防研の発足は1952年。保安庁(防衛省の前身)保安研修所として発足し、85年に防衛庁防衛研究所になった。現在、各国の軍事態勢、地域情勢、戦史などの研究員約90人とスタッフ約50人の計約140人が勤務する。
吉崎さんは大学で抑止論や同盟論を学んだ。安全保障のリアリズムに興味を持ち、87年、防衛研究所に入った。身分は防衛教官。研究職の特別国家公務員だった。制服を着用し、合法的に銃を使える自衛官ではなく、居住や表現の自由が一部制限される、広い意味での自衛隊員にあたる。
吉崎さんは「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託に応えることを誓います」という自衛隊員の宣誓も行った。「私も自衛隊員ですから、有事になっても、逃げるわけにはいかないのです」
軍事研究機関は他にもいくつかあるが、いずれも研究者は数人規模。軍事分野の専門家を90人も抱えた研究機関は防研だけだ。しかも、政府機関。なぜ、そうなったのか。吉崎さんは「戦後、日本の多くの学会や大学などが軍事・安全保障研究をタブー視し、拒んできたからです」と話す。
戦後、日本の大学で働く研究者のほとんどは、文部科学省の科学研究振興費(科研費)の研究者番号を持っている。個人なら年間100万円程度、学会によっては年間数千万円が支給される場合もある。「科研費は、論文の出版、研究プロジェクト、資料の収集などに使われます。科研費がなければ、活動に大きな影響が出ます」
防衛研究所が科研費の支給対象になったのは2021年だった。軍事研究をタブー視する世相のなか、防衛省は自前で研究機関を設立し、予算を確保するしか方法がなかった。
吉崎さんは1990年代になって初めて学会で発表した。当時、自衛隊関係者が学会発表をすることは珍しく、好奇の目で見られたという。「自衛隊は違憲だという意見が多かった時代です。防衛庁関係者だから右翼だろう、学会の途中でヤジでも飛ばすのではないか、と警戒されました」。懇親会でも、他の出席者が近づいてくることはほとんどなく、ポツンとした存在だった。
「自衛隊は海外に出るな」という風潮のなか、防研の海外交流も限られていた。「90年代半ばまで、日米独の国際会議を年1回開く程度でした。当時はインターネットもなく、研究は新聞や書籍が頼りでしたが、予算も少なく、手元に届くのは発行から2~3カ月後という状態もざらにありました」
防研の転機は冷戦崩壊と自社さ政権だった。「冷戦が終わって、国際関係学部を設立する大学が相次ぎました。人材が足らなくなって、防研にも声がかかるようになりました」。吉崎さんも96年、大東文化大学の国際関係学部で欧州情勢を教えるようになった。
94年、自民、社会、新党さきがけの自社さ政権が誕生した。当時の防衛庁内局が防研に新たな事業を立ち上げる必要性があると伝えてきた。新しい安保環境や政治環境が生まれ、防研も新しいプロジェクトを必要としていた。
ただ、当時は95年に発生した阪神淡路大震災での活動が評価され、防衛省・自衛隊を好意的にみる世論が増えていた。同時期、ワシントンではシンクタンクの閉鎖が相次ぎ、「publish or perish(出版しないと潰れる)」という言葉がはやっていた。
吉崎さんたちは「日本の安全保障対話のツールにする」というかけ声のもと、97年から「東アジア戦略概観」の出版を始めた。各部門1人しかいなかった研究者を3~4人体制にし、海外交流を行う予算を請求した。「世の中の防研に対する視線が代わると共に、研究の場所が広がっていきました」
ただ、防研だから軍事の全てを知っているわけではない。吉崎さんは経験したが、全国にある自衛隊の各部隊を見て回る初任者研修制度はなくなった。「自衛隊の部隊が何をやっているのか、知らない防研の研究者もいます」。ロシアによるウクライナ侵攻でも、地域情勢や各国の戦略などについては語れるが、「実オペ(実際のオペレーション)」と呼ばれる軍事作戦についての知識は限られるという。
防研の研究者たちのテレビ出演にはどんな手続きが必要なのだろうか。
吉崎さんは「防研の研究者には防衛省職員としての職務専念義務があります。公務として政府や自治体の依頼で講演したり、国際会議に出席したりする場合、謝金はありませんが、勤務扱いになります。海外に出るときは緑色の公用パスポートを使います」と語る。
「テレビ出演する場合、軍事や安保の専門家として個人的な見方を語るので、休暇届が必要です。その代わり、出演料を受け取ることができます。防衛省が出演料を横取りすることもありません」
防衛研究所では以前、テレビに出演したり、新聞にコメントを出したりするとき、事前の許可が下りるまで1週間かかった時代もあった。「昔は一言一句、発言を確認していました。今はメディアとの信頼関係ができたので、すぐに許可が下りるようになりました」
テレビで語る防研の研究者たちの姿をみた世論の反応は「8割が肯定的、2割が否定的」なのだという。否定的な意見には「偏った考え方だ」「テレビにばかり出て、仕事をしていないのではないか」という声が目立つ。吉崎さんは「テレビに出ている研究員は、出ていない人よりも仕事をしている人ばかりです」と笑った。