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インドのクマはトラと戦う 身に付けた「攻撃は最大の防御」の習性がヒトを襲う悲劇に

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
トラに反撃態勢をとるナマケグマ
トラに反撃態勢をとるナマケグマ=インド、Dicky Singh via The New York Times/©The New York Times

北米大陸では、成獣のクマが命がけで天敵と戦わねばならないことは、そうはない。しかし、インド亜大陸にすむナマケグマとなると、事情は違ってくる。肉食動物の中でも最も恐ろしいやつと、正面きって対決せねばならないからだ。そう、トラだ。

トラは確かに恐ろしいが、小さなアメリカクロクマほどの大きさのナマケグマは、簡単にえじきにされるわけではない(訳注=ナマケグマのオスは体長約1.9メートル、体重は最大で約150キロになる。インドに分布するベンガルトラのオスは、大きいと体長約3メートル、体重約260キロ)。

両者の対決は研究対象となり、その結果が2024年7月、生態学・進化生物学の科学誌「Ecology and Evolution」で発表された。それによると、インドの国立公園にいるトラは、いとも簡単にナマケグマに忍び寄る。

おめでたいことに、狙われている側の多くはトラのエサになりそうになっていることに気づかずにいる。しかし、ひとたびこの恐ろしいトラに飛びかかられると、やり返して劣勢に立たせることが多かった。

ナマケグマは絶滅危惧種に分類されており、研究陣は今回分かったことが、人間とのトラブルを減らす方策づくりに役立つのではないかと期待している。

ナマケグマそのものは捕食動物ではない。ほとんどはシロアリやアリ、それに果物を食べて生きている。しかし、生息地が重なるところで暮らす人たちからは、凶暴だといわれるようになってしまった。人間を襲った回数では、世界のどんな大型肉食動物より多いとも報告されている。

「なぜ、ナマケグマはこれほど攻撃的なのか」。インドの野生生物の保護に取り組む「Wildlife SOS」の野生生態学者であり、今回の研究論文の筆者の一人でもあるトーマス・シャープは、ナマケグマの研究を20年前に始めてから地元の人たちにこう尋ねてきた。

「『それは、トラと戦うからだ』と判で押したような答えが返ってきた」とシャープは話す。

そこで、ナマケグマとトラの戦いについて、同僚たちとともにさらに理解を深めることにした。研究陣は、インドの国立公園で野生動物を観察する人たちが撮影した、「おやつ」のナマケグマを物色するトラの動画40本と連続写真3種類を入手することができた。

ナマケグマは、虫を探すために地面に穴を掘ったり鼻先を突っ込んだり、頭を下げて多くの時間をすごしていた。「音をいっぱいたて、周りを警戒している様子はない」とシャープ。これに対してトラは、隠密行動が得意なことで悪名高く、ナマケグマに容易に忍び寄ることができる。

事実、ナマケグマが危険を察知するまでにトラは極めて近くまで接近していた。10フィート(約3メートル)以内だ。しかし、クマは窮地に気づくと、瞬時に戦う態勢に転じた。

後ろ脚で立ち上がり、低くほえるようなうなり声をあげ、殴りかかったり突進したりした。この攻撃的な戦術は効果的だった。集めた映像資料の86%で、ナマケグマは無傷で逃げ去っていた。

シャープが気に入った動画の一つでは、トラは背中を一撃するのに十分な距離まで忍び寄る。「そこまでは典型的なパターンだけど」といってシャープは笑った。「ナマケグマが振り向くと、なんとトラは戦意を失ってしまった」。その位置から跳び下がると、耳を後ろに倒し、獰猛(どうもう)な捕食動物というよりは、しかられた飼い猫のようになった。

ナマケグマは、戦うのを好むわけではなさそうだ。ただ、トラと同じ開けた地形に生息しているため、逃げたり隠れたりすることが難しい。こう指摘するのは、カナダのアルバータ大学でクマを研究しているアンドリュー・デロシェだ(今回の論文にはかかわっていない)。

同じような見通しのいい地形でより攻撃的になる北米のグリズリー(ハイイログマ)を引き合いに出し、「ナマケグマの多くにとっても、『攻撃は最大の防御なり』なのだろう」と推測する。

ナマケグマによる人間への襲撃は、この研究のトラのときと同じように、至近距離で驚かされた場合によく起きる。やはり立ち上がり、殴ったり突進したりしようとする。

論文執筆者のシャープは、ナマケグマのこうした反応は、トラか、過去の別の捕食動物に対応して発達させざるをえなかった、驚きへの強度の嫌悪感のなせるわざなのかもしれないと考えている。ときには人間がその照準に入ってしまうことがあるという見方だ。

今回の研究に利用したトラとナマケグマの対決動画はインターネットに投稿されており、より劇的なものに偏りがちだと研究者たちは認めている。現実には、あまりSNSには向かないような、もっと平和的な出会いがたくさんあるのかもしれないという意見に、アルバータ大学のデロシェは同意する。

一方で、今回の動画は、ナマケグマがいかに効果的に身を守るのかを浮き彫りにした、とも指摘する。

「これは、たまたまとらえた情報をうまく活用した、すばらしい自然史観察だ」とデロシェは評価する。

シャープは、その後もナマケグマとトラが対決する動画の収集を続けている。命の輪(circle of life)でトラが果たす役割については承知しているつもりだ。しかし、ナマケグマをこれだけ長く研究していると愛着もわき、両者の戦いの場で一方の肩をもってしまうことを認めざるをえない。

「自然の掟(おきて)が厳しいことは、よく分かっている。でも、ナマケグマがうまく逃げてくれることを、どうしても願ってしまう」(抄訳、敬称略)

(Andrew Chapman)©2024 The New York Times

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