日本は、金の輸出国だ。財務省の貿易統計によると、2011年の輸出量は約123トン。統計が比べられる1985年以降、100トンを超えたのは初めてだ。輸入は5トン程度なので、大幅な輸出超過といえる。
金の値上がりで、手持ちの地金や宝飾品などを業者に売る人が増え、国内市場であふれた金が海外に流れた――。財務省幹部はこう解説する。
「万が一に備えて、肌身離さず金をつけておく習慣や文化が日本人にはなく、手放すことにも抵抗がないようだ」
1グラム4700円台を超えた昨夏には、宝飾品店が並ぶ東京の御徒町で、金を売る客が列をつくった。宝飾品店などから金を買い取っている業者最大手のひとつ、ネットジャパン(本社・台東区)は、昨年買った金の8割を海外に売ったという。商社を経由せず直接輸出する場合は、海外の製錬所で鋳直し、ロンドン市場などで売る。
社長の吉澤敏行は「昨年夏に急に買い取りが増え、一時落ち着いたが、今年2月から再び増えている」と話す。
日本も80年代後半のバブル経済の前後には、金の輸入が多かった。経済力の高まりにつれて金を買い込むという点では、今の新興国に通じるものがある。当時、金価格は低迷しており、安く買った金を、いまの高価格で売るというのは、「合理的な行動」との見方もできる。
民間のこうした行動に比べて、日本政府と日銀は、金についてほとんど動きをみせていない。双方で持つ金の量は1970年以来、700トン台のままだ。外貨準備にしめる金の割合は3%に過ぎない。
通貨制度と金の関係がなくなって40年以上たった今、新しく買ってリスクをとる必要はないし、市場に影響を与えてまでいま売る必然性もない――。当局者はそう説明する。今後の金保有の方針を尋ねても、返ってくるのは「考えたこともなかった」といった答えだ。
その日本でも70年代後半、外貨準備の一部をドル建てから金にかえようと、ひそかに金の買い増しに動いたことがあった、と証言する関係者がいる。
当時の米国は、景気後退とインフレが同時に進むスタグフレーションに苦しんでいた。ドルの価値下落を懸念した日本側が金購入を検討したところ、察知した米国の財務次官が日本に乗り込んできたというのだ。
次官は日本の当局者に会い、「あなた方はわれわれのドルを手放すのか! 私が生きているうちは、金の買い増しなど絶対許さない」と話したという。日本側は、結局、外交上の配慮から米国には背けないと判断し、金の買い増しを断念したと、この関係者は語る。
いま政府・日銀の保有する金は、米ニューヨーク連邦準備銀行や東京の日銀本店の地下金庫にある。公開はされておらず、日銀職員でさえも「目撃」した人は少ないという。(文中敬称略)(梶原みずほ)