虹色の水が流れているかのように、そのスニーカーの表面は絶えず色を変化させ、靴底からは煙がモクモクとわき出てきた。
これは、日本のブランドとして初めて売りに出された「バーチャルスニーカー」。3D技術を駆使して、デジタル上でつくられ、実際に履くことはできない。
それが昨年4月、約140万円相当(暗号資産=仮想通貨の当時のレート)で売りに出されると、わずか9分で買い手がついた。
スニーカーの価値は、もはや「履けるか履けないか」では決まらない。そんな時代になったのだ。
バーチャルスニーカーを開発した企業「1SEC」のCOO(最高執行責任者)、中村成寿さんは「収集したスニーカーは、履かずに眺めたり自慢したりしている。バーチャルでも、3Dならではのデザインや仕掛けをつくることで、それを自慢したり『保有』を感じたりできる。実物でもバーチャルでも、コレクターの考えていることは、すごく似ているのです」と話す。
1足目は、デザイナーなど6人ほどで1カ月かけて構想した。
統括した塚本・ラッシャー・啓太さんは「柄が動くとか、靴底から煙が出るとか、現物では表現できないことができます」。靴の表面を虹色にしたのは「固定観念にとらわれない多様性を表現したかった」。
約140万円相当と、強気の価格設定をしたものの、「売れるかどうかはわからなかった」と中村さんは振り返る。売れたことを知らせるメールが届いたときは「何かのバグ(不具合)じゃないか」と思ったほどだ。その後も、3足が十数万~70万円相当で売れた。
バーチャルスニーカーは昨年、アメリカを中心に急速に広がった。
アメリカのスタートアップ企業「RTFKT(アーティファクト)」の商品が、総額310万ドル(約4億円)で落札されたことが話題を呼び、さらにシューズ大手のナイキが同社を買収して世界をあっと言わせた。
デジタルデータを唯一無二のものと証明し、コピーや改ざんしづらくするNFT(非代替性トークン)という新技術の普及が後押しした。
1SECがつくったバーチャルスニーカーは、メタバース(仮想空間)の中で、自分のアバター(分身)に履かせることができる。1SECは、アバターなどの企画・開発を手がけていたが、中村さんは「今後、アバターの服装や見た目をかえるデジタルファッションが必要になる」と確信したという。
将来は、自身が保有するバーチャルスニーカーを人に貸すことができるビジネスを思い描く。
「現実世界では、高価なスニーカーを持っていても人には貸したくないものですが、デジタル空間ならできる。メタバースでの結婚式に『格好つけて行きたい』と思ったら、高級バーチャルスニーカーを借りて履いていく。そんな風にできたら最高ですね」
バーチャルスニーカーはどこまで広がるのか。
中村さんはいう。「アバターを通して、性別も関係なく複数の人格を持つことができるメタバースでは、デジタルファッションアイテムも増える。リアルのスニーカー市場を超えていく可能性は、十分あると思っています」