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「私がCEOになったら」4分スピーチ 介護経験が生んだ「心から出てきた言葉」

令和の時代 日本の社長
フューチャーアーキテクトの神宮由紀社長

■介護から復職、経営トップに

――神宮さんは、いちど退社して、復職後に経営トップに起用されました。日本企業では異例の経歴といえるかもしれません。

私のような経歴はあまりいないと思います。大学を卒業後、3年ほど別の会社でプログラマーとして勤め、1998年にフューチャーシステムコンサルティング(現・フューチャー)に入社しました。フューチャーでの仕事には非常にやりがいを感じていましたが、2012年に家族の介護のため、13年働いた会社を退社し、地元の長崎県に戻りました。それから2年間は付きっきりの介護の日々でした。

――2014年には、日本マイクロソフトに入社し、仕事に復帰されました。

介護が一段落したので、長崎から東京に戻ってきました。フューチャーに復帰する道もありましたが、「介護が理由とはいえ、せっかく辞めたのだから、他の会社を見るよい機会かな」と思い、いろいろな会社を見て回りました。

長崎で過ごした間に、IT業界は「クラウド」「AI」「IoT」などの大きな波が押し寄せていて、正直、自分は取り残されてしまった、と感じましたね。でも、環境がこんなに大きく変化したのであれば、私もまったく違う環境に身を置いてみたいと思い、創業から間もないベンチャー企業に行くか、もしくはグローバルな企業に行くかの、どちらかだと考えました。

ちょうどそのころ、マイクロソフトがクラウド事業にかじを切るなど、従来の経営方針に変化が生まれていました。グローバル企業が様変わりする様子を内部から見てみたいと思い、日本マイクロソフトに入社を決めました。

――ビジネスの最前線に戻ってきて、仕事のブランクは感じませんでしたか?

仕事の感覚が戻るかどうか不安はありましたが、「いざ仕事だ」となると、意外なほどにスパッと戻れました。自転車に長いこと乗っていなくても、乗れますよね。そんな感じでした。

■「シークレット企画」、じつはトップ選びの一環

――そして、2017年には古巣のフューチャーに戻りました。

フューチャーの創業者である金丸(恭文氏、フューチャー会長兼社長・グループCEO)や、かつての仲間から「そろそろ戻ってきたらどうか」と声をかけられたのが、きっかけです。17年にフューチャーに再入社し、グループの中核企業であるフューチャーアーキテクトに執行役員として迎えられました。

――2019年にはフューチャーアーキテクト社長に就任されました。どんな選考過程だったのでしょうか? ユニークな選考プロセスもあったとのことですが。

正式な選考プロセスはしかるべき手順を踏んでいますが、ユニークな選考プロセスというのは、次期CEOにふさわしいリーダーを全社員で投票する、というイベントのことですね。
フューチャーでは、その年の最も優れたプロジェクトを全社員で投票して決めるというイベントを毎年12月に開催しています。18年は創業30周年の直前ということでハワイで開催しましたが、まさにそのときの「シークレット企画」でした。

――ハワイでのイベントのシークレット企画が、社長選びの一環だったのですか?

そうです。シークレット企画だったので、参加していた社員からすると、イベント感覚だったかもしれません。でも振り返ると、「社長選び」のプロセスの一つでしたね。

ハワイで開いた社内イベントの様子。右から2番目が神宮由紀社長(フューチャー提供)

あの時は、開催日の直前に突然、イベント事務局の有志の社員から連絡があり、「自分がCEOになったらフューチャーをどんな会社にしたいのかを、持ち時間4分でスピーチしてください」と言われました。私は当時、仕事が非常に忙しかったので、「辞退させてほしい」と伝えましたが、「そういうわけにはいきません」と必死に頼まれたので、「これは断れないな」とプレゼンすることにしました。これも当日になってわかったのですが、ノミネートされたのは8人でした。

■心から出てきた「多様性」という言葉

――結局、どのようなプレゼンをしたのですか?

「多様性」と「リスペクト」をキーワードに、社員に語りかけました。多様性という切り口は、8人のなかで私だけだったように思います。

一般論でいうと、会社というものは、同じところにいると、どうしても「同質化」されていきがちですが、私は以前からもっと多様性を認め合い、違いを取り込んでいく組織にしたいと考えていました。まさに、D&I(ダイバーシティー・アンド・インクルージョン=多様性と包摂)ですね。

多様性には、一人ひとりの個性やスキルの多様性もあれば、働き方の多様性もあります。私自身、介護でいったん会社を辞めましたが、いまだったら辞めずにリモートで働くことができたはず。当時はまだそういう環境になかったので、あきらめざるをえませんでした。

自分に能力がなくて仕事をあきらめるのなら仕方ありませんが、「自分はやれる」状態だったにもかかわらず、あきらめなくてはならなかった。また会社にとっても、13年間にわたって私という人材を育ててきたわけですから、身につけた知識やスキルをどんどん会社のために生かしてほしいはずなのに、それができない。お互いに損失になっていると感じました。だから、私がもしCEOになったら、それぞれの事情にあわせた柔軟な働き方を推進したいと訴えました。

あと、マイクロソフトで働いたことは貴重な経験になりましたね。グローバル企業は、多様なバックグラウンドを持つ人たちがいる前提で組織づくりをしています。頭では分かっていましたが、実際に働いて、中から組織運営をみることで、より綿密に組織づくりを考える必要があると実感しました。

ですから、企業を強くするために、D&Iが絶対に必要だというのは、私の「心から出てきた言葉」でした。

■型にはめず、「よさ」を見つける

社員の家族を職場に招待するイベントに参加し、談笑する神宮由紀社長(一番左)=フューチャー提供

――日本企業を見渡してみても、40歳代の女性の経営トップはまだ多いとはいえません。社長になったとき、気負いのようなものはありましたか?

気負いというより、私らしくやってみようという「覚悟」でしょうか。私が自分で得意だと思っているのは、その人の「よさ」を見つけて、それを最大限に伸ばすことです。これは絶対にやろう、と心に決めて社長に就任しました。

また「会社はこうあるべきだ」とか「幹部はこうじゃないといけない」といったことを画一的に決める必要はないし、規律を守ったうえで、減点主義ではなく加点主義で人を評価すべきだと考えています。何か基準をつくって、そこにあてはまらない人たちを減点方式で排除していくのでなく、本人も気付いていないような「よさ」を引き出し、その人がいちばん輝けるようにすること、そして、みんなにチャンスを与えることが、上司の役目だと思うのです。ですから、あまり型にはめないで、組織にいるいろいろなタイプの人の、それぞれの「よさ」をたくさん見つけていきたいですね。

互いの「よさ」を認め合いリスペクトできるようになったら、その会社は絶対に強くなるのではないでしょうか。

――働き方の多様性という観点で、社内の状況を教えてください。

ITコンサルティング業界というと、ハードな仕事というイメージがありますが、フューチャーでは、みんな「めりはり」のついた働き方をしているように思います。例えば、プロジェクト責任者であっても、「子どものお迎えがあるので、この時間帯は仕事から離れます」ということをごく普通に、オープンに言えます。
女性の育休取得率が100%という企業は多いですが、フューチャーは男性の育休取得率も高くて、直近のデータでは63%と平均を大きく上回っています。しかも取得期間が長く、2カ月、3カ月はもちろん、半年という人もいます。

――日本企業では珍しいと思います。

日本企業では短期間の育児休暇を取得する方が多いですが、期間が短いと、「休み明けに溜まった仕事をやらなきゃ」と思ってしまいますよね。でも2~3カ月、半年と長期になれば、そういうわけにはいきません。念入りに準備をして休める態勢を整えてから、休暇に入ることになります。

またこの業界は、まだまだ女性が少ないのが現状です。ですから、子育てしながら働いている女性の社員同士が情報交換できるように、定期的にオンライン座談会を開いています。私もできるだけ参加して、何か困っていることがないかを聞くようにしています。

――「社員と話す」というお話が出ましたが、社長になると、現場社員との距離が遠くなるのが一般的です。どうやってコミュニケーションをとるのですか?

私たちの社内では、複数の人が同時にリアルタイムでやりとりできる「チャット」を身近なコミュニケーションツールとして使っています。ワーキンググループや部署ごとにチャットがあり、私もそこに入っていって、どんどんやりとりをしています。

1200人ほどの社員全員が、私にチャットで直接アクセスできますし、チャットを通じてプロジェクトの進行状況や課題を全員で共有するようにしています。情報のやりとりは、なるべくオープンなかたちでするように心がけていますね。

――1200人規模の社員とダイレクトにつながると、返信も大変ですね。

移動中などちょっと時間があると、スマホやタブレットなどで確認して返信するようにしています。経営はスピードが大事です。例えば、社内会議のアジェンダを事前にチャットで共有しておけば、実際の会議の場では説明を簡単に済ませて、議論に集中できますし、物事をスピーディーに決めることができます。チャットのようなツールを駆使することで、コロナ禍でも活発にコミュニケーションをとっています。

組織が大きくなると、経営陣と社員の意思疎通が難しくなるという話をよく聞きますが、そういう意味でフューチャーは、創業から30年以上が経ち事業規模が大きくなった今でも、フラットでオープンというカルチャーはベンチャー企業に近いです。

――日本企業における女性活躍の面では、まだまだ課題が多いです。

1986年に施行された男女雇用機会均等法の「第一世代」の女性たちが、いま定年期を迎えておられると思います。第一世代の方々はそれぞれの職場で大変だったと思いますが、そうやって新しい時代を切り開いてくれた先輩たちのおかげで、世の中が変わっていきましたし、いまや「D&I」が世界の潮流にもなっています。日本企業も変わっていかないと世界に遅れをとってしまうという危機感は、だれもが共有していると思います。

今後は、女性はもちろん、個々の能力を発揮し活躍してもらわないと、どの企業も未来はありません。「きれいごと」ではなく、本気で取り組まないとこの先、生き残れないのではないでしょうか。あと10年もすれば、景色はすっかり変わっているのではないかと思います。

――社長として、フューチャーアーキテクトをどんな会社にしたいですか?

日本で最も多様性が進んだ会社にしたいですね。社員一人ひとりが個性を発揮し、誰もが活躍できる会社を目指したいです。もともと、その素地はあると思うので、それをさらに深化させていくのが、私の使命だと考えています。

そして、当然ですが、会社をもっと成長させなくてはと思っています。私たちはいま金融、流通、アパレル、エネルギーなど様々な業界のビジネス改革をサポートしています。日本が遅れているDX(デジタルトランスフォーメーション)の現状を変えていくには、私たちのような会社が、もっと多くの仕事をできるようにならないといけません。ITの力で、日本の変革を後押ししていきたいです。