中国での積み重ねた10年
――2021年2月のGLOBEに掲載されたインタビューで、次の目標について「長江をテーマにした大作を撮って映画館で上映したい」と答えていました。その通りになりましたが、当時から映画化の計画が動いていたんでしょうか。
当時は構想が頭の中にあっただけです。新たに撮影を始めたのは2021年の年末くらいでしたから。ちゃんと有言実行していますね。偉いな(笑)。ただ、いつかもう一度戻って、撮りたいという気持ちはずっと持っていました。
――目標が現実になりましたね。
やりたいことは、常に口に出さなきゃだめだなと思いましたね。
それから、(インタビューを受けた)当時、僕が撮った武漢の作品とかがすごいバズって、中国で一気に有名になったんですよ。それをきっかけに取材しに来てくれたと思うんです。だから武漢の作品がなかったら、今の「再会長江」はないし、ここ数年で当たったHUAWEI(「ファーウェイ100面相」)とか、「走近大涼山」といった作品、この10年間オウンドメディアとしてやってきたSNS、これがないと今はないので、積み重ねの大切さを一番感じます。
――映画に出てくる10年前の竹内さん自身と比べて、中国語の上達ぶりも著しいですね。
最近まだまだだと思います。中国語で四字熟語を「成語」と言うんですが、中国の人は会話の中で使って思いを表現したりするんですが、僕はそれはできないので、もっと勉強しなきゃなと思います。
今度、HSK(中国語検定)を受けたいと思っています。中国人でも難しいと聞くので、6級が最高なんですが5級くらいから挑戦したいし、受験する姿も撮影して発信していきたいです。
何でも面白そうなものは、すぐ発信していかないといけない。写真でも動画でも、何かしら毎日更新しないといけないので、それは大変ですが、その積み重ねがあって、この作品(「再会長江」)が生まれました。
すべてはここに持ってくるために毎日やっているんです。だってフォロワーがいなかったら、そもそもスポンサーが集まらないし、スポンサーが集まらなかったら、こんな作品は撮れませんから。
いきなり「これ撮りますから、お金をください」と言っても誰も投資してくれません。だから、常にフォロワーを増やさないといけないし、常に話題になることをやり続けないと、お金も人も集まらない。
そもそも取材者に信用されません。
たとえば僕が、「NHKです」「朝日新聞です」と言って長江に取材に行っても、相手は心から打ち解けてくれません。日本のメディアと聞くと、中国の人たちはだいたい警戒するんです。「どうせまた悪く書くんだろう」みたいに。
逆もそうです。中国メディアもよく日本のことを悪く書くので、中国メディアが日本人を取材すると、日本人は警戒しますよね。それと同じで「日本のメディアです」と言うと警戒されるんですが、僕はもう中国で10年やっているので、「竹内亮です」と言うと「ああ、見たことあるよ」「聞いたことあるよ」とすぐに取材を受けてくれるし、全然警戒しないで自然な部分を見せてくれる。それは、この10年の積み重ねがあるからこそ、撮れたものだと思っています。
――中国ではどこへ行っても「亮叔(亮おじさん)」で親しまれているんですか。
いや、全然知らない人も当然います。チベットまで行くと、さすがに僕のことは知らない。ただ知らなくても、中国語はできるし連れているスタッフも全員中国人だし、雰囲気から「こいつは中国にずっといる人だな」と分かるから、全く警戒されないですね。
多様な顔を持つ現代中国
――このドキュメンタリーは長江の源流をたどり、最初の一滴を記録するというストーリーですが、この旅を通して竹内さんが見せたかったもの、撮りたかったものは何ですか。
一本の大河を通して、多様な人たちの普通の生活を見せたかったですね。
日本人はよく「中国人ってさあ」と言いますけど、僕は、それは言ったことがない。言えないです。民族も多いし、価値観も文化も全然違うから。「中国人ってこうだよね」と僕は言えない。それぐらい中国っていろんな人がいるし、いろんな民族がいるし、生活環境も全く違うんだよということ、いわゆる当たり前のことを伝えたかったし、普通の中国をみんなに見てもらいたかったです。
――この作品は日本と中国、どちらのオーディエンスを意識して制作したものですか。
どっちもだし、全世界ですね。
中国人も見たことがない所もいっぱいあるから中国人に見せたいというのもありました。特に外国人視点で長江を描いた人なんて、さだまさしさん以来、2人目だと思うので、中国人視点じゃない長江を中国人に見せたかったですね。
(中国)本土の人に「なんだよ、うそばっかりじゃん」と思われたら嫌なので、中国人に認められるというのは僕の中でも大事です。日本人にも中国人にも「この作品いいね」と言ってもらえるのが一番理想的な形です。
――映画版には長江沿いの各地に住む6人をピックアップしていました。
もともとネット版が1話から9話まであって、ネット版はもっと登場人物が多いです。その中から、映画版に入れてもいい、多様な人たちを絞って絞って選びました。
――女性がリーダーを務める女系社会の少数民族の方も登場します。本当に多様で面白いですし、中国の人々がかつてよりずっと豊かな暮らしをしている驚きもありました。
これは僕が日常的に見ている普通の中国で、別に特別な人をピックアップしたわけではないので、そういうところを見てもらいたいですね。
――豊かな一方で、長江沿岸部の開発や発展に翻弄されている人もいました。映画では、集落ごと別の場所に移転した村の女性や、大都市・重慶で、担い棒1本で荷運びする昔ながらの港湾労働者「棒棒(バンバン)」の男性も登場します。
バンバンについては、彼が本当に最後だと思うんですけど、時代の変化によって失われようとしている職業とか、街とかいっぱいあるので、ある意味、その中の一つでしかない。それぐらい中国の変化は速いです。
――中国では社会も価値観もどんどん変わっているのが分かりましたが、変わっていないところもあるでしょうか。
少ないですね。変わってないところを探す方が本当に大変でした。長江の源流部分はさすがに変わってなかったですけど、ほとんど変わっちゃった。だから日本に来ると、逆に感動します。30年前と変わってないなぁ、と。もちろん変化もありますけど、大体、昔あったビルがまだあるじゃないですか。中国はもうほとんどないです。
だから、「女の国」(女系社会の少数民族)が、この時代にもなってまだ残って続いているのは、すごいと思いました。母系社会の制度は昔はいっぱいあったんです。時代の変化とともにどんどん消えていったんですが、ここはいまだに残っている。進んでいると思いましたよ。環境をすごく大事にしているし。 彼らはずっと経済発展よりも環境保護、文化を守ることに力を入れてきました。たぶん最後だと思うんですけど。
チベット民族の少女が育んだたくましさ
――6人の登場人物の中で一番印象深いのは、誰ですか。
当然、チベット民族の女性、茨姆(ツームー)ですね。(紀行番組の撮影で出会った当時は18歳だった)彼女の10年後を撮りたくて、この企画を始めたようなものです。経済発展とともに人が廃れてきているから、あんなにピュアだった子が10年たって、どう変わったのかがずっと知りたくて。
どっちでもいいと思ったんです。ある意味、人生こなれてきたような感じで、すれていてもいいし、そのままのピュアさを保っていてもいい。人間だから変わるのは当たり前なので、どちらでもいいから、彼女の10年後は絶対、面白いだろうという確信がありました。結果的に彼女はいまだにピュアだったんですけど、それはそれですごく良かったと思います。
――一方で、ビジネスにも長けて、立派な民宿を建ててオーナーになっていました。
ピュアさを保ちつつ、大人の女性としての強さを兼ね備えていました。なかなか難しいと思います。日本ほどじゃないですけど、中国では、特に(上海などの)沿岸部ですが、女性はそれなりに強くないと働き続けられません。強さを持ちつつ、ピュアさを持っているのは非常に珍しいなと思いました。
――強くないと働き続けられないとは、どういう状況ですか。
簡単に言うと、とにかく競争が激しいから、めちゃくちゃ働かないといけないんです。中国では今が、「24時間働けますか」時代なんです。日本はそこを越えて、働かない方にどんどんいっていますが、日本とはまた別のプレッシャーがあります。
競争が激しいから、かなり長時間働かなきゃいけないし、常に新しいことをやらなきゃいけないしで、疲れるんですよ。もちろん中国の男性も、子育てや家事・料理は日本の男性より断然やるんですけど、どちらか比べたら、やっぱり母親の方が子育てをする時間が長いんです。女性の場合は、子育てしながら長時間働いて、しかもめちゃくちゃプレッシャーの大きい仕事をしなきゃいけない。常に新しいもの目指さなきゃいけない。大変です。かなり心が強くないと、第一線で働き続けられないんですよ。
だから、中国では働き続けたい女性が何をするかというと、子供を産まない。そっちを選びます。だから出生率がどんどん下がっている。日本でも同じだと思うんですけど、中国は特にそれが顕著で、子供を産みたかったら金持ちの男を探して、もう働かない。どっちかです。
ただ、女性の社会進出は日本よりも進んでいます。女性の社長も起業家もいっぱいいる。しかも、お手伝いさんを雇うのが当たり前の文化なので、そういう意味では、働く女性をサポートする体制は日本より整っています。だけど、大変ですよ、やっぱり。
――映画版のポスターに「中国全土が泣いた」とありますが、中国の人たちの反応を教えてください。
去年、(ネット版の)ツームーの物語を10分くらいにした短編動画がものすごくバズったんですよ。僕が編集したんじゃなくて、映画を専門にする人気のTikTokがあって、そこで紹介されたんですが、めちゃくちゃバズって都会から田舎まで何億回か回ったので、本当に「中国全土」は言い過ぎじゃないんです。「泣いた」と大勢の人から連絡が来ました。中国全土で見られるとは思っていなかったので、びっくりしました。
感想を寄せてくれた中国人が言っていたのは「自分たちが忘れてしまったもの、失ったものを彼女(ツームーさん)は持っている」ということ。彼女の、人と人との出会いをとても大切にしているところとか、今中国は「お金、お金、お金」じゃないですか、そうじゃないところとか。もちろんお金も大事ですけど、いわゆる商売っ気もあまりないし。そういうところが昔の中国人みたいで、懐かしいと思ったんじゃないですか。「まだこんな人がいるんだ」と、うれしかったんだと思います。彼女の民宿は今はもう予約できないくらい人気です。
10種のプラットフォームを駆使して作品発表
――旅行インフルエンサーとしての竹内さんのこともお聞きします。常にいろんな所を旅して、いろんな人に出会っているという生活なんですか。
はい、そういう生活です。一昨日まで「我住在这里的理由(私がここに住む理由)」という番組の取材で杭州(浙江省)にいました。そのちょっと前までは「キングダム」特集で西安(陝西省)の兵馬俑に行ってきました。日々、旅です。
――竹内さんたちが制作した番組は、日本からはYouTubeで見ることができますが、中国ではどのようなプラットフォームで配信していますか。
YouTubeがメインではなく、中国のプラットフォームをメインに展開しています。中国にはたくさんのプラットフォームが乱立しています。微博(ウェイボー)とかbilibili(ビリビリ)、TikTok、小紅書(シャオホンシュー、通称「RED」)など全部で10種類くらいあります。これでも少なくなった方ですが、その全部に出しています。
客層がプラットフォームごとに違うんです。
ビリビリは日本文化やアニメ文化が好きな若者、ウェイボーは芸能人が好きな女の子たち、TikTokは全世代で地方の人が好き、REDは都会の女性、といったように、年齢、性別、都会か地方かなどによって分かれていて、その全部に出さないと全員に届きません。同じ作品を、X(旧ツイッター)とインスタグラムとYouTubeにアップするようなものですが、人口が14億人もいるので、より細分化されています。
――どんな体制で日々の番組を制作しているんですか。
社員は30人くらいで、正社員の日本人は僕だけです。日本語を話せる社員はいますが。旅をしてリポートするだけじゃなく、企画もします。僕のメインの仕事はむしろ企画ですね。あとは企業を回ったり、スポンサーを取りに行ったりする交渉(渉外)。
それからイベントの出席がかなり多いです。中国政府や企業、団体、学校などのいろんなイベントに呼ばれます。去年の下半期はほとんどがイベントでした。いろんなことをやっています。
中国人は日本が好き
――竹内さんの動画を見ると「日本人は嫌いだ」とはっきり言う中国人も出てきて、その部分もカットせずに率直に伝えています。日本人に対する感情はどう感じますか。
基本的に、今の人たち、特に(中国)沿岸部の人たちは、みんな日本を好きだと思いますよ。僕は南京に住んで10年経つけど、南京なのに一度も嫌な目に遭ったことがないし、変なことを言われたことも本当にないです。
だいたい変なことを言われるのは田舎の方に行くと、です。日本人を見たこともない、日本に行ったこともない、知識が日中戦争で止まっている人たちからは、たまに言われますけど、沿岸部は全くないです。みんな日本が大好きです。
ただネットになると別です。(中国にも)ネット右翼がいっぱいいて、僕が日本人だから何をしても批判されます。でも日本もそうですが、ネットと現実社会は別じゃないですか。Xで中国バッシングする人はとても多いけど、「中国、超嫌い」なんて言う人に現実で会ったことないですから。だからそれと同じじゃないですか。ネット右翼はいるけど、現実では別に普通に見ている。
――地方の撮影で、日本人嫌いの人に会った際の心構えはありますか。
別に、「まあ、おじいちゃんだし、しょうがないな」というぐらいです。そういう人たちはいくらでもいるから、仕方がないんだろうな、というふうに思ってます。だから全然気にならないですね。
むしろ、僕と会って「初めて日本人と会いました」という人や、「今まで日本人は嫌いだったけど、お前と会って、日本人への見方が変わった」という人は結構たくさんいるから、知らないだけなんですよ。日本人も同じだと思います。
日中メディア双方の「悪い」描き方が生む悪循環
――日本の中国報道を見ていると、中国では政治問題や社会問題をメディアに撮らせないことも多くて、中国に暮らす人は閉塞感があるのではと感じることがあります。
さっきも言ったように、中国人が撮らせないし表面的な建前ばかり言うのは、日本のメディアを警戒しているからです。じゃあ、なぜ警戒するかというと、日本のメディアが中国のバッシングばかりしているからです。何を言っても悪いようにしか切り取られないと、田舎に至るまで中国人はみんな知っているんです。
だから、日本のメディアが行ってもリアルな姿は撮れません。これって悪循環なんです。リアルな姿が撮れないから余計に怖い。「中国って怖いな。なんで撮らしてくれないんだろう」「なぜインタビューしても通り一遍のことしか言わないんだろう」と思いますよね。
これは日本のメディアへの印象を変えない限り、彼らが心を開くことはありません。僕の場合は10年間培ってきた信頼によって、今、彼らは心を開いてくれている。
逆も同じです。中国のメディアも日本の悪口ばかり言っているから、中国のメディアが日本に来て取材すると、なかなかいい取材ができないんですよ。
だいたい日本人も、中国のメディアだと聞くと身構えるから、きれいなことしか言わないでしょう。中国人の友人から、「日本は取材しづらい」とか「日本人は本当のこと言わない」とよく言われるんです。「だから、それはお前たちがいつも悪口を言ってるからだ」と僕は言うんですけど、同じことだと思います。
言論の自由があるとかないとかは関係ない。中国人から見ると、日本の方がむしろすごく閉塞感があるんですよ。
――中国の人からは日本がどう見えているか、詳しく教えてください。
彼らが取材した日本って、なんか閉塞感があるネタばかりなんです。高齢化や、自殺率が高いことなど、それだけ言ったらうそじゃないけど、「そこだけ切り取って言うなよ」という感じじゃないですか。
タクシーの運転手がみんなおじいちゃんばかりなのを取材して、「タクシーの運転手がかわいそう」とか「老人に働かせて、日本はなんてひどい国なんだ」と描くんです。中には働きたくて働いている人、人生を楽しくするために働いている人もいっぱいいると思います。だけど、中国メディアが描く場合は、「かわいそう」「ひどい」という視点で見るんです。閉塞感が漂うし、高齢者ばかりで若い人が全然活躍できない、といった描き方をする。だからもう、お互い様なんですよ。そうじゃなくて、もっと普通に日本を見ようよ、というのと同じです。
中国のこと、知らないと、もったいない
――お話を伺っていると、10年の積み重ねがあるからこそ日中どちらの視点からも見えるし、語れるという自負を感じます。竹内さんご自身が今後、ドキュメンタリー監督や動画クリエーターとして、これから何を撮っていきたいかという抱負や、日中関係で果たしたい役割はありますか。
日中関係にこういう役割を果たせたらいいなという抱負は、別にないです。よく「竹内さんは日中交流の架け橋の象徴ですね」とか言われるんですが、「すみません、興味ないです」って(笑)。 僕はあくまで監督として撮りたい作品を撮りたいだけです。
結果的にそれが日中の相互理解につながってくれればいいな、と当然思っていますけど、それが第一目的ではないです。第一目的はあくまで作品を撮ることであって。自分が面白いと思えば、別に中国と何も関係ない作品を作ったっていいんです。
――「劇場版 再会長江」について、日本の観客にどんなメッセージを伝えたいですか。
僕のいる映像業界もそうですが、10年前は、「どの会社に行っても中国人社員がいる」という状況はなかったし、街を歩いていても中国人観光客に出会うことはなかったんです。
中国人観光客が日本に大挙して来て「爆買い」する現象は2015年頃からで、僕が中国に移住する前の2011~2013年って、尖閣諸島問題などで反日デモが起きたこともあって、そもそも日本人が中国人と出会うことがなかった。それは日本のすごく大きな変化で、10年前は身近に中国人がいなかったんです。
でも今、見てくださいよ。隣にも、街にも、学校にも、どこにでもいますよね。こんなに身近にいるのに、中国がどんな国なのか、何も知らないですよね。だから、もっと知った方がいい。
何も知らないことによって、隣の中国人を傷つけることが結構あるんです。昔の知識で止まったまま、中国人に「中国って独裁なんでしょう」「自由がないんでしょう」「空気が汚いんでしょう」「食べ物に毒が入っているんでしょう」と言う人がいるんです。日本が好きで来ているのに、なぜそんなことを言われなきゃいけないんだと思いますし、こんな面白い国が隣にあるのに、知らないともったいない。知った方が人生、楽しくなると思います。