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「便利になるのはいいことだ」本当か AI研究者があえて薦める「不便の益」

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「かすれるナビ」の画面。同じ道を通るたびに、白くかすれていく=平岡敏洋氏提供

京都先端科学大の川上浩司教授(56)は、不便益を「時間がかかるようにする」「アナログにする」などで不便にすることで、「発見できる」「主体性が持てる」といった益が得られることと定義する。「『楽じゃないけど楽しい』のは不便益です」。自身はスマホどころか携帯電話すら持ったことがないといい、「携帯電話がない不便に益はあるか実験中」と笑う。

京都先端科学大学の川上浩司教授=京都市、星野眞三雄撮影

もともと京都大・大学院で、AIや効率化、自動化を研究していた。助教授になった当時はバブル崩壊の後で、自動車や電機メーカーはライン生産方式による大量生産から、セル生産方式の多品種少量生産に移行しつつあった。1人や少人数で複雑な機械を組み立てるのは難しい作業で、流れ作業より不便だが、スキルやモチベーションが向上する益があると気づいた。

京大の特定教授のときは、学生たちと京都で「左折オンリーツアー」を企画した。目的地へ歩いて移動するのに右折はダメ、というルールだ。碁盤の目の街なので、左折を3回すれば右折と同じことになる。左折だけを繰り返していると、いつのまにか細い路地に入り込む。「目的地へ最短で行くのではなく、回り道することで新たな発見がある」と語る。

「富士山にエレベーターができたらどうでしょうか?うれしくないですね。観光名所を次々めぐるツアーは意外と記憶に残らないが、トラブル続きのトラベルは忘れません。旅とは目的地に行く過程を楽しむことでもある。ドラえもんの『どこでもドア』があったら、旅なんておもしろくないものになるでしょう」

通った道がうすくなっていくカーナビを川上さんとともに考えたのは、京大時代の研究室の後輩で、東京大の平岡敏洋特任教授(51)だ。速く通った道は小さな白い丸を、ゆっくり通ったときは大きな白い丸を打つ仕組みで、同じ道をゆっくり3回通れば真っ白になって見えなくなる。「情報がナビにあると思うと道を覚えないが、消えてしまうかもしれないとなれば覚えようとする」と発想した。

「かすれるナビ」の画面。同じ道を通るたびに、白くかすれていく=平岡敏洋氏提供

歩行者用にこの「かすれるナビ」をつくり、京都で町歩きの実験をした。学生が被験者について歩き、通ったところの写真を撮影。町歩きの後、違う道の写真とあわせてどちらを通ったか聞くと、かすれるナビを持っていた人の方がふつうのナビの人より正答率が高かった。

平岡さんは、いま研究開発に取り組む自動運転システムでも「不便益の視点が重要だ」と考えている。

自動運転のレベルは5段階あり、レベル2まではシステムが人の運転を支援するという位置づけだ。レベル3ではシステムが自動運転するが、緊急時には人が運転を代わる必要がある。レベル4になると、限られた条件でタクシーやバスを無人で運行できる。「レベル3になれば、運転する機会がほとんどなくなる人間の運転技術は落ちていく。システムが運転できないような緊急時に人が対応できないおそれがある、というジレンマを抱える。便利が害になるパターンだ」

平岡敏洋・東京大学特任教授=東京都目黒区、星野眞三雄撮影

平岡さんは「決まった時間に着かなければならないときに、かすれるナビは不便だが、便利になると道を覚えなくなる。どちらがいいか、多様な選択肢が求められる。ただ、自動運転は生き死ににかかわるので、安全性が一番大事だ」と指摘する。人が運転してシステムが支援するかたちを基本にすれば、手間はかかるが、いざというときに人間が対応できるという。