貿易のみならず、人権問題や台湾海峡及び南シナ海域の安全保障など、米中対立が収まりそうにない。かつての米国の対中関与政策は、今や見る影もない。国際メディアでの発信力でも、重大な角逐が繰り広げられている。
角逐といっても、圧倒的に米側が優勢だ。中国語母語人口14億人に対して英語母語人口は3億人。それが中国語を話す外国人と英語を話す外国人となると3億人対14億人と逆転する。国際報道で使われる言語は英語だ。参照頻度の高いメディアも大半が米大手だ。中国は国内で連日、米国批判報道をし、中国を支持する途上国も増えつつあるが、言語とメディアのヘゲモニーが英語と米国に握られている大勢は揺らいでいない。
7位『世界に中国の声を正しく伝える』の著者王冠は、AP通信北京支社テレビニュース部からCCTV(中国中央テレビ)に転じ、2011~19年はワシントンに駐在。現在はCGTN(中国国際テレビ)の人気キャスターだ。米国留学中は国を越えた友情を満喫したのに、赴任すると中国政府のスパイかと警戒された上、白人の傲慢と敵意にさらされ、偏見に満ちた中国報道に切歯扼腕(せっしやくわん)する日々だったと嘆く。
そこで王冠は西側メディアの中国報道を定量分析し、中国に対する悪意ある誤解が再生産されていく仕組みを解き明かしてみせる。対象にしたのは南シナ海のフィリピンとの領有権をめぐる仲裁裁判所の裁定や、「二つの中国」を扇動する台湾関連の意図的報道、「一帯一路」の報道姿勢などだ。
その結果、識者コメントの数では欧米人が中国人を遥かに上回り、多くは米保守系のCSIS(戦略国際問題研究所)所属だった。中国側の反論には「プロパガンダ」のラベルを貼って国際世論のアリーナから締め出そうとしており、その背景には「黄禍論」以来の人種差別意識と共産主義アレルギーがあると見る。
発信力を奪回する東方のメディアとして、カタールのアルジャジーラとロシアテレビの例を挙げる。大仰な中国話法は、さりげなく暗示するアメリカ話法に学べとの提言も。日本メディアに言及はないが、米国依存の話法になってはいないだろうか。本書が中国報道を見つめ直す契機になれば幸いである。
■中国共産党100年、漫画でたどる歴史
2021年の今年は中国共産党建党100年。7月1日の天安門広場での習近平国家主席の演説を含む記念式典を始めとして、さまざまなイベントが開かれている。テレビでは連日、党史に関わるドキュメンタリーやドラマが放映されていて、いったい何人の毛沢東のそっくりさんを見たことだろう。
党関連の施設の一般公開や、革命関連の名所を訪ねる「紅色旅游」も目白押しで、100年前の1921年7月23日、共産党第1回大会が開かれた上海のその場所に、6月3日、「中共一大紀念館」がオープンした。早速訪ねてみると、五つの展示スペースに分けられ、アヘン戦争から始まる大掛かりなもので、1168件もの展示物がある。団体参観者も多く、入党宣誓書が掲げられた場所では、拳を振り上げて写真に納まる人や団体がひきも切らない。
中国には昨年末時点で9191万人の党員がいるが、最近は入党審査が厳しくなっているという。党員志望の大学生は党の規律・思想・歴史・組織機構などを教える科目を履修するほか、党関連の博物館の参観、党史学習、愛国主義教育映画鑑賞などの研修を受けなければならない。
出版活動においても、建党100年に関する数多くの新刊書が連日のように出版されている。リスト1位の『漫画百年党史・天地開闢(原題は開天闢地) 1921-1949』もその一つで、イラストと解説文で中国共産党の成立から中華人民共和国の成立までをたどる。
制作は「30分漫画」シリーズで科学知識から歴史までありとあらゆるテーマを漫画化し、大ヒットを飛ばしている陳磊。さらに本書には元中共中央文献研究室副主任で、中国中共文献研究会の副会長を務める陳晋が監修役として脇を固めている。したがって、漫画とはいえ中国共産党オフィシャル版党史といってよい。とはいえ、絵のタッチは柔らかく、時折ギャグも交えた肩ひじ張らない仕上がりになっているのは、さすが陳磊の画力のなせる業である。
オフィシャル版であるから党史の解釈や視点に新味があるわけではない。アヘン戦争の屈辱から起こして、理不尽な日本の21カ条要求に憤慨して五四運動が起こり、中共が成立し、国共合作により革命を起こし、合作が決裂すると中共は土地革命に専念し、国民党の殲滅作戦を逃れるために延安までの大長征に踏み切り、西安事件を契機に全民族の抗日戦争を戦い、解放戦争で国民党軍に勝利し、新中国が成立するというストーリーだ。新事実が盛り込まれているということもない。ただ中共成立の前史として、陳独秀と李大釗に比較的多くの紙幅を割いていることは、従来の党史からすれば新味ではあるかもしれない。とはいえそれも近年の党史叙述の新傾向を反映している。
国民党や蒋介石の描き方については、特段大きな変化は見られないようだ。共産党の力量を見くびり、陰険なまなざしで共産党員を信用せず革命を妨害し、統一戦線を組もうとはせず、群衆の力を恐れているという否定的な見方に彩られている。
そこで本書には全く描き込まれていない、日本共産党との比較の視点を通して本書が描くところの中国共産党の歩みに見られる個性を浮き彫りにしてみたい。
まず中国革命の背景に、労働社会階級が帝国主義・封建主義・官僚資本主義の三重の圧迫により劣悪な生存状態に置かれていたということについては、日本で社会主義が受け入れられる背景についても、帝国主義・封建遺制・独占資本主義があったように、共通性がある。ただし日本の場合の帝国主義は外に対する拡張主義であるのに対して、中国の場合は自国に対する併呑や侵略を意味している。
次に共産主義が普及する契機としてマルクス主義の導入と1917年のレーニンが主導するロシア革命の成功も共通する。ただし、中国の場合は本格的な導入は陳望道による『共産党宣言』の日本語版からの翻訳で(陳磊の本書では英語版も参考にしたと書かれている)、1920年のことである。それに対して、日本での幸徳秋水・片山潜訳の元本の出版は1904年とはるかに早い。
中国共産党は1921年7月にコミンテルン中国支部として、日本共産党は1922年11月にコミンテルン日本支部として成立・承認された。だが、漫画ではこのコミンテルンとの関係が全く記述されていない。漫画でも特筆されているように、1935年1月、貴州省遵義での中共中央政治局拡大会議において、左傾(コミンテルン派の王明路線を指す)の誤りが批判され、毛沢東の方針の正しさが認められ指導的地位が確立した。その路線闘争が党史を遡っての描き方に反映しているのであろう。
1924年、第1次国共合作がなされ、北伐を進め、蒋介石は反共反革命に転じると、1927年、中共は江西省南昌で武装蜂起に踏み切る。この時、毛沢東は「政権は銃口から生まれる」との論断を提示した。中共は自らの軍隊を持ち武装闘争を展開することを党是とした。いっぽう日共は労働運動などで武装闘争を鼓吹したものの、武器を常備することはなく、組織的長期的なものではなかったし、軍隊を保持したこともない。
国民党の執拗で計画的な殲滅作戦を受けて、1934年、中共は最終的には延安を目指して大長征を行い、延安に政府を樹立して抗日戦を戦い抜き生き延びる。いっぽう日共は政府の大弾圧を受け、大量の検挙・逮捕者を出し、1933年に獄中の大量の転向者が出たことで、党組織は壊滅状態となる。中共は1935年の瓦窑堡会議で抗日民族統一戦線の策略を打ち立て、翌年の西安事件で第2次国共合作が実現する。日共は建党以来このかた、いかなる党とも連立共闘を組んだことはない。壊滅状態にあった日共が再建するのは、日本の敗戦と連合国軍総司令部(GHQ)の占領により獄中の非転向者が釈放されてからのことであった。
このように同じ100年の歴史を有しながらも、また類似した歴史的起源から誕生しながらも、両国の共産党は、互いに異なった独自の歩みをたどり、個性ある風貌を刻んできたのである。
■長江が育んだ文明の遥かな旅路
日本では文化を江戸と上方というように東西で分ける。中国では南北に分ける。その境界線は、正しくは東の淮河(ワイガ)と西の秦嶺(シンレイ)山脈を結ぶ線とされているが、長江といった方が通りが良い。境界線の南北では気候・風土・体格・性格・飲食などが非常に対照的である。北方は寒冷で乾燥し、広漠とした大地が広がり、大柄で外向的で大らかな人が多く、麺や饅頭など小麦を主食とする。南方は温暖で湿潤、緑地に恵まれ、小柄で内向的で繊細な性格の人が多く、米を主食とする。
中華文明のことを華夏文明とも言うように、中国古代文明は中原の夏王朝から始まって黄河を中心に広がったとされる。中国を代表する伝統芸能としてよく取り上げられる京劇、農民の舞踊、相声(中国式漫才)などは、すべて北方由来のものである。北方偏向である。
だからといって長江を中心に広がった文化伝統が北方に比べてマイナーかというと決してそのようなことはない。そもそも日本は北方中国よりは南方中国の方が縁が深い。稲作は長江中下流域が起源とされており、日本にも弥生時代に定着した。禅宗を始めとする仏教は長江下流域の寧波を拠点に僧侶が伝えてきたものだ。中国大陸を北から南に旅し、長江を渡って、湖沼や緑地が広がる風景を見、潤いを含んだ空気を吸うと、なにやら人心地が着いたような懐かしい気分になる。芥川龍之介や谷崎潤一郎などの作家や文人墨客は、北方の荒涼とした風景よりも、江南の景色に詩情をそそられ、好んで訪れてきた。
黄河にせよ、長江にせよ、大河は豊饒な文明を育む揺籃。チグリス・ユーフラテス河はバビロニア文明を育み、ナイル河はエジプト文明を育み、インダス・ガンジス河は古代インド文明を育んできた。まして長江は全長6397キロメートル、流域面積180万平方キロメートル。水量は世界第3位で、黄河と比べて20倍もある。「南水北調」という長江の水を黄河に引く全長1432キロメートルの運河は2014年に全面通水し、北方の慢性的水不足の解消に寄与している。近代以降は長江一帯は経済ベルトとなり、今やその規模は上流の青海省から河口の上海市まで11の省市に跨り、国土面積の21%、人口の40%を占め、GDPは中国全体の47.6%に達する。
本書『長江文明』は、「自然としての長江」「長江の源流と支流」「世界の大河文明縦覧」「文化区分」「文明の発展」「水運交通」に分けて、長江の源流から上中下流域までその自然地理の概要と、文化文明の成立と発展の歴史をたどる。いわば大長江百科である。
有史以前においては、水量豊かな中下流域において、すでに彭頭山(ホウトウザン)遺跡から7700~9100年前の、河姆渡(カボト)遺跡から5300~7000年前の、良渚(リョウショ)遺跡から5000年前の稲作農業社会が形成されていたことを示す穀物標本や集落跡が見つかっている。そのほか河姆渡遺跡から7000年前の紡織工具が見つかり、銭山漾(センザンヨウ)遺跡では4140~4700年前の絹織物が見つかった。さらに上流の雲南・貴州・四川省から下流の河姆渡遺跡まで、数千年を経た茶樹が見つかっている。
広い流域面積と、無数の支流、多数の巨大な淡水湖沼を持つ長江が人類と共存するうえで重要なことは、水利工程である。水利施設の建設事業はすでに春秋時代に行われており、上流の四川省成都郊外では、秦の始皇帝の国家統一事業の一つとして、洪水を防止し、肥沃な成都平原で糧穀が安定的に生産できるよう、都江堰(トコウエン)という巨大な水利事業が行われた。都江堰は今も使われ、成都平原を潤し、食府四川の豊饒な農地を支えている。2000年にユネスコ世界文化遺産となった。
長江文明が育んだ文化遺産としては、奇想天外なロマン主義文学と、精緻で深遠な哲理思想が挙げられる。黄河文明の文化伝統と比較すると分かりやすい。戦国時代の山東地方の斉魯の孔子・孟子の厳格な儒家思想に対して、楚の稷下の気宇壮大な老子・荘子による道家思想がある。また謹厳な定型詩である『詩経国風』に対して、自由闊達な屈原の『離騒』がある。
南宋の時代から、文化の中心は北から南へと移動する。江南は経済の中心となり、都市が繫栄し、庭園が造られ、茶館が立ち並び、絢爛たる芸術芸能が開花した。朱子を始めとする宋明理学が隆盛を極め、明末清初の漢学までその学統は続いた。近代にいたっても、洋務運動で曽国藩によって近代式工場が建てられたのは江南であったし、辛亥革命が勃発したのは湖北省武漢で、革命は南から北へと席巻していった。
今、耳目を驚かしているのは、連日のように発掘報告が報道されている、上流の巴蜀文化に属する三星堆遺跡からの出土文物である。眼球の飛び出た巨大な金のマスク、長大な青銅の樹木、大量の玉器、そこには生息していないはずの海貝や海洋生物の青銅像、そして無数に敷き詰められた象牙……。いったいいかなる政治権力のもとで、いかなる文化伝統を継いで、何の目的で製作されたものなのか。2600~4800年前の遺跡とされ、黄河文明圏では商代末期頃の都城の跡とされている。出土文物は二里頭の夏文化、殷墟の商文化、周原の周文化のいずれとも劣らぬ質と量を誇り、文化交流の対象は黄河流域と長江流域に限定されず、遠く古代インドや中央アジア・西アジアからの影響も見て取れる。
雄大な長江の流れには豊饒な文化遺産が保存されており、広域かつ長期間にわたる交流の歴史が刻まれている。長江の自然地理と人文資産は、今なお汲めども尽きぬ中国南方文明の源泉であり、地下には豊富多彩な中華文明を実証する何筋もの鉱脈を秘めている。
中国のベストセラー(社会科学部門)
京東2021年9月新刊ベストセラーリストより
1 漫画百年党史・開天闢地 1921-1949
陳磊・混知団隊、陳晋
1921年の建党から中華人民共和国成立までの中国共産党史を漫画でたどる。
2 筆杆子是怎様煉成的:公文写作実戦
李永新
公務員や国営企業の受験生に向けた公文書の書き方講座。用例・文例が充実。
3 中華人民共和国安全生産法釈義
尚勇、張勇編
生産部門の事故を防ぐための法律を逐条解説。2021年に3回目の改正があった。
4 跟着文物穿越歴史:30件文物里的中国
張志浩
夏商から清代まで5000年の中国文明史を出土品・絵画・宝物などでたどる。
5 中国共産党党内法規滙編
中共中央弁公庁法規局編
現在有効な党内法規183部を集め、党章・組織・指導・建設・監督保障に分ける。
6 心態
頼安・戈特弗雷森 ライアン・ゴットフレッドソン
思い込みを捨て、積極開放に自己コントロールすることで開かれる成功への道。
7 譲世界聴懂中国
王冠
米国優位の多極政治のなかで、中国の声を世界に正しく届けるための技法とは。
8 長江文明
馮天瑜、馬志亮、丁援
源流から下流の上海まで、長江流域の多様な文化を通して中華文明を描く。
9 共産党宣言
馬克思、恩格斯 マルクス、エンゲルス
日本留学した陳望道の1920年初訳本。当時の注釈を添え建党100年に刊行。
10 中国共産党組織建設一百年
中共中央組織部著・編
建党から習近平政権にいたるまで、各時代の党組織の歩みと変遷を解説。