野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソクヨル)候補は2月、全羅南道・木浦を訪れた。木浦は金大統領の支持者が多かった地域だ。演説ではたびたび金大統領に言及し、「私や国民の力は、今の李在明(イ・ジェミョン)の民主党よりも金大中精神に近い」と主張した。さらに金大統領の生家を訪問し、「金大中精神」の継承を強調した。与党「共に民主党」支持者の取り込みが狙いのようだ。
一方、李候補は尹候補が金大中精神の継承を強調したことを受け、「金大中大統領は政治報復をしなかった。政治報復や戦争の危機を煽っている人(尹候補)が言うのはおかしい」と、批判した。
金大中は民主化運動の中心的人物で、軍事政権下では死刑判決を宣告されるなど激しい弾圧を受けたが、民主化後の1998~2003年、大統領を務めた。大統領就任後は和合路線を取り、政治報復をしなかったことで知られる。南北の和解に尽力したとして2000年にはノーベル平和賞を受賞した。さらに近年、韓国の映画やドラマ、K-POPが世界的な人気となっており、金大統領が「支援はするが、干渉はしない」という方針で韓国文化の発展を後押ししたことが改めて評価されている。
一方、『キングメーカー』は、金大中が政治家として頭角を現し始めた1960~70年代の選挙を描いた映画だ。金大中と、選挙参謀だったオム・チャンロクがモデルだが、映画の中ではそれぞれキム・ウンボム(ソル・ギョング)、ソ・チャンデ(イ・ソンギュン)という名で登場した。
選挙で負け続けていたキム・ウンボムは、ソ・チャンデの暗躍により勝ち始める。だが、選挙で勝つことが目的化し、有権者を欺くことも辞さないソ・チャンデと、あくまで民主化が目的のキム・ウンボムの間に軋轢が生じ、2人は決別する。
その後ソ・チャンデは朴正煕(パク・チョンヒ)大統領がモデルのパク・ギス(キム・ジョンス)の選挙参謀となる。ソ・チャンデは慶尚道と全羅道の対立する地域感情を利用して、パク・ギスの当選に貢献した。実際、オム・チャンロクは金大中と決別した後、朴正煕の選挙参謀となって活躍した。朴正煕は1963~1979年の長期にわたって大統領を務め、民主化運動を弾圧した。
キングメーカーと言えば「大統領を作る人」という意味で、映画を見る前は金大中が大統領になった選挙戦を想像していたが、違った。むしろキングメーカーの力を借りず、遠回りしながらも結局大統領になった金大中を描いていると感じた。
有力候補者本人や家族の疑惑が次々指摘され、ネガティブキャンペーンが目立つ今回の大統領選は、手段を選ばないソ・チャンデに重なるようだ。
韓国では選挙に対する関心が高く、選挙を描いた映画やドラマも多い。パク・インジェ監督の『ザ・メイヤー 特別市民』(2017)はソウル市長選を描いた映画だ。現職市長のビョン・ジョング(チェ・ミンシク)は次期大統領選への出馬を狙いつつ、ソウル市長3選に挑むが、選挙期間中に飲酒運転で事故を起こし、隠ぺいに失敗すると娘に罪を擦り付ける。ビョン・ジョングに抜擢され、陣営広報を担当する若手、パク・キョン(シム・ウンギョン)は斬新なアイディアで支持率を伸ばすのに貢献するが、ビョン・ジョングの素顔を知って葛藤する。人間としては最低のビョン・ジョングが権力者としてのし上がっていく姿にぞっとした。
チャン・ユジョン監督の『正直な候補』(2020)は国会議員選挙を描いたコメディー映画で、4選を目指す現職議員チュ・サンスク(ラ・ミラン)が主人公だ。口を開けば嘘ばかりついていたチュ・サンスクは、ある日突然嘘がつけなくなる。庶民的なマンションに暮らしているふりをして、実は豪邸に住んでいるなど、有権者の共感を得ようとあらゆる嘘をついていたことが明るみに出る。だが、あまりにも「正直な」チュ・サンスクはむしろ好感を呼び、支持率が上がっていく。
『メイヤー 特別市民』も『正直な候補』も、いかに候補者が有権者を欺いているのかを見せる映画で、まともな候補者を見抜くのは至難の業のように思えた。今回の大統領選も、投票日間近になっても「誰に入れたらいいのか分からない」とぼやいている人が多い。選挙で金大中大統領に言及するのであれば、せめて当選後は対立から和合へ導いてほしいと願う。