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4月の総選挙を前に、複雑な韓国人の胸の内 政策論争なく「誰が人として信じられる?」

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韓国・京畿道水原で2024年3月7日、市民にあいさつする国民の力の党幹部(中央)=東亜日報提供

ダイナミックに変化していく韓国の姿を、ライターで翻訳家の伊東順子さんがお届けします。ニュースだけでは分からない社会背景や、人々の気持ち。30年の韓国暮らしの経験を基に、韓国社会と韓国カルチャーを読み解きます。

新型コロナパンデミックで開店休業となったソウルのオフィスを閉めて心機一転、最近は東京を拠点に日韓を行き来している。約30年ぶりにじっくり日本を味わったおかげで、あらためて韓国との共通点や違いなどが鮮明になってきた。

隣国への安易な期待や失望よりも、その先にあるものを探したい。日本社会の問題も同時に考えながら、韓国で起きている出来事を取り上げていきたいと思う。まずは来月に迫った総選挙の話からだ。

最近は日本でも関連記事をちらほら見かけるようになったが、現地メディアはもう昨年秋から選挙一色だ。大統領選挙でもないのに、大手メディアがこんなに早い段階から選挙べったりとなるのは、私の30年余りの韓国生活の中でも記憶にない。

しかも2大政党の「内紛」が主な話題で、昨年は与党「国民の力」内のお家騒動、今年に入ってからは野党「共に民主党」の分裂が連日の話題となっている。

左右に男性の顔のアップが並んでいる写真
野党「共に民主党」代表の李在明氏(左)と「国民の力」の尹錫悦大統領

「そもそも進歩系は分裂しやすいんですよ。論争好きな人が多いから」

そういう意見も聞いたのだが、どうだろう?

ちなみに「進歩系」というのは韓国語の直訳で、日本のメディアでは「革新系」という日本語も使われる。英語のサイトではリベラル、あるいはプログレッシブという表現も見られる。4月に行われる韓国の総選挙に向けて、まずは基本を押さえながら、メディア報道と一般の人々の反応などを中心に気になったことを書いていきたいと思う。

韓国の総選挙と過剰な政局報道

韓国は1987年の民主化以降、「保守系」と「進歩系」の2大政党が政権交代をしながら現在にいたる。韓国の政党は名称変更が多くてわかりにくいが、現在は「国民の力」(保守)と「共に民主党」(進歩)が2大政党となっている。

韓国の国会は一院制で任期は4年。大統領選挙とは時期がずれており、国会議員選挙の結果は現政権への国民の支持度を計る重要なバロメーターになる。

4年前の2020年4月に行われた前回の選挙では、文在寅政権の新型コロナへの初期対応が評価されて「共に民主党」が圧勝した。したがって現在は、保守系の大統領と国会が「ねじれの関係」にある。

第2野党の「緑色正義党」は本来の進歩主義的な政党である。市民社会の少数派の意見を政治に反映させるうえで、大変重要な政党なのだが、現在の選挙報道ではほぼ無視されている。そもそも韓国メディアは政局報道ばかりで、政策論争にまで踏み込んでこなかったからだ。

「でも史上最低の出生率とか、問題は山積みですよね?」「お医師さんたちの大規模ストライキはなぜでしょう?」

日本の人々が疑問に持つことは、韓国人にとっても疑問だ。

せっかく目の前に選挙が迫っているのだから、それらが争点になってもよいはずなのに、なぜかメディアは有名政治家の動向ばかりを追いかける。論点化されないのは、外交政策などについても同じだ。

だから巷(ちまた)の話題も「どの政治家が人として信じられるか?」的な、人物評価が中心になってしまう。過剰な政局報道の陰で、重要なことがスルーされているのではないだろうか?

通りで群衆が旗などをもって集まっている写真
2022年の大統領選挙中、ソウルで候補者の演説を聴く有権者ら=鈴木拓也撮影

「進撃のK-防産」――戦争報道は少なく、防衛関連株は爆上げ

一つ気になるのは、韓国ではウクライナやガザの報道がびっくりするほど少ないことだ。これは日韓を行き来しながら、最近になって特に強く感じる。

「日本のメディアや市民社会のほうがまだまし」というと、日本人は驚くが、韓国の業界関係者は苦笑する。気づいていないわけではないからだ。それはウクライナ戦争の初期から指摘されてきた。日本のようなプロフェッショナルなフリージャーナリストがいないというのも理由の一つだが、それでも過去には大手メディアの特派員が、果敢に現地報道をしていた。

戦争報道が少ない一方で、妙に景気がいいニュースを飛ばしているのは防衛産業関連だ。韓国の武器輸出は絶好調で、尹錫悦政権は「世界4位の武器輸出大国」をめざすと目標を掲げ、トップセールスに乗り出している。

2月12日付の「進撃のK-防産……今年は『世界4大武器輸出国』へ」というギョッとするタイトルの聯合ニュースによれば、「2022年には4カ国だった輸出先が、2023年には12カ国に増えた」とある。

「防産(パンサン)」は防衛産業の略語だが、「進撃のK-防産」というタイトルはいかがなものか? 「世界第4位」とは、米国とロシア、そして伝統的な武器大国フランスの後にピッタリつけようということだ。おかげで「防産」関連株は爆上げ。株式市場では「K-半導体」よりも「K-防産」に注目が集まっている。それだけに戦争報道の少なさが気になる。

こちらも進撃「チョグク革新党」――人々の複雑な思い

もう一度、選挙の話に戻る。韓国は日本と同じく、政治分野のジェンダーバランスが世界最低レベルの国であり、現在は国会議員のうちに女性が占める割合は12.6%。日本の8.8%に比べて「わずかにまし」な程度にである。それが今回はどこまで上げられるか? 各党の候補者が出揃った時点で、それについても書いてみたい。

ちなみに今の韓国はそれよりも、新たな「台風の目」の話題で持ちきりだ。それが「チョグク革新党」である。

曺国(チョ・グク)氏=東亜日報提供

チョグク革新党のリーダーは、文在寅政権で法務長官を務めた曺国(チョ・グク)氏である。彼の政界進出は以前から噂があったが、子どもの不正入学疑惑に絡んだ公文書偽造・同行使罪などで有罪判決も出ているため、「まさか、出ないでしょう」と高を括っていた人も多かった。ところが2月半ばに新党結成を発表した。

当初は「チョ・グク新党」の名で比例区に登録すると伝えられていたか、「候補者自身の名前を使ってはいけない」ということで、同じ発音である「チョグク(祖国)」に改めたという。一部では「造国」(これも同じ発音)と伝えられもしたが、韓国では漢字を使わないために、ぱっと見では違いはわからない。

名乗り出た直後こそキワモノ扱いされたものの、3月に入って支持率はあれよあれよの急上昇。直近の世論調査で、比例区は「祖国革新党」を入れるという人が26.8%、なんと「共に民主党」の18%を超えてしまった。「国民の力」は31.1%だから、2つ合わせて進歩系が圧勝という見方もできるのだが、実はそれほど単純な話ではない。

「祖国革新党」の支持率が急上昇しているのは、チョ・グク人気の復活というよりは、与野二大政党への批判がそこに集まっていることもが大きいようだ。

「チョ・グク前長官への失望は当然あります。でも今は尹大統領と、民主党の李在明代表がもっと嫌だから」(2024年3月12日付、韓国日報)

有権者の胸の内は複雑である。チョ・グク氏を100%支持するわけではないが、あまりにも独善的な現大統領や、野党党首の両方に「NO」を突きつけたいという人も多い。

韓国の総選挙の4月10日に行われる。候補者登録の届け出は3月21、22日で、これで各選挙区の対決構図が固まる。3月28日からが正式な選挙期間となり、同29日に選挙人名簿が確定する。4月5、6日に期日前投票が行われ、4月10日に本投票と開票が行われる。