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ノーベル賞の受賞者も育んだ沖縄科学技術大学院大(OIST)、仮設で始まった異能集団

美ら島の国境なき科学者たち
恩納村にあるキャンパスの部屋で銅谷賢治教授。(撮影:2022年)

 2022年5月、沖縄科学技術大学院大学(OIST)は設立10周年記念の祝賀ムードに沸いていました。

いまでこそ国内でも知られるようになってきたOISTですが、誰も見たことのないような新しいモデルの大学を作り上げるというプロジェクトの将来は、全てにおいて不確実だったはずです。

そのような全く新しい大学作りにキャリアを賭けたのはどんな人なのでしょうか。筆者はそんな疑問を持って、OISTが設立する7年前の2004年からOISTの先行研究事業に加わった研究者の一人である銅谷賢治教授に、これまで辿ってきたキャリアと、当時の決断の理由について話を聞いてみました。

学際的なアプローチのために、枠にとらわれない大学を

現在、銅谷教授はOISTで、計算科学と神経科学の実験を組み合わせた研究を行っています。教授の研究室は、脳内の神経伝達物質のひとつ「セロトニン」と「辛抱強さ」の関係について画期的な研究成果を発表してきました。しかし、銅谷教授は、1980年代に東京大学工学部の学生や助手をしていた頃は、自分で学習するロボットの発明を目指していました。

「ロボットの学習が大変なのに比べて、動物や人間は、なぜ、どのようにして、いろいろな行動をやすやすと学習することができるのか、ずっと不思議に思っていました」と銅谷教授は思い返します。

銅谷教授は、工学的な応用と脳の理解にともに役立つ学習アルゴリズムを開発するため、計算科学と神経科学の二つの異なる研究分野を組み合わせた研究を行ってきました。しかし、1990年代から2000年代初頭の日本の大学では、このような複数の分野を横断する学際的なアプローチをとる学部や学科はほとんどありませんでした。そんな中、沖縄で新しく学際的な研究・教育を推進する国際的な大学院大学を設立しようという取り組みの知らせが耳に入りました。

「日本の由緒ある大学や研究機関からもオファーを頂きましたが、既存の枠に自分をはめ込むよりも、ゼロから新しい研究の場を作る方がはるかに面白いだろうと思いました。OISTは当時、まだ構想段階にありましたが、自分自身の研究の幅を広げるとともに、学際的かつ国際的な研究拠点を構築する良い機会になると思いました」

しかし、沖縄に世界トップクラスの大学を創設するという構想に、懐疑的な研究者もいたと振り返ります。

「知り合いの教授は、どうせこれは地元の建築業のために建物を1つか2つ建てて終わりになるだろう、などと言っていました。しかし私は、カリフォルニア大学サンディエゴ校のポスドクとして、若い大学が魅力的な自然環境と新しい研究分野への取り組みで成功する例を目の当たりにしていました。そこには、分子生物学や計算神経科学など、新しい研究分野を志し既存の枠にとらわれない研究者や学生が集まり、大きな成果を上げていました。私は、同じことが沖縄でも可能だと思いました」

主任研究員4人 仮設の研究棟で

(左)2010年、OISTのセンター棟と第1研究棟だけが経っていた時。(右)2022年の写真。第5研究棟が建設中

銅谷教授のオフィスは、OISTキャンパスで最初にできた研究棟の最上階にあり、そこからは沖縄本島の西海岸の美しい森と海を見渡すことができます。銅谷教授がOISTに加わってからの18年間で組織は大きく成長し、今では50以上の国や地域から1,000人以上が集まっています。ノーベル受賞者を多数含むアドバイザリーボードが当初描いた、国際的で学際的な大学をつくるという構想は、現在も着実に推進されています。

振り返ると、銅谷教授がOISTの先行研究事業に参加した04年当時は、主任研究員は銅谷教授を含めてわずか4人で、研究施設は沖縄本島の東海岸の具志川市(現うるま市)の工業団地の中の仮設の研究棟に置かれていました。

2009年に、沖縄科学技術大学院大学早期開学促進村民大会で発表をする銅谷賢治教授

わずかな数の研究者や事務スタッフで構成された先行事業のメンバーたちの仕事は、すべての施設と体制をゼロから整えることでした。

「電子メールの設定から、実験施設、安全委員会、倫理委員会など、研究を行うために必要なあらゆる設備や規程やサポート体制を整える必要がありました。この全く新しいチャレンジに思い切って参加してくれた当初の研究室のメンバーには大変感謝しています。私たちは、あの仮設の施設から世界レベルの科学研究が行えることを証明したのです。本当に楽しかったです。みんながみんなを知っていて、毎週金曜日には全ラボと事務系のスタッフがラウンジに集まって、飲みもの片手に研究紹介の会を開いていました」

暗黙の了解、伝統や慣習もないからこそ

2008年、OISTのスタッフでチームを作り、地元で行われる沖縄の競漕「ハーリー」大会に参加した時の様子

その後、OISTは2010年にうるま市から恩納村に拠点を移しました。今では第5研究棟を建設中のOISTですが、当時は、管理棟と研究棟が1棟しかありませんでした。

OISTの成長を見守ってきた銅谷教授は、OISTが成長と共に真の意味で国際的になっている、と言い、多様な視点を持つことが非常に重要であったと強調しています。「異なる文化圏の人々は、様々な発想やアプローチ、議論のスタイルを持っています。日本人だけで話していると、暗黙の了解にとらわれたり、疑問を持っても恥ずかしがって質問しなかったりすることも多いかもしれません。当たり前だと思っていたことに対する素朴な意見や疑問が、突破口を開いたりすることもあります」。

またもう一つ重要な点が、前例のない新しい組織作りに意欲を持つ人材が集まってきたことだと銅谷教授は言います。

「伝統ある大学の組織やルールを変えることは非常に難しい。でも、OISTには伝統や慣習はありませんし、世界中から集まってくる人たちがそれぞれの国や組織のやり方の良いところや失敗例を持ち寄り議論する中で、世界中のノウハウを集める形で大学院のカリキュラムや教員採用、テニュア審査などのルールが作られ改訂されています」

 2019年、世界の研究者をはじめ、国内のみなを驚かせたニュースがありました。科学誌Nature を出版するシュプリンガー・ネイチャー社の『Nature Index』で、大学の規模を勘案した「正規化ランキング」でOISTが世界第9位、日本ではトップにランクされたのです。OISTが設立からごく短い間に質の高い研究を発展させてきたこと、そしてOISTの構想と方向性が間違っていなかったことが証明された一つの事例でした。

ノーベル医学生理学賞にペーボ教授 次の10年への期待

銅谷教授のロボット研究から「どこまで先の将来を予測すればいいのか」という新たな問題設定が生まれ、それを探る新しい脳科学の研究プロジェクトが立ち上がった(撮影:2022年)

銅谷教授については、201710月号のGLOBE突破力でも紹介されましたが、(https://globe.asahi.com/article/11530588)研究室では、経験から行動のしかたを学習し、さらに自分で行動の目標を探るロボットの開発に取り組んでいます。その過程で、人間の脳内ではどのような処理がされているのかを考えるようになり、それがセロトニンなどの神経修飾物質の役割を明らかにする画期的な研究へとつながりました。

こうした研究は、医学的にも重要な意味を持つ可能性があります。例えば、脳内のセロトニン濃度を高める選択的セロトニン再取り込み阻害薬は、うつ病の治療に使われていますが、それが効くしくみはまだ明らかではなく、セロトニンが脳のどこでどういう作用をするのか、その放出はどう制御されているか、さらに研究が必要です。

2014年にセロトニンとマウスの意欲の関係についての研究を記者会見で発表する銅谷賢治教授。教授の向かって右が、研究論文著者の宮崎佳代子博士と宮崎勝彦

「私の研究室には、情報系と生物系学の出身のメンバーがいて、それぞれがお互いに学び合っています。脳の大規模データ解析には機械学習の手法が必須ですし、脳科学の知見は機械学習の研究者にインスピレーションとアイデアを与えてくれます」

銅谷教授の研究室で学んだ卒業生は、国内外でポスドクをしたり、産業界でデータサイエンティストとして就職したりするなどして活躍しています。

OISTでは、間もなく第5研究棟が完成し、今後もさらに研究施設の拡充が進められる予定です。銅谷教授は、OISTで働く人々の顔ぶれも変わったと言います。キャンパスでは顔なじみのない新しいスタッフや学生が多くなりました。しかしこれは、あの少人数の創設メンバーと仮設施設から始まったOISTが、いかに飛躍的な発展を遂げてきたかを象徴していると銅谷教授は言います。

 銅谷教授に、次の10年で成したげたいことを聞きました。

銅谷教授は、「大脳基底核や大脳皮質など脳の各部分に対する理解を統合して、“脳のしくみがわかった”と言えるようになりたい」と言います。脳の計測や解析の技術の進歩もあり、今後の10年で研究の大きな進歩が期待されます。また、OISTについては、「ノーベル賞受賞者の構想と熱意で生まれたOISTで、新たなノーベル賞受賞者が生まれてほしいですね」と答えてくれました。

「脳科学」と「人工知能」知識を結びつけ 新たな「知の体系」に挑む

執筆:ルシー・ディッキー(OISTメディア連携セクション サイエンスライター

編集:大久保知美、OIST広報部メディア連携セクションマネジャー