巨額赤字のワシントン・ポスト、トランプ氏再登板でどこへいく ライバルNYTの見方は
![米ニューヨーク市内の店頭に並ぶワシントン・ポスト紙](http://p.potaufeu.asahi.com/505c-p/picture/29186415/06466daf3c263e0d21801cb2ab0c850c.jpg)
ドナルド・トランプが2017年にホワイトハウスに入ったとき、ワシントン・ポスト紙は「デモクラシーは暗闇の中では死ぬ」というスローガンを採択した。それは政府の監視役という、この新聞の伝統的な役割を明確に示すものだった。
ところが、第2次トランプ政権発足を前に、その同じポスト紙が新たなミッションステートメント(訳注=企業理念を実現するための行動指針)を発表した。そこには「死」や「暗闇」といった言葉はなく、ポスト紙のジャーナリズムの概念をより広げるものだった。新たな使命として「米国全土に物語を伝えよう」とうたったのだ。
この決定に詳しい2人の事情通によると、ステートメントは従業員に向けて同社の結束力を高めようとつくられたものだ。
経営陣は、「デモクラシーは暗闇の中では死ぬ」という、より攻撃的な公式スローガンをこちらに切り替えるつもりはない。ポスト紙の最高戦略責任者スージー・ワットフォードは2025年1月中旬になってから、ミッションステートメントについての事前説明を社内で始めた。
新しいミッションステートメントが生まれた背景には、編集局内の混乱がある。2024年6月以来、ポスト紙は一連の危機に苦しんできた。その結果、最高経営責任者であるウィル・ルイスへの不満が広がっている。
2025年1月15日、400人以上の従業員が共同で、ポスト紙のオーナーである億万長者のジェフ・ベゾスに書簡を送り、集会を開いて、経営陣の取った決定について討議することを求めた。書簡を送った従業員たちによれば、経営陣の決定によって「読者のポスト紙への信頼が揺らぎ、最も優れた同僚たちの中から退社する者が出た」からだ。
アマゾンの創設者でもあるベゾスは、近年、ポスト紙のジャーナリストたちとの会合でこのミッションステートメントの主張に沿った話をしてきた。
これはその会合の内容を知る2人の事情通から得た話だが、ベゾスは「ポスト紙を、東海岸と西海岸の大都市の住人だけでなく、ブルーカラーの米国人にもっと読んでもらいたい。たとえば、オハイオ州クリーブランドに住む消防士たちのような人に読者になってもらいたい」と述べた、という。また、ポスト紙の読者層を保守層にも広げたいとも語ったという。
同じ情報源によると、ポスト紙ではすでに、ウェブにおけるオピニオン欄を急拡大する方法を検討し始めている。ポスト紙のアドバイザーを務めるリップ・ウースターホフはすでにブレーンストーミングを行い、社外筆者からの寄稿を募集、公開しやすくする新しいやり方を模索している。
またポスト紙は、ニュースとオピニオンの区別をさらに明確にしようとしている。
こうした件について、ベゾスの広報担当にコメントを求めたが、回答はなかった。
ポスト紙の最高戦略責任者であるワットフォードが同社の幹部に説明したときに使ったスライド資料をみると、新しいミッションステートメントがどうやって生まれたのか、さらに詳しくわかる。
スライドを実際に見た関係者2人によると、ポスト紙で新たに求められている「物語(ストーリーテリング)」とは、「果敢な調査報道の精神に富み、信頼ある情報源に裏打ちされ、インパクトのある物語を、読者が望む形で提供するものでなければならない」と説明されたという。
そして、「米国全体に物語を届けるためには、ポスト紙は、各地の人々の持っている関心を理解し、それを体現しなければならない」し、また、「さまざまな意見、専門家の視点、そして対話が営まれる場を提供せねばならない」のだという。
最高戦略責任者のワットフォードがポスト紙に着任したのは2024年5月だが、彼女は同社の大局的な目標を掲げている。その中には、有料の利用者を2億人にするという目標もある。プレゼン用スライドはこれを「大胆極まりない目標」と表現していた。
スライドは2億人という目標を、人類の月着陸にたとえている。確かに野心的な目標ではある。ポスト紙の現在のデジタル購読者は300万人に届かない。米新聞業界をリードするニューヨーク・タイムズ紙でも有料購読者の総数はおよそ1100万人なのだから。
データ分析会社・コムスコアの調査によると、同業界の出版物のほとんどは読者数2億人にははるかに届いていない。
2024年上半期をみると、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、アクシオス、ポリティコのいずれも、無料の読者を含めても月ごとの閲覧数は1億人に届いていない。ただし、米大統領選のシーズンには閲覧数が飛躍的に増大する傾向がある。
ポスト紙の新しいターゲットは、「購読者」ではなく「利用者」という言葉を使っている。つまり同社は、読者からお金を取る方法として、様々な手段を模索しているようだ。
ポスト社内で回覧されているデータによると、ポスト紙は、アップル・ニュース、SNS、ポッドキャストなどのプラットフォームを通じて、何百万もの読者に届いている。こうした読者はポスト紙の有料読者よりも若い世代であり、彼らからお金を得るのは非常に難しい。というのは、広告料金や購読料は他のプラットフォームに吸い上げられているからだ。
ポスト紙の購読者数を増やそうという試みは最近でも前例があり、これが最初ではない。2013年にベゾスがポスト紙のオーナーになった直後、ベゾスは同社のスタッフに、全世界に届けることができるといった「インターネットの強み」を生かして、読者を拡大せよと伝えている。
その後、ポスト紙は「モーニング・ミックス」というコーナーを開設し、世界中の記事をクリックして読めるようにして読者の好評を博した。
最高戦略責任者のワットフォードが使ったスライドでは、人工知能(AI)がポスト紙の成功の鍵だと位置づけているという。スライドによると、ポスト紙は、「AIが搭載されたニュースのためのプラットフォーム」であり、「すべての米国人にとって、いつでもどこでも望む方法で、重要なニュースやアイデアや洞察が得られる場」なのだという。
スライドはまた、ポスト紙の全体計画の3本柱を示している。それは、「偉大なジャーナリズム」「顧客の満足」、そして「利益」である。ポスト紙は、2023年におよそ7700万ドル(約120億円)の赤字を記録した。
しかし、ポスト紙の新しいミッションの多くの部分は、最新のテクノロジーとは無関係なのである。プレゼン用のスライドには、同社のオーナーとして影響力のあったユージン・メイヤーが1935年に初めて打ち出した7原則が含まれていた。その中には次のような文章がある。
「新聞はすべての真実を伝えねばならない」「新聞の責務は読者に、そしてより広くは公衆に奉仕することであり、新聞のオーナーの私的利益に奉仕することであってはならない」(抄訳、敬称略)
(Benjamin Mullin)©2025 The New York Times
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