「日本人幹部社員は中国人従業員の50倍もの給料をもらっている」「広州の日系企業は360元(約4500円)の賃金アップに応じた」
中国全土で今年春から夏にかけて吹き荒れたストライキで、各地の労働者をつないだのが、インターネットだった。
5月中旬、広東省仏山にあるホンダ系の部品工場で起きたストでは、会社側の賃上げ提案が、ネット掲示板や携帯メールで、あっという間に広まった。「日本企業は簡単に妥協する」「おれたちも団結してストを起こそう」。動きは全土の100社以上に広がり、暴動や治安部隊との衝突になるケースも出てきた。
あわてた中国当局は封殺に動いた。政府関係者によると、メディアを管理する共産党中央宣伝部は5月下旬から国内メディアに対し、スト関連の報道を禁止する内部通達を2度出した。記者(峯村)が確認できた範囲では、スト関連のネットの書き込みも6月末までほぼ削除されていた。この関係者は「書き込みを放置していたらストは際限なく広がり、社会不安につながりかねない」と説明する。
中国のネット利用者は今年6月、4億2000万人に達した。普及率は32%。うち約1億人が所得の低い農民だ。「絶望的な貧しさをもたらしたのは共産党だ。毛沢東主席が生きていればまた革命を起こしていた」「おれたちの税金をむさぼる汚職官僚をやっつけよう」――。掲示板には、こんな書き込みも目立つ。
噴き出る政府批判に、当局側が採っているのは「中国式人海戦術」だ。
国務院新聞弁公室や党中央宣伝部をはじめ、公安省や国家安全省がそれぞれ独自に監視部門を設けている。実態は明らかにされていないが、合わせて数千人の職員が監視にあたっているとされる。
さらに、各省や市が、政府の意向に沿う書き込みをしたり不適切な内容をチェックしたりする「ネット評論員」を数百人単位で雇っていると見られている。専従ではなく、書き込みに応じて報酬を出しているようだ。インターネット協会などの独自要員も含め、監視役は中国全土で計数万人に上ると推定される。
政府関係者によると、違法な書き込みを放置した掲示板開設者には、1件あたり3万~9万元(約40万~110万円)の罰金が科せられる。繰り返せば、業務停止や免許取り消しもある。
こうした規制に対し欧米では批判が強まっているが、中国当局は耳を貸すどころか、逆に規制を強めている。
「社会の矛盾が噴出している我が国において、ネット世論は個人の過激な意見を拡散し、社会の安定と国家の安全の脅威になる。管理を強め、中国独自のネット文化をつくりあげる必要がある」。国務院新聞弁公室主任(閣僚級)の王晨が6月に中国紙上に発表した論文の一節だ。
最近では、ネットの特性である匿名性の封じ込めに動いている。政府関係者によると、今年初め工業情報省内に実名制度導入に向けた専門家チームを立ち上げた。ネットで情報発信する場合は、実名や身分証明書の番号を事前登録することを検討。「どの国も4億人ものネットユーザーを有したことはない。今の共産党体制を維持できるかどうかはネット管理の成否にかかっていると言っても過言ではない」と言う。
世界のネット利用者は2009年末で約19億。欧米諸国や日本では「サイバー攻撃を受けたときにどう対応するか」の議論はあるが、通常時は基本的に通信や表現の自由が保障されている。
だが、ネット利用者のかなりの割合を占めるようになった途上国や新興国では、特定サイトを「違法」とみなして閲覧を制限する国家も増えている。ツイッターやフェースブックといったサービスも、中国やイランでは基本的に使えない。ベトナムやサウジアラビアでも検閲が強まっている。
(峯村健司、藤えりか)
■国家権力に負けたグーグル
「世界最大の中国市場を失ったら、損害はあまりにも大きい。長期的にビジネスを続けていくためには仕方のない選択だった」
米インターネット検索最大手グーグルの中国法人幹部は朝日新聞の取材に、力無く答えた。今年7月、当局が望まない検索結果の表示を自主的に削除する「自己検閲」の継続を前提にした事業免許の更新を申請。巨大市場と引き換えに「表現の自由」という錦の御旗を降ろした形になった。
今年3月時点では、グーグルは自己検閲に反発。いったん中国の事業から撤退を宣言していた。4カ月での「転向」の裏になにがあったのか。
グーグルは3月以降も、中国でのネットショッピングや地図、音楽のサービスは続けていた。特に約7億人の利用者を抱える携帯電話での検索事業に力を入れようとしていた。
だが、提携していた地元の携帯電話会社大手2社が契約を解消。ほかのネット広告会社やポータルサイト運営会社も次々と協力関係や代理店契約の打ち切りを通告してきた。700人余りいた従業員のうち、200人以上がライバル会社中国・百度(バイドゥ)などに引き抜かれた。この中にはシステムを開発している技術者が多く、大きなダメージを受けたと見られる。
米中関係に詳しい中国国際問題研究所(政府系シンクタンク)の金君暉・元研究員は「グーグルは自らの力を過信し、英雄のようにふるまってメディアにもてはやされたが長くは続かず、結局、失敗に終わった」と言い切る。
国境無きインターネットの世界で覇権を握ったグーグルでも、中国という国家の前ではなすすべがないのか。それとも巨大市場への影響力を強めて巻き返すのか。駆け引きは続きそうだ。(峯村健司)