公衆トイレで発見
保護したのはNPO法人「ハート徳島」(徳島市)。捨てられたり、虐待を受けたりした動物を保護し、里親を探すなどの活動をしています。広報担当している東條仁志さんによると、秋田犬が見つかったのは徳島市中心部から南に約10キロ離れた阿南市でした。市内をさまよっているところを保護されたというのです。
しかもその秋田犬をよく見てみると、乳が張っている状態。東條さんによると産後1カ月ではないかということでした。これまで多くの動物を保護してきた東條さんは、子犬を産んだばかりの秋田犬がさまよっていた理由について次の二つの可能性があると話しました。
一つは、年配の飼い主が「探さなくてもそのうち帰ってくるだろう」と思い、ほったらかしにした、もう一つはブリーダーが繁殖目的で飼っていて、何らかの理由で捨てたケースです。
徳島市から車で約1時間、紀伊水道に面した阿南市の小勝島。山道を越えるとごみ処理施設があり、商店や住宅街からは離れています。夜になるとほとんど人気がなるくなるこの付近で、4月20日ごろから秋田犬の目撃情報がありました。
周辺の防犯カメラにも秋田犬の姿が映っていました。さまよいながら、行き交う車に助けを求めるように近づく様子でした。
6日後の4月26日。話を聞きつけた近所の女性は、ごみ処理施設敷地内の公衆トイレに秋田犬がいるのを見つけました。発見当時、秋田犬は女性用トイレから出てきました。便器の水を飲んで飢えをしのいでいたのでしょうか。女性がジャーキーを差し出すと、近寄ってきてすぐに食べたそうです。
秋田犬は女性の自宅で一時保護されましたが、お尻の付近から出血が続いたため、動物病院を受診しました。獣医によると、出血の原因は産後に出る悪露(おろ)でした。年齢は2、3歳で、産後1カ月以内と診断されたということです。
秋田犬の保護が相次ぐ
阿南市では昨年から今年にかけて、今回を含めて計3頭の秋田犬が保護されていました。保護された場所も近接していました。
さらに徳島市でも同じように昨年から今年にかけて2頭の秋田犬が保護されています。場所は流通団地などがある人口島「マリンピア沖洲」です。ここも夜間になると人気のない港湾エリアで、秋田犬以外の犬や猫がよく保護される場所です。
国の天然記念物にも指定される秋田犬が、徳島県内でなぜ次々と保護されているとのか――。愛好家が飼う大型犬、という印象が強いことから、筆者は「ペットとして飼っている人が捨てたとは考えにくい」と推測し、かつて柴犬のブリーダーを営んでいた佐藤るみさん=徳島県在住=に話を聞きました。
佐藤さんの自宅には今でも60匹の柴犬が暮らしています。ブリーダーやめてからも、残された犬の面倒を最後までみるため、施設を維持しています。施設は冷暖房が完備され、犬たちは快適な環境で元気に暮らしていました。
秋田犬が次々と保護された経緯を佐藤さんに説明しました。すると、柴犬と接していた時の優しそうな笑顔から一変、佐藤さんは厳しい表情となりました。そして、考えられる理由を語り始めました。
「これは迷子ではなく、捨てられているということです」
佐藤さんによると、秋田犬のような大型犬をペットとして飼う場合、複数飼うケースは少なく、それなりの準備もしているはずなので、普通なら一生飼い続けるのがほとんどだといいます。
そして今回のように、迷子のようにさまよっているのは、よほど飼育環境が悪いか、あまり散歩に連れ出していない可能性があると指摘しました。
日本犬には非常に強い帰巣本能が備わっていて、どこで迷子になったとしても、徳島県内くらいの範囲なら、飼い主の元に戻ろうとするものだそうです。
このような理由から、これらの秋田犬は、狭い限られた環境で、繁殖犬として暮らしていた犬をブリーダーが捨てた可能性が高いということでした。
ではなぜ、子犬を産んだばかりの犬を捨てるのか?佐藤さんは二つの可能性を指摘しました。一つ目は、この犬自身があまり良い子犬を産まなかったということ。二つ目は産んだ頭数が少なかったか、死産した可能性があるということです。
ブリーダーは品評会に出品できるような犬を求めていて、そういった犬は、高値で取引されます。つまり、いい子犬を産まなかったか、もしくは頭数を産まなかったということでブリーダーにとっては今後ももうけが期待できず、捨てられた可能性があるのではないか、ということでした。
捨てられた犬の多くは保健所が捕獲し、各地の動物愛護センターに送られます。環境省によると国内では、2021年度の1年間で、約5万9千頭の犬や猫が動物愛護センターなどに収容され、その4分の1が殺処分されています。
しかしその10年前の2011年度には、今の約4倍の22万1千頭の犬猫が収容され、実に8割近くが殺処分されていました。殺処分が減ったのは、各自治体の担当者や、動物愛護団体などのボランティア活動などにより、収容された犬猫が新たな飼い主の元で育てられるケースが増えたからですが、人間の身勝手な行いによって、いまだに多くの犬猫が殺処分されています。
動物を捨てることは犯罪です。動物愛護法では、遺棄や虐待をした場合懲役1年以下または100万円以下の罰金となります。
マイクロチップ、義務化されたが…
ではどのようにすれば犬や猫が捨てられたり、殺処分を減らしたりすことができるようになるのでしょうか。佐藤さんは今、生きているすべての犬や猫にマイクロチップの装着が必要だと言います。
マイクロチップは直径2ミリの円筒状で、犬猫に注射して体内に埋め込みます。これまでのところ、マイクロチップの装着による深刻な健康被害は報告されていないといいます。
去年の6月から、犬猫を販売する業者は、すべての個体にマイクロチップを装着するよう義務付けられ、違反した場合は動物取扱業の取り消しなどの処分対象になっています。
しかし、それ以前に取得した犬猫は対象外であるほか、販売業者以外の一般人は努力義務とされ、罰則はありません。そのため、自治体の動物愛護センターに収容される犬猫の多くは今でもマイクロチップは装着されておらず、飼い主を探すことが難しくなっています。
もし佐藤さんの言う通り、すべての犬猫にマイクロチップが装着されれば、捨てられ、その結果、殺処分される犬猫は減るでしょう。
行政は動物取扱業者への立ち入り調査をするなどして、マイクロチップの装着を確認することや、5千円前後必要とされるマイクロチップの装着への助成などを検討する必要があるのではないでしょうか。
海外ではペットショップ禁止の国も
ペットショップで犬猫を販売するのを禁止することも必要かもしれません。ショーウインドーにいる子犬や子猫は本当に可愛い存在です。衝動的に購入してしまったものの、想像より大きく成長したり、躾がうまくいかなかったり、あるいは家庭環境の変化で飼えなくなったりしてペットを捨てるという事例が多くあります。
イギリスでは2018年、子犬や子猫をペットショップで販売することが禁止されました。2019年にはアメリカの一部の州で、2024年からはフランスでも同じようにペットショップでの犬猫の販売が禁止されます。スウェーデンやオーストラリアの一部でもすでに法律の規制が実現しています。
佐藤さんは自身が育てた犬を、ペットショップのような「第三者」を介して販売したことはありません。飼いたいと思う人に犬舎に来てもらい、実際に犬に触れてもらった上で、犬を譲渡、販売してきました。
犬は群れで暮らす性質があることから、譲渡の際は必ず2頭以上を一緒に引き取ることを条件にしているほか、飼い主となる人の飼育環境の確認も行ってきました。佐藤さんは「ペットは心の癒しとして、人間にとってかけがえのないパートナーとなるはず」と、ペットを飼うことや健全なブリーダーが犬を販売すること自体は否定しません。
ただ、ペットショップなどのショーウィンドーに展示して販売する方法ではなく、「飼いたいと思った人が直接、ブリーダーのもとを訪れ、交渉して買う方法が一番いい」と話します。
人の目に触れられることでブリーダーの飼育環境は向上し、また飼い主も冷静にペットとして迎えることを考えることができる、とも指摘します。
筆者の愛犬にも驚きの事実
筆者も以前はペットショップで犬を買うことにそれほど疑問や抵抗はありませんでした。5年前に徳島市内のあるペットショップで、一匹のトイプードルに出会います。その小さなショーウインドーに張り出された価格や、その上に書かれた「セール中」「期間限定2万値引き」という文言に違和感は覚えましたが、愛くるしい姿に夫婦で話し合った結果、「メアリー」と名付けて我が家に迎えることにしました。
今年2月。「大阪市のブリーダーが動物愛護法違反で逮捕」というニュースが流れてきました。実は我が家のメアリーも、逮捕されたそのブリーダーのもとで産まれていました。
報道によると、逮捕容疑は、飼育していた犬10匹が病気やケガをしたにもかかわらず、適切な保護をせずに虐待したというものでした。テレビではブリーダーの犬舎も放送され、天井付近にまで積み上げられた小さなゲージの中で悲しそうな顔をしてひしめき合う犬たちの様子が映し出されました。
一つ間違えたら、うちのメアリーもこんな運命だったのでしょうか。そしてメアリーを産んだ母犬は一体どうなっていたのでしょうか。
「可愛いな」と、何気なく見ていたペットショップの動物たち。でもその裏側には、行き過ぎたペットビジネスの闇があるかもしれません。苦しみや悲しみを訴えることが出来ない動物たちの声を、私は今後も伝えていきたいと思います。