日本の経済成長がめざましかった1950年代後半、産業界から即戦力の技術者の育成を求める声がわき上がった。そこで新たにつくったのが、15歳から20歳まで、5年間一貫の工学教育をする高等専門学校(高専)だ。
62年に19校でスタート。現在、57校(国立51、公立3、私立3)ある。毎年の入学者は1万人で、同世代の人口の約1%だ。
1年生から、専門分野の授業があるのが、大きな特長だ。「機械系、材料系」では、ものづくりの基礎となる機械の設計や材料の性質を学ぶ。「電気・電子系」は、家電やロボットなどの機器を制御する知識や技術を身につける。コンピューターシステムやソフトウェア、プログラミングなどについて学ぶ「情報系」もある。
経営戦略や会社法などを学ぶ「経営情報学科」や「国際ビジネス学科」「ビジネスコミュニケーション学科」を設けている学校もある。英語や歴史などの一般教育科目もあり、学年が上がるごとに、専門科目の割合が増えていく。
高専は、就職に強い。国立高専の卒業生は、希望者のほぼ全員が就職できている。旭化成、ENEOS、東海旅客鉄道(JR東海)など大手企業に入るケースも多い。
隠れた進学校でもある。国立高専の卒業生の2割強は、大学の主に3年次に編入する。進学先は、高専生を主に受け入れる二つの技術科学大(長岡、豊橋)のほか、九州大、筑波大、東工大、東大など幅広い。高専の「専攻科」(2年制)に進み、さらに高度な技術を学ぶ学生も2割弱いる。
大学では、「高専出身者のほうが、高校卒の学生よりも優秀」との評価が少なくない。長岡高専を卒業し、筑波大でも学んだIT企業「フラー」の創業者、渋谷修太氏は「当たり前」だという。
「高専では、1年生からハードとソフトの両面のスキルを基礎からたたき込まれる。一方、高校から大学の工学部に進んだ学生が工学を本格的に学び始めるのは20歳前後。机を並べた時点で、エンジニア歴で大きく差がついている」
ただ、「光」ばかりではない。大学に比べて私学が圧倒的に少ないため、学生数は伸びず、知名度は低い。外からの風が入りにくく、閉鎖的になりがちな面がある、との声もある。
「高専卒は、専門知識では大卒にひけをとらないのに、給与は大卒より低い」という指摘もある。5年間学んだ後に得られる学位が、短大卒と同じ「準学士」であることも関連しているようだ。「『高専卒就職の闇』と言われる。もちろん、会社によって事情は違うのだが」とある高専OBは言う。
高専出身者は、さまざまな分野で活躍している。
経済界では、日立製作所の東原敏昭会長、日揮の石塚忠社長、Zホールディングスの藤門千明専務執行役員らがいる。ポケモンの生みの親のゲームクリエーター、田尻智さんもその一人だ。学界には、東工大の益一哉学長、静岡大の日詰一幸学長らがいる。有名人では、カーリング五輪代表の鈴木夕湖さん、バンド「Official髭男dism」のギタリスト、小笹大輔さんも高専出身だ。
学費は、入学料が8万4600円、授業料は年額23万4600円と抑えられている。
熊本大教授、同大学長を経て2016年4月に国立高等専門学校機構理事長に就任した谷口功さんに、これからの高専を語ってもらった。
――高専で学ばれたことも、教壇に立たれたこともありません。どういう経緯で国立高専を束ねる組織のトップになったのですか?
熊本大学長を退任後、高専の教育のあり方を議論する文科省の有識者会議の委員になりました。そこで高専の先生方から現状について話を聞くと、『大学にしてほしい』というニュアンスのことを言われる。要は、大学卒の学士の学位を高専が出せるようにしてほしい、と。私は『大学とは違うルートでいろんな人材を育てようというのが、そもそもの高専の目的。大学になったらその他大勢になる』と意見しました。こんなこともあって、文科省からら『じゃあ、理事長をやらせてみよう』となったのかなと思っています。
高専の授業の3~4割は実習・実験です。そこまでやらないと学生は『スキルを身につけた』と感じません。人間、スキルを身につけると自信を持つものです。施設も充実しています。現場力がある、というのは高専の特徴のひとつ。それがなくなったら、『大学と同じ。高専は必要ない』となります。
――高専機構はグローバル化に力を入れています。
海外から『高専の教育を教えてほしい』との申し出をたくさん頂きます。講義をやれば何かできるようになる、と思われているので、『そうではありません。実習・実験が大事なのです』と口を酸っぱくして言っています。
高専の『輸出』は、外国の若者を母国の発展に貢献できるように育てるのが狙いですが、それだけではありません。日本の高専教育のレベルをあげるためでもあるのです。高専は国内ではそれなりに認知されていますが、卒業生がいない海外ではそうではありません。先生たちは『大学とどこが違うの』と聞かれたときに『自分たちは何をやってきたんだろう』と気づき、良いところ、欠けているところが見えてくる。高専とは何か、を考えるにあたって、国際展開はものすごく役に立っています。
――本格的な海外校のタイ高専は開校4年目を迎えました。
1期生のときは、募集定員24人に対して309人の応募がありました。いまでも競争率は数十倍です。タイ高専に期待しているタイ政府が『宣伝』してくれていることも大きいですね。学校の成績という点で言うとトップ層の若者たちです。
彼らのほとんどが高専卒業後は大学に進むことを考えているのが心配です。高専が大学へのひとつのルートになりかねません。日本でも大学編入者はいますが、多くは編入目的で高専に入っているわけではありません。実習・実験をちゃんとやり、高専とは何かを分かってもらわないと、タイ高専は本当の意味での『高専』にならない可能性があります。
――重厚長大向けの技術者育成のイメージが強い高専ですが、最近は「起業家育成」を打ち出す高専が出てきています。
学生は『社会のお医者さん』を目指してほしい。学校にこもらずに社会の『困りごと』に耳を傾け、何ができるかを考える。そこから新しい技術のつながりの発想が生まれるのです。これは起業家育成のプロセスでもあり、高専のミッションのひとつだと思っています。
いまある産業の技術を習熟しても、その産業が将来伸びるかどうか分からない。期待通りでなかったら、自分で創っていくしかないのです。そういう人材を増やしていかないと、日本経済は成長できないでしょう。
――就職に強いし、進学もできる。これまでの路線ではだめなのですか?
『成功は失敗のもと』なのです。つまり、実績も残しているし、今のままでしいじゃないか、と。でも、そうしていると世の中の変化についていけなくなる。多くの企業には高専生の実力を認めていただいていますが、最近、一部の企業の方からは、期待が大きい証拠でもあるのですが、『高専生は力がなくなってきた』とも言われるようにもなりました。高専は今年、還暦を迎えました。これを機会にこの2、3年で意識改革を進めないと、次の60年はないと思っています。(聞き手・織田一)