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大衆の思考停止こそが悪を可能にする コロナ禍のドイツ、市民に向けられたメッセージ

Bestsellers 世界の書店から
『Wer schweigt, stimmt zu』
『Wer schweigt, stimmt zu』=山本正樹撮影

コロナによるこの2年間の社会の変容を総括し、回復への道筋を示す本だ。3月初旬の刊行以来、数々のベストセラーリストの1位を飾り続けている。

著者ウルリケ・ゲローはボン大学の政治学教授。政治的には左派リベラルだが、コロナ政策に関しては大多数の左派知識人とたもとを分かち、政策の矛盾と社会の欺瞞(ぎまん)を真っ向から批判し続けた。

著者はまず2年間のドイツ社会を振り返る。遊び場に張られた立ち入り禁止テープ。親族の臨終への立ち会い禁止。多くの人の生活基盤を奪ったロックダウン。ワクチン非接種者に対する屋内施設や店舗などへの立ち入り禁止および出勤や公共交通機関利用のための毎日の検査義務(非接種の困窮者が食料配布を受けられなくなった例も)。飲食店や美容院や大学構内に警察が立ち入っての接種・快癒証明検査……。

数々の措置はすべて法的拘束力を持つ罰則付きのもので、それまで民主主義国ではあり得ないとされてきた極端な人権の制限だった。ところが、権力を監視し、規制の是非を問うべき司法とメディアと大学が、逆に批判を抑圧し、開かれた議論を不可能にしたことを、著者は厳しく批判する。

しかし本書の主眼は、一般市民の姿勢を問うことにこそある。著者が最も問題視するのは、多くの市民が根拠に欠ける規制をも無批判に受け入れ、ときに政治家とメディアにあおられて批判者に「陰謀論者」「右翼」のレッテルを貼り、反対意見そのものを社会から締め出したことだ。「悪」について考え抜いた哲学者ハンナ・アーレントが喝破したとおり、大衆の思考停止こそが悪を可能にするのだと著者は強調する。本書のタイトル『沈黙する者は賛同する者』は、市民ひとりひとりへのメッセージだ。

ドストエフスキーの小説『カラマーゾフの兄弟』のなかのイエスと大審問官の場面を、著者は自由と幸福の観点から解釈する。人は自由であるべきだと説くイエスに対し、大審問官は、人は幸福であるために自由という重荷を捨てるべきだと言う。しかし、なにが人間の幸福かを権威が定義し、それを市民に押し付ける社会が必然的に全体主義になることは、アーレントはじめ多くの先人が指摘してきたとおりだ。

欧州はいま民主主義が存続するかの分岐点にいると、ゲローは考える。では、私たちはどうすればいいのか。各機関の責任追及、ワクチンパスポートの廃止、多国籍企業の政治的影響力の削減など、ゲローの提案は具体的で多岐にわたる。だが最初の一歩は、誰も見解の違いによって議論から締め出されないことだ。

ドイツでは昨年末より、規制と接種義務化に反対するデモが大きくなっていった。デモが禁じられた後も、全国2000以上の大小の町で、通りに「散歩」に出る市民は増え続けた。そして4月7日、連邦議会において一般市民へのワクチン接種義務化法案が否決され、コロナ世論は潮目が変わった感がある。6月末に専門家委員会が、政策には不適切な人権制限が伴ったこと、政府の意思決定過程が不透明であり、異なる見解が「拙速に排除された」ことを指摘する報告書を発表した。一方、医療従事者には接種義務があり、差し止め請求は憲法裁判所によって棄却された。

本書は「我々がいま生きているようには生きたくない人たちに」捧げられている。「安全のために自由を放棄する者は、結局どちらも得られず、得るに値しない」――。合衆国建国の父ベンジャミン・フランクリンの言葉を引用して、著者は、民主主義社会においては、自身の心身に関する決定権と責任は、市民が自身で引き受けるべきだと、強く訴えかける。

ドイツのベストセラー(政治思想・民主主義部門)
7月9日付 アマゾン・ドイツより
『』内の書名は邦題(出版社)

1 Wer schweigt, stimmt zu 沈黙する者は賛同する者
Ulrike Guérot ウルリケ・ゲロー

コロナ政策によってゆがめられた社会の様相とそこからの回復への道筋を示す。

2 21 Lektionen für das 21. Jahrhundert
Yuval Noah Harari ユヴァル・ノア・ハラリ
『21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考』(河出書房新社)
我々はどう生きるべきか。『サピエンス全史』の著者が人類の「現在」を考える。

3 Geopolitische Machtspiele 地政学的権力ゲーム
Martin Grosch マルティン・グローシュ
ウクライナ戦争、中国の台頭といった世界政治情勢を地政学的観点から分析する。

4 Die vierte Gewalt 第四の権力
Richard David Precht リヒャルト・ダーヴィト・プレヒト

9月刊行予定だがすでにリスト入り。ドイツの著名哲学者によるマスメディア考察。

5 Corona-Staat コロナ国家
Alexander Christ アレクサンダー・クリスト

弁護士が国家のコロナ政策を法の観点から分析、法治国家の崩壊であると批判する。

6 Was also ist mein Land? Drei Reden では、私の国とはなにか? 三つの演説
Angela Merkel アンゲラ・メルケル

ドイツ前首相の在職時の三つの演説。ドイツの責任、東西再統一、移民問題について。

7 Der Kult カルト
Gunnar Kaiser グナー・カイザー

なぜ善人が悪をなすのか。世界滅亡というカルトに侵されたドイツ社会を分析する。

8 Die Selbstgerechten 独善者たち
Sahra Wagenknecht ザーラ・ワーゲンクネヒト
左翼政治家の著者が支持者であるはずのリベラル左翼の独善を暴いたロングセラー。

9 Von hier an anders ここからは違ったふうに
Robert Habeck ローベルト・ハベック
緑の党所属の現職経済・気候保護大臣である著者が、今後のあるべき政治のビジョンを描く。

10 Die alten Griechen 古代ギリシャ人
Claire Singer クレール・ジンガー
古代ギリシャの社会から神話や詩人までを豊富なイラストとともに描いた図鑑。