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自殺した息子が支えてくれた トランプ弾劾裁判を主導した議員の「想像を絶する」体験

Bestsellers 世界の書店から
『UNTHINKABLE』書影
相場郁朗撮影

2021年2月、トランプ前米大統領の2度目の弾劾(だんがい)裁判の冒頭陳述は、同年1月6日に暴徒が米議会に侵入した経緯を映像を使って説明し、前大統領が「政治暴動を扇動」したと糾弾するものだった。裁判を主導した『Unthinkable』の著者、民主党のジェイミー・ラスキン下院議員は、議会襲撃の6日前、20年大みそかに息子をうつ病による自殺で失っていた。本書では、わずか1週間の間に著者の人生を永久に変えた、息子の自殺と議会襲撃という「想像を絶する」二つの出来事が語られている。

ハーバード大学ロースクールに通う息子は読書家で、慈善活動や動物愛護にも精力的に取り組み、誰からも愛された。著者には政治についても語り合える親友だったという。息子を助けられなかった著者は「自分が見落としたあらゆる兆候、手がかりについて自分自身を審問し、告発し続ける」と悲痛に語る。

息子を埋葬した翌日、議会が襲われた。その様子は「胃が痛くなるような暴力的な氾濫(はんらん)。アメリカの民主主義を冒瀆(ぼうとく)するもの」だった。事件後まもなく、民主党のナンシー・ペロシ下院議長から、弾劾裁判の主導を依頼された。「何日も眠らず、まともな食事もとらずに過ごしていたとき、ペロシが私に命綱を投げてくれた」と振り返る。

ラスキンはペロシの依頼で20年の大統領選前から、トランプが負けた際にとる行動を考えていた。だが、右翼過激派が率いる暴徒による議会襲撃までは予測できなかった。憲法学者でもあるラスキンは、米大統領選の選挙人団による投票制度には落とし穴があると指摘し、詳細をひもといていく。

裁判で有罪評決は勝ち取れなかったが、米国史上最も多くの、党派を超える大統領弾劾票を得た。この間、息子はその道のりを一緒に歩んでくれた。自分に力を与えてくれたのは息子の精神であり信念だった、と著者は語る。一方、トランプは次期大統領選を視野に入れた動きを活発化している。共和党はトランプ独裁の党に変貌しつつあると著者は危機感を訴える。ラスキンも所属する下院特別委員会では今も、議会襲撃の調査が続いている。米国の民主主義はいま危機にさらされていると著者は厳しく警告している。

■内戦が起きるメカニズムとは

How Civil Wars Start』は、内戦がどのようにして起こるのかについての本である。著者のバーバラ・F・ウォルターは、カリフォルニア大学サンディエゴ校の政治学教授。米中央情報局(CIA)、米国上院、国連など、さまざまな政府機関や国際機関のコンサルタントも務める。本書では、約30年にわたる海外の紛争に関する幅広い研究結果をもとに、米国における暴力的な内戦の可能性を検証し、米国は現在、民主主義から独裁政治へと間違った方向に向かっていると警鐘を鳴らしている。

著者の研究によれば、歴史的に見て、現在、世界は最大の内戦の時代にあるという。1946年以来、世界中で250以上の武力紛争が勃発し、その数は増え続けている。本書の前半では、旧ユーゴスラビア、フィリピン、アイルランド、イラク、シリア、リビア、インド、ウクライナ、マレーシアなど世界各地でどのように内戦や紛争が始まったのかが説明される。

著者は、CIAのタスクフォースが用いる「Polity(ポリティ)」という指数を使って各国の状態を分析している。この指数は21段階評価で、完全な独裁主義は−10、完全な民主主義は+10。−5から+5までの間が「アノクラシー」と呼ばれる民主主義と独裁主義の中間の範囲となる。米国の民主主義は、その歴史の大半において+10、あるいはそれに近いスコアを得ていた。しかし、トランプ政権時代にスコアは+5まで低下。「米国はもはや世界最古の継続的な民主主義国家ではなくなった」と著者は説明する。スイス、ニュージーランド、カナダ、コスタリカ、日本など、ポリティ指数で+10と評価されている国とはもはや同列ではない。

独裁政治と民主主義の移行段階である「アノクラシー」では、移行はどちらにも可能であり、内戦の多くは移行期に発生する。つまり米国は、現在、暴力や内戦が起こる可能性が最も高くなっているというのだ。

内戦に至る道筋において重要となる危険因子のひとつに派閥の出現がある。20世紀初頭の内戦は、ロシア革命や中国革命のように階級とイデオロギーが争点だった。だが第2次世界大戦後、旧植民地帝国が崩壊すると、内戦は民族や宗教の派閥を反映するものになった。著者は旧ユーゴスラビアなどのように、民族的不満が内戦のために武装勢力を動員した社会との鋭い類似性を指摘しながら、米国における右翼民兵の存在感の増大を指摘する。

内戦は、社会的弱者ではなく、かつて特権的な地位にいた人々が自分たちの地位が失われることを恐れている時に起こるという。彼らは派閥を作り、かつて当然のものだったはずの権力にしがみつくために暴力に訴えるのだ。2021年1月6日に米議会議事堂を襲撃したオースキーパーズやプラウドボーイズなどの右翼グループは自国のみならず、他国の白人ナショナリストからも資金援助を受け、いずれ米国政府に対する武装闘争を展開しかねないと著者は危惧する。

最近の内戦の最も重要な原動力、すなわち「加速度装置」はソーシャルメディアにあると著者は指摘する。人々の交流のために生まれたソーシャルメディアは、いまでは人々の怒りをあおり、人々を引き裂くための効率的な機械となっている。移民に関する誤った情報を広めるソーシャルメディアも台頭した。

米国の民主主義を守るためにはどうしたらいいのだろうか。著者は経済よりも政治が重要であることを強調し、米大統領選で憲法上大統領を決めることになっている「選挙人団」制度の廃止、上院の改革、ソーシャルメディアによる過激な表現や情報操作の禁止など、いくつかの解決策を提示している。また、「最も弱い立場にある国民を支援するためのコミットメントを新たにする」ことを政府に提言。そして米国政府は、公益事業や製薬会社、食品加工工場などの産業を公益の増進のために規制しているのと同様に、ソーシャルメディア・プラットフォームにも規制を加えなければならないと強く訴える。

パブリッシャーズ・ウィークリー紙は本書について「ウォルターのデータ活用と比較の視点は、真剣な議論を促進するはず」と評し、推奨している。ワシントン・ポスト紙は「アメリカでは民主主義がすべての基礎になっている」「民主主義の敵が勝つことを許してはならない」と本書に強く反応した。

民主党が推し進めてきた投票権法案は、共和党による徹底抗戦によってこの1月に上院で否決された。中間選挙を控えた米国の動きのひとつひとつに、民主主義の未来がかかっていることを痛感させられる本だ。

■歴史を追い続けた記者、昔は「ワル」だった

Chasing History(歴史を追いかけて)』は、1973年、ウォーターゲート事件の調査報道でワシントン・ポスト紙の同僚ボブ・ウッドワードと共にピュリツァー賞を受賞したジャーナリスト、カール・バーンスタインの回想録である。著者は、現在もCNNのアナリスト、ヴァニティ・フェア誌への寄稿など、ウッドワード同様、精力的に活動している。

回想録と言っても、本書はウォーターゲート事件には触れていない。1960年から1965年までバーンスタインが生まれ育ったワシントンD.C.の、いまはなき日刊紙イブニング・スターで働いた初期のキャリアに限定した内容となっている。

父親のつてで、スター紙で初めて面接を受けた時、著者はまだ16歳の高校3年生。学校の成績は悪く、少年刑務所にもお世話になるような問題児だった。著者は文章力ではなく、粘り強さと驚異的なタイピングの速さで、どうにかコピーボーイという使い走りとして雇われることになった。

本書では1960年代前半の新聞社の様子が生き生きと再現される。当時の新聞社は、日中、記者やライターが2階で仕事をしている間、1階では印刷機が回っていた。大卒の記者たちは、インクと熱い鉛を使って働くブルーカラーの人々と常に関わっていた。本や書類、汚れたタイプライター、タイピングの立てる嵐のような音、届く速報、床から響く印刷機の音など、著者はスター紙のニュースルーム(編集部)へ足を踏み入れた瞬間から、その魅力に取りつかれた。広い部屋の「端から端まで歩いた頃には、新聞記者になりたいと思うようになっていた」という。

コピーボーイはやがて、現場でのメモを先輩記者に渡す取材記者(原稿は書かない)になり、さらに記者が原稿を読むのを電話口で聞きながら、その内容をタイプして記事にするディクテーション係となり、自ら「記者のように考える」ことを学んでいった。やがて先輩記者に誘われ、地元の新聞記者のたまり場でマティーニを飲むようにもなった。

著者がニュースルームで青春時代を過ごしたのは、アメリカ史の激動の時代と重なる。1960年の大統領選挙、旧ソ連の宇宙進出、ピッグス湾事件、キューバ・ミサイル危機、ケネディ暗殺、キング牧師のワシントン大行進など、著者は選挙権を持つ年齢になる前に、これらを取材する立場にいた。

著者が最も情熱を注いだのは、地元と全米で広がりを見せていた公民権運動だった。町内会の集会を取材しているうちに、黒人コミュニティーが隔離されていることに気づいた。自社に黒人記者がいないことも意識するようになった。スター紙は、どちらかというと保守的な新聞だったが、著者は人種問題に真摯(しんし)に取り組み、一人前の記者になりたいという思いを強めていった。

スター紙の記者たちは、自分たちが書く人々や地域のことを本当によく知っていた。当時、ワシントン・ポスト紙よりもスター紙が信頼されたのは、読者の生活に密着した正確な記事が掲載されていたからだという。

著者は、学校にはほとんど行かず、一人前の記者になるため、ニュースルームでの仕事を最優先していた。高校はどうにか卒業したが、メリーランド大学を成績不良で追い出され、ベトナム戦争への徴兵を免れるために国家警備隊に入隊した。

スター紙は、著者の才能と行動力を認めていたが、大学卒でないことを理由に記者として採用しなかった。彼のキャリアは、ジャーナリズムが労働者階級のタフな男のための職業から、アイビーリーグから採用されるより上品な職業へと移行した時期と重なる。大学を卒業していなければ、記者として採用されないことを悟った著者は退社を決意する。「私はスター紙を愛していたが、スター紙は私に愛を返してくれなかった」と著者は振り返る。スター紙を去った後は、ニュージャージー州の地方紙で短期間働き、結局、1966年秋にはワシントン・ポスト紙に記者として採用された。その後ウッドワードと共にウォーターゲート事件を暴き、全米で最も有名な記者の一人となる。

巻末の謝辞のページでは、スター紙の記者をはじめ本書に登場する人々のその後が記されている。特に、直属の上司でスター紙のシティ(ワシントンD.C.)セクションの編集長だったシドニー・エプスタインには、その後の記者としての人生に最も影響を与えた人物として最高の賛辞を送っている。

著者の報道に対する考えが記されているのが興味深い。優れた報道とは、「あなたが考え出した真実の最良のバージョンである。それはただ単にばらばらの事実を並べるということではなく、真実を損なうようなアプローチでもなく、ストーリーに前後関係を持たせる方法を見いだすこと」「自分の意見に関係なく、粘り強く耳を傾け、広い心で観察することによって、できる限り真実に近づけること」と著者は語っている。

しかし、若い記者へ向けたアドバイス集のような本ではない。著者は一人の青年のキャリアの形成期の体験をありのままに描き出すことで、ジャーナリスト魂を読者に伝えている。当然ながら、ニューヨーク・タイムズ紙を始め、多くの新聞で絶賛された。報道に携わる人々、1960年代の米国の歴史に興味のある人には、たまらなく魅力的な本だろう。


米国のベストセラー(eブックを含むノンフィクション部門)

1月30日付The New York Times紙より
『』内の書名は邦題(出版社)

1 The Body Keeps The Score
『身体はトラウマを記録する』(紀伊国屋書店)
Bessel van der Kolk
ベッセル・ヴァン・デア・コーク
トラウマによる脳の改変のメカニズムを解説し、革新的な回復法を紹介。

2 Unthinkable
Jamie Raskin ジェイミー・ラスキン
トランプ前大統領の2度目の弾劾訴追を主導した米下院議員の回想録。

3 The 1619 Project
Edited by Nikole Hannah-Jones, Caitlin Roper, Ilena Silverman and Jake Silverstein
ニコル・ハンナジョーンズ、ケイトリン・ローパー、イリーナ・シルバーマン&ジェイク・シルバースタイン編
米国の奴隷制度とその遺産に関するエッセーや詩からなる作品集。

4 How Civil Wars Start
Barbara F. Walter バーバラ・F・ウォルター
米国で第2次内戦の可能性が高まっていると、政治学者が警鐘を鳴らす。

5 Greenlights
Matthew McConaughey マシュー・マコノヒー
アカデミー賞受賞俳優が35年以上にわたってつづった日記の抜粋。

6 Will
Will Smith with Mark Manson ウィル・スミス&マーク・マンソン
俳優、プロデューサー、歌手の著者が語る半生とその過程で得た教訓。

7 Crying in H Mart
Michelle Zauner ミシェル・ザウナー
韓国系米国人ロックスターが自らのアイデンティティーを確立するまで。

8 Chasing History
Carl Bernstein カール・バーンスタイン
ピュリツァー賞受賞作『大統領の陰謀』の共著者による回想録。

9 All about Love
bell hooks ベル・フックス
フェミニストの象徴だった故人が二極化する社会の原因と愛の意味を探る。

10 The Storyteller
Dave Grohl デイヴ・グロール
ニルヴァーナやフー・ファイターズでの活動で知られるミュージシャンの回顧録。