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「本業をつぶす気か」と言われたけれど ANAがなぜ「移動しなくていいサービス」?

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遠隔地にいてもアバターを使って作品を鑑賞できる=10月13日、神奈川県箱根町の箱根の森美術館、中村靖三郎撮影

神奈川県箱根町。箱根ガラスの森美術館を10月に訪れると、館内を4輪のタイヤがついたロボット(アバター)が動き回っていた。オンラインでつながったパソコンから「瞬間移動」サービスの利用者が操作している。

利用者のパソコン画面では、金彩を施したグラスが神秘的な光を放っている。ルネサンス期に花開いたベネチアングラスの収蔵品約1千点の一つだ。

「これがあるのは日本でうちだけです」。学芸部主任の柳井康弘さんが誇らしげに示した。3000円を払うと、30分間、アバターをアテンドする学芸員を独り占めして解説を聞き、質問できる。

神奈川県箱根町の箱根の森美術館、中村靖三郎撮影

サービスを提供するのは、ANAホールディングスの子会社「アバターイン」。2018年にプロジェクトを立ち上げ、20年4月、会社を設立した。水族館や百貨店などで実証を重ね、今秋までに、全国9施設で開始にこぎつけた。

アバターの見た目はシンプルだ。「頭」はタッチパネルの画面で利用者の顔を映す。上下に動き、スピーカーやマイクでやりとりできる。円筒形の「胴体」はタイヤで動く。AI、通信など最先端技術が詰め込まれているという。

事業化は、ANA社員だった深堀昂さん(アバターイン最高経営責任者)と梶谷ケビンさん(同最高執行責任者)が16年、米XPRIZE財団主催の国際コンペに参加したことがきっかけだった。

深堀さんたちはこう考えた。世界人口約80億人のうち飛行機に乗る人は約6%(推計)だけ。環境負荷も大きい。より多くの人により気軽で持続可能な新しい移動を提供できないか――。たどり着いた答えが「瞬間移動」だった。

最初は本気で物理的な瞬間移動を考えた。量子テレポーテーションの専門家を訪ねると、技術的には「100年先」と言われた。そこで考えたのが「人の意識と存在感だけを伝送する」こと。世界中の行きたい場所にアバターを置いていけば、誰もが自由に「移動」できるというわけだ。

ANA社内で提案すると、抵抗は大きかった。「本業をつぶす気かと。理解を得るまでけっこう時間がかかりました」。当時を振り返って深堀さんは笑う。

アバターインの深堀昂・代表取締役CEO

航空業界はこれまでも、Eメールやテレビ電話会議システムなど、新しい技術が世に出るたびにざわついた。「出張がなくなるのでは」。だが、ビジネスや人の交流はむしろ活発になり、以前より利用は増えた。「アバターで体験することで、実際にそこに行ってみたくなる人は間違いなく増える」。短期的には、アバターが飛行機の新たな需要を掘り起こす、と深堀さんは考える。

さらに深堀さんは、この先の「移動」は二極化していくとみている。移動自体が思い出や目的となる家族旅行などのリアルな移動はますますプレミアムなものに。逆に、1週間の出張で何カ国も回らなければいけないような過酷で「したくない移動」はなくなる。

「プレミアムな移動はぜひ飛行機で。『したくない移動』はぜひアバターで。そんな提案をしたほうが、これからのライフスタイルにあってくるのではないかと思います」

秋から走り出したサービスは、試行錯誤をしながら改良を加えている段階だ。これまでの実証実験では新型コロナの隔離病棟で回診や、遠隔介護の見守りやみとりにも使われた。「お客様が考えられる使い方は無限にある」(深堀さん)。10月に中東で初めて開幕したドバイ万博の現地の日本館でも登場する。