――大阪が舞台の3作目となる映画「カム・アンド・ゴー」(大阪アジアン映画祭などで公開)を制作しました。その背景は?
日本をめぐる変化です。大阪で前の2作品を撮ったころ、日本によく来るのは東アジアの富裕層が中心でした。2014年ごろから格安航空会社(LCC)の便が増え、タイやマレーシア、フィリピンなど東南アジアの観光客がわっとやって来た。同時に技能実習生として出稼ぎに来る人や留学生も増えました。大阪が全然違う風景になったんです。日本のコンビニや居酒屋では、昔は中国人留学生が働いていましたが、ベトナムやミャンマーの人に変わった。インバウンド客としてだけでなく、少子高齢化の日本で労働力を提供するのも東南アジアの人たちになった。この変化をとても興味深く思いました。
――大阪ですれ違うアジアの人々の群像劇ですが、AV女優と偽って中国人の接客に出される韓国人女性や、アダルトショップめぐりをする台湾の旅行者が登場し、風俗業とインバウンドのつながりがこれでもかと描かれています。
アジアの男性の中には、日本の風俗業にひかれて来る人も多いんです。インバウンドと言うけれど、そういう男性たちは観光地なんて見ないですよ。一人旅でAVグッズを探したり、AV女優さんの握手会に行ったりする人もいる。ビジネスで日本に来る人もクラブやキャバクラに行く。中国人専用のキャバクラもありますから。インバウンドの一つの体系として風俗業の需要が浮かび上がるんです。すごく日本っぽいですよね。アジアでも日本は一番、性に関する考え方が自由でゆるい。宗教の縛りもなくオープンですから。
――そうした人も含め、コロナ禍で消えた外国人客は戻ってくるでしょうか。
わかりませんが、コロナが落ち着いたら戻ってくるのではないですか。まずアジアからですよね。コロナでストレスがたまり、旅行したい人も多いはず。日本って行きやすい国なんですよ。同じサービスを楽しもうとしたら台湾、香港は物価がもっと高い。欧州もやはり高い。安全で治安がいいから夜遅くても歩けるし、清潔です。アジアの他の国にはここまでできません。
――映画タイトルには、用を済ませたらさっと帰る場所という印象も受けます。
ちょっとさびしいですね。投資目的でマンションを買う中国人はいますが、日本に長く住もうとは思っていない。観光客にとっては楽しんで帰る場所。ある意味「中継地」という感じです。僕も日本に長く住み、永住権も持っていますが、もう日本を出ようかなとも考えます。日本は大好きですが、やはりこの20年間変わっていないですよね。社会にしても、景色にしても。
――根本的な変化がないと。例えば?
ニューヨークなどに行くと、中国人も韓国人もロシア人も堂々と、本当に多国籍に生きている。まだ日本ではそう感じません。誰も日本に対する帰属意識が持てないのです。
日本は外国人がいないと成り立たない社会です。外国人が政治に参加する権利などが整備されていくといいと思う。昔と違って「世界中の出身者が集まった日本」なのですから、もっと身の回りにいる外国人に興味を持ってほしい。
日本の人は自分のことで精いっぱいなんだと思います。ただ、そうした状況は世界中の人に同じように起きている。映画では、大阪の工場から逃げ出すベトナム人実習生と、同じ職場のミャンマー人留学生が言葉すら交わさない様子を描きました。同じ東南アジア出身でもそれぞれのコミュニティーがあって、お互いに無関心なのです。まるでパラレルワールドに生きているみたいに。彼らは日本のことにも興味がない、例えば東日本大震災後の経済や、福島の現状といったことにも。
――対立が取りざたされることの多い台湾と中国大陸の旅行客がふとしたことで出会い、居酒屋で酒を飲む印象的なシーンがあります。台湾や中国でもこの場面は撮影できますか?
いや撮れないですね。日本でこの二人が出会うことが面白いし、日本でしか撮れない映画の可能性でもあると思います。中国ではこの話題で議論することもできません。米国に分断があると言われますが、アジアの中華系にも分断があります。中国の国力が強くなり、多くの人が中国大陸寄りになってきている。一方で香港、台湾の問題もある。僕も中華系で、大学では台湾出身と中国大陸出身の友人がいましたが、両者に交流はありませんでした。きっかけを作らないと交わることがないし、考え方も全く違うのです。
――多くの国から人が来る日本だからこそ、できることは何だと思いますか。
様々な立場の人が溶け合う場になることが日本の可能性ではないでしょうか。アジアの人々は多くが親日で、日本の生活スタイルと文化に憧れています。この利点を生かして、アジアの融和に貢献するべきです。国際交流基金などが世界中で実施している催しの多くは、あくまでその国と日本の交流が主眼ですが、日本以外の国・地域の人々を日本に引き寄せ、交流する機会を意識的に作れるはずです。
その前提条件として、まず日本の人に海外のことに関心を持ってほしい。日本はすでに移民大国です。国内の外国人は「外国人」ではなく、日本を構成する一員だという意識を持ち、そのうえで他国間の交流にも貢献する。コロナ後の日本に目指してほしい姿です。(聞き手・鈴木暁子)
Lim KahWai 映画監督。1973年クアラルンプール生まれ。93年に来日、大阪大学で電気工学を専攻。東京で6年働き、中国で映画を学ぶ。香港、韓国、欧州など国境を越えて作品を撮る。「新世界の夜明け」(2011年)、「Fly Me to Minami 恋するミナミ」(13年)、「カム・アンド・ゴー」(20年)は大阪が舞台。バルカン半島で撮影した「いつか、どこかで」(19年)を公開中。