「脱・米国依存」グローバルサウスに広がる地域連携 中ロはシャンパンの栓を抜く?
プルメリアが咲くメコン川のほとりを鮮やかな水色のタクシーが走り回る。東南アジアの内陸の国、ラオスの首都ビエンチャン。隣国ベトナムの新興自動車メーカー・ビンファストが2023年から投入した電気自動車(EV)だ。お客の反応は上々。今春には乗用車の販売も始めた。
第1次トランプ政権(17~21年)が中国に課した追加関税を嫌って、ベトナムに投資したり部品の調達先を求めたりする企業が相次いだ。この追い風に乗って急成長した今、ベトナム政府は乗用車メーカーの育成に力を入れる。ビンファストは米ナスダック市場に上場し、米国進出をもくろんでいたが、苦戦。その一方で、ラオスのほか、インドネシア、フィリピンを含む東南アジアへ攻勢をかけ、インドには工場も立ち上げた。
ベトナムにとって、中国は最大の輸入国で、最大の輸出国が米国。それぞれ約4割、約3割を占める。多くの東南アジアの国と同様、中国から素材を輸入して、最終製品を米国に輸出する構図だ。全世界に対象を拡大した第2次トランプ政権の追加関税は、ベトナムも直撃した。米国から輸入する製品の関税を「ゼロ」に引き下げるなどの交渉を通じて、当初の46%から20%に下がったものの、貿易ルートは厳しく監視される。「譲歩」で時間と予見可能性を確保しながら、米国以外の輸出先の開拓を急ぐ。
貿易でみると、ASEANの域内比率は輸出入とも2割強で、EUの6割には遠く及ばない。それだけに、アジアでは地域内で生産し、消費する構造づくりも大きな課題になっている。
9月半ば、シンガポールで中国の有力メディア「財新」が主催する「不確実性の中での未来を設計する」と題したセミナーがあった。2000年前後にクリントン米政権(民主党)で財務長官を務めたローレンス・サマーズ氏がオンラインで登場した。財新創設者のジャーナリスト胡舒立(フー・シューリー)氏から関税について問われ、「歳入増の手段として極めて不適切な戦略」と切って捨てた。「時間の経過とともに各国が関税回避策を見いだす可能性があり、関税は米国経済の競争力に甚大な損害を与える懸念もある。米国内の貧困層には重い負担を強いるうえ、長期的には他国からの報復を招く」。苦り切った表情だった。
東南アジアが通貨危機に見舞われた1990年代末。財務副長官だったサマーズ氏は日本が画策したアジア通貨基金構想に猛反対し、つぶした。米国主導の金融秩序を守り抜くためだ。米国は東南アジアを縁故主義的資本主義(クローニーキャピタリズム)と痛烈に批判し、米国流自由主義経済への同調を強く求めた。
あれから四半世紀。米国はトランプ政権という自らの手によって「自由貿易」から後退し、アジアに対する米国の影響力をも損なおうとしている。
経済規模を6倍以上に拡大したASEANは2020年、日中韓や豪州、ニュージーランドと関税の引き下げを含む地域的包括的経済連携(RCEP)を結んだ。グローバリゼーションに疲れた先進国に対し、「グローバルサウス」と呼ばれる新興・途上国は、その先に発展の姿を見る。
貿易を支える通貨にも地域協力の輪を広げている。マレーシアやタイ、インドネシアが主導し、23年のASEAN首脳会議で互いの貿易に自国通貨を使う比率を上げる方針で合意した。国内で流通する通貨の大半を米ドルが占めるカンボジアの中央銀行総裁、チア・セレイ氏は言う。「米ドル依存を下げる。(トランプ関税は)米国以外との新たなパートナーシップを構築し、輸出先の多様化を加速させるように促す警鐘となった」
「トランプ政権の動きは、経済でも安全保障でも米国抜きの地域協力を後押ししている」。そう話すのは、中央アジア・キルギスからシンガポールのセミナーに参加していた元首相のジョーマルト・オトルバエフ氏だ。「インドのモディ首相が、国境紛争を抱えて対立点もある中国に姿を見せたのは、その証しだ」
セミナーの2週間前。中国・天津で、中ロが主導して中央アジアの国々と国境管理を主な課題として設立した「上海協力機構(SCO)」の首脳会議が開かれた。今やインドや準加盟国を含めて26カ国に拡大。会議後に発表した「天津宣言」は「多国間の貿易体制を支持」と訴える。オトルバエフ氏は言う。「西洋に対して陰謀を企てているわけではない。グローバルサウスとして、ある国が一方的に関税の引き上げを通告できるような不公平をただし、国民の生活を良くしようとしているだけだ」
米国の「アフリカ成長機会法(AGOA)」が9月末に失効した。米国政府がサハラ砂漠以南のアフリカ諸国からの輸入品に対する関税を対象国を選んでゼロにする特恵関税の制度だ。クリントン政権終盤の00年から始まった。市場経済、法の支配、人権などの審査を経て、32カ国が恩恵を受けていたが、トランプ政権は延長を認めなかった。追加関税に加えて、さらなる負担は必至だ。繊維や衣料品を扱う輸出業者への影響が心配されている。
アフリカ各国は域内の関税を取り払い、貿易を自由化させるアフリカ大陸自由貿易圏(AfCFTA)を通じて「地域統合と連結」を強めようとしている。これから高成長を目指す発展段階にあるアフリカの国々には、関税を引き下げあって輸出主導で成長を目指す方法は、なお魅力を放つ。
そのアフリカにとって最大市場の中国は「国交がある全53カ国に対してゼロ関税を進める。アフリカのために中国市場を提供する」(王毅外相)と明言。「アフリカ票」は国連など国際機関で大きな役割を果たす。その影響は、経済にとどまらない。「AGOAの更新に失敗すれば、北京とモスクワは(祝杯の)シャンパンのコルク栓を抜く」。米戦略国際問題研究所(CSIS)上級顧問のダニエル・ルンデ氏が昨年、下院歳入委員会貿易分科会で警告していた通りの展開だ。
「グローバルサウス」は、対立する米国と中ロのはざまで、身をかがめながら損得をはじく。第2次世界大戦の戦勝国を中心に自由貿易のルールを作った時、独立すらしていなかった国も少なくない。約80年が過ぎ、主権を持ち、大国米国との交渉の場に立つ。日本企業にとってもアジアを筆頭に国際分業の拠点であり、大切な市場だ。バランスを重視する彼らの存在は、国際秩序を安定させるのか。パワーのてんびんをいずれかに傾けるのか。