■製鉄の街に日本との縁
殺風景な工場を想像していたが、真新しいスターバックスがある。旅は始まったばかりだが、早速、一休み。隣のテーブルで作業服の年配社員がカジュアルな服装の若い社員に説教していた。会社なんて、どの国でも同じなのかもしれない……。
ポスコの前身は浦項製鉄所。初の高炉は日本が国交正常化の際に支払った経済協力資金を元につくられた。日韓関係が悪化している中でも、歴史館の解説員はこうした背景に丁寧に触れていた。
浦項製鉄所の資金で設立された浦項工科大学(②)を訪れた。「未来の韓国科学者(?)」と刻まれた台座がある。卒業生がノーベル賞を受賞した時、「?」に名を刻み、上に銅像をしつらえるのだ。ただ韓国人の自然科学系の受賞はまだない。何かと日本と比べられるが、ここで学ぶユ・ヒョンさん(24)はそんなことより楽しみの方が大事、とさわやかだ。「入学式や卒業式では上に立って写真を撮るんです」
次に訪れたのは竹島市場(③)。浦項には日本海に浮かぶ孤島・鬱陵島への航路がある。鬱陵島は竹島(韓国名・独島)への観光拠点。そんな浦項に「竹島」市場があるのが変な感じだ。一角には東京電力福島第一原発の処理水の海洋放出に反対する横断幕もあった。「放出されたら消費者は反発するでしょう」。刺し身屋を経営するイ・ソンハさん(48)は心配していた。
サンマの干し物「クァメギ」が珍味として有名だ。創業20年のお店(④)に入ると、切り盛りするのはキム・ヒョンビンさん(26)という若者。SNSで発信して都市部への配達を増やしているが、「やっぱり大都会のソウルで店を開きたい」。若者の夢も、どの国でも同じようだ。
浦項は小さな漁村だった。1900年代初め、九龍浦(⑤)地区に日本人街ができた。今も日本家屋や神社の石段が残る。負の遺産ではあるがレトロ感を活用して整備。最近はドラマ『椿の花咲く頃』のロケ地になり、平日でも大勢が訪れる。引っ越してきたシングルマザーと地元の警察官の恋を中心に、温かな人々のつながりにミステリーがかみ合った作品で、日韓で人気だった。キム・スンエさん(75)は4年前から案内のボランティアをしている。「見知らぬ人と話すのは楽しいものです」。新型コロナウイルスが収まり、日本人の観光客と話すのを楽しみに待っている。
■冷や汁風の一品
韓国の東海岸ではイカ(オジンオ)が有名だ。浦項に来たなら、イカの刺し身を冷や汁風にした「オジンオ・ムルフェ」は外せない。
ユン・イルマンさん(61)が経営する店(⑥)に入ったのは午前11時すぎ。「まだイカが届いていない。でも、すぐですよ」。待つこと約5分。店の前に活魚車がとまり、店の水槽にイカがお出ましした。ユンさんがすぐにさばく。
銀色の大きな器に、透明なイカの刺し身、きゅうり、ネギ、のりが盛られている。この店の「売り」は凍らせてシャーベット状にしたコチュジャン入りのスープ。お好みの量を入れ、ビビンバのように混ぜる。口に含むと、キリっとした冷たさの次に甘さ、辛さの順に広がる。イカのコリコリした食感もいい。ゴマ油の香りでご飯も進む。
動画配信サービス・ネットフリックスの韓国ドラマ『イカゲーム』が世界でヒットしている。だからといったわけではないが、イカが元気な今日このごろだ。
今年に入って日韓で人気となった韓国ドラマ『海街チャチャチャ』の撮影も浦項で行われた。ソウルから移り住んだ歯科医の女性と何でも屋の男性のラブコメ。セリフからにじみ出る情の厚さや人生の教訓も好評だった。崑崙山展望台(⑧)からはその舞台を一望できる。頂上までの坂道は急だが、カップルたちに人気だ。
九龍浦の近くに虎尾(⑦)という岬がある。韓国では朝鮮半島の形が虎にたとえられることがあり、そのしっぽに位置するからとされる。最東端で日の出が最も早く見られるため、初日の出を拝む名所でもある。海中からにょきっと突き出した巨大な手のモニュメントと日の出を一緒に撮影するのが、お決まりの構図だ。(ソウル支局長 神谷毅)