が本気で取り組むことで活動が進む。政府がインセンティブを持つ方法を考えた」。財団は、JICAの持つ支援のノウハウを利用し、活動の達成率を高められる。

実は、財団にはこうしたプロジェクトを現地で行う「実動部隊」はいない。財団はノウハウのある機関やNGOと提携して計画をつくり、そこにお金を出す。プログラム・オフィサーたちは、どの国にどんな課題があるのか探し、提携先を決めて戦略を立てる。行政や金融、医療などの高度な知識と経験がいる。このため優秀な人材集めに力を入れる。

アジマールは財団に入る前、パキスタンなどでポリオ撲滅に奔走する医療コンサルタントだった。国連機関やNGO職員として、アジアやアフリカの貧困国や紛争地域でも働き、人脈も豊富だ。

欧州から批判も

財団は2000年、ゲイツ夫妻が財産を寄付して設立した。06年には、著名投資家のウォーレン・バフェットが、約300億ドル相当の株式を財団に寄付すると発表。財団によると、資産は現在約420億ドル(約4兆9500億円)で、13年には年36億ドル(約4200億円)をNGOへの寄付などで支出した。主な分野をみると、貧困問題など「国際開発」に49%、「国際保健」に30%、「米国内施策」に14%という内訳だ。資産全体の規模は、ゲイツ夫妻とバフェットから毎年、寄付が加わるほか、一部を株式などで運用して保っている。

米政府は、税を優遇する慈善財団に、資産の最低5%を毎年、慈善活動に使うよう求めている。ゲイツ財団の場合は10%前後を使っているという。

財団は外部の寄付を受け付けない。支出先などの情報は公開しているが、使い道の最終決定権はゲイツ夫妻とバフェットの3人の評議員が握る。

米国では、成功して富を得た経営者らが私財で財団をつくったり、公益目的の基金に寄付したりする例は多い。古くは車社会を生んだフォード家のフォード財団、鉄鋼王アンドリュー・カーネギーが設立したカーネギー財団がある。最近では13年にフェイスブック創業者マーク・ザッカーバーグと妻がシリコンバレーにある地域の財団に、約10億ドル相当の株式を寄付した。

ビルとバフェットは10年、資産の少なくとも半分を慈善事業に寄付するよう世界の富豪に呼びかける活動も始めた。ところが、これに欧州から批判が出た。

巨額の寄付に対する税優遇制度では、欧州より米国の方が、多くのメリットを受けられる仕組みになっている。自らもビルの呼びかけを受けたというドイツの大富豪は、独誌シュピーゲルで、こういう趣旨の批判をした。

──米国では多額の寄付をするほど、多額の税金を払わなくて済む。金持ちは寄付か税金かを選べるが、多くは寄付を選び、自分で支援する相手を決める。何が人々のためになるのかを、国に代わって金持ちが判断している。それは国や税を否定し、民主主義社会にも逆行するのではないか──。

ゲイツ財団が抱える寄付金は、ゲイツ夫妻が亡くなってから20年以内に、すべて使い切る約束が交わされている。

ゲイツ財団/photo:Wake Shinya

米国の寄付、日本の約30倍

日本ファンドレイジング協会がまとめる寄付白書によると、日本の寄付総額(2012年)は推定1兆3686億円で、この年のGDPの約0.3%だった。09年の1兆円規模から増え続けている。11年の東日本大震災では多くの人が寄付し、5000億円分の寄付があったとみている。

各国の寄付の規模を比較すると、突出して大きいのは米国だ。米国版の寄付白書「ギビングUSA」によると、13年は推定3352億ドル(約39兆5500億円)の寄付があり、前年より4.4%増だった。同じ年のGDPと比べると2.0%の水準だ。

一方、世界的に13年の寄付市場は低調だったという見方もある。英NPOの「Charities Aid Foundation(CAF)」が毎年、各国で1000人に尋ね、「ここ1カ月間に寄付をした人」の割合を調べた調査では、13年に世界で寄付をした人の割合は27.7%で、前年より0.6ポイント減った。CAFは「世界のGDP成長率が鈍ったことが響いた」とみている。最も寄付をしているのは仏教が盛んなミャンマー。日本は135カ国中62位だった。

寄付大国を支える、きめ細かい仕組み

世界で最も多くの寄付金が動く米国。背景には「成功者」たちが多額の寄付をする一方、市民が寄付しやすい、きめ細かい仕組みがある。

寄付を一時的に預けて管理してもらう「ドナー・アドバイズド・ファンド(DAF)」もその一つ。首都ワシントンDCの近くにある「インパクト・アセッツ」はDAFを扱うNPOだ。DAFのメリットは、口座に入れたお金は寄付に使われる前でも「寄付」とみなされ、最高50%の税控除の対象となることだ。寄付以外の目的では使えない。

インパクト・アセッツは、預かった約1億6000万ドル(約190億円)の寄付金を、貧困の解消や地球環境保護などに取り組む「ソーシャル・ビジネス」を行う企業が発行する債券などで運用している。社会貢献のために使おうと一時的に預けた寄付が、口座に眠っている間も、投資という形で社会的な課題にいかされている。

ただ、こうした寄付を促す手法には、お金に余裕のある人が税優遇を受けようとする「節税」という面もある。

クレジットカードを利用した寄付も多い。買い物をしてレジでカードを使おうとすると、環境保護や動物愛護団体への少額寄付の上乗せを勧められる。暮らしのあらゆるところに寄付の機会があることが、寄付大国の下地になっている。

(文中敬称略)