■国連総会演説でも強調
北朝鮮を巡る高官協議は9月30日にジャカルタで米韓、10月19日にワシントンで日米韓、同24日には再び米韓の枠組みで開かれた。関係筋によれば、日米韓の枠組みを強調したいバイデン米政権の思惑や北朝鮮による相次ぐ武力挑発の影響もあるが、韓国が終戦宣言にこだわっている事情が大きいという。
韓国の文在寅政権は2018年の米朝協議当時から、終戦宣言の締結を主張してきた。文大統領は9月の国連総会での演説でも「終戦宣言こそ、朝鮮半島で和解と協力の新しい秩序をつくる重要な出発点になる」と述べ、改めて関係国に締結を提案した。
関係政府筋の一人は「動機は極めて政治的。文政権が自分たちの主張の正しさを立証したいからだ」と語る。
文政権は2018年当時、北朝鮮が挑発を中断して平昌冬季五輪に参加したことなどから「朝鮮半島に平和が来た」と宣伝した。韓国は、南北朝鮮と米国の3者か、中国も加えた4者が、休戦状態にある朝鮮戦争の終結を宣言することを目指している。
これに対し、日米は従来、終戦宣言に慎重な姿勢を示してきた。北朝鮮が終戦宣言を契機に「朝鮮半島が平和になったのだから、在韓米軍も米韓合同軍事演習も要らないだろう」と言い出すことを恐れたからだ。米国務省のデトラニ元6者協議担当大使は10月25日のシンポジウムで、終戦宣言を行う場合は、在韓米軍と米韓同盟の話は切り離す必要があるとの考えを示した。
ただ、関係筋の一人によれば、米国は終戦宣言を提案する韓国を門前払いしているわけではない。
米国のサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)は10月26日の記者会見で終戦宣言を念頭に「(米韓は)正確な順序や時期、条件で、多少見解の違いがあるかもしれない」と語った。米韓の見解の相違を指摘する報道が相次いだが、この関係筋は「米国が終戦宣言について内部で検討している事実を示している」と語る。
バイデン政権は来年秋に中間選挙を迎える。78歳のバイデン氏は1期限りになるとの見方が強く、中間選挙で敗北すれば一気にレイムダックに陥る可能性が高い。外交では対中関係に集中せざるを得ない状況で、「北朝鮮にはできる限り、静かにしていて欲しいのが本音」(関係筋の一人)だ。
警戒する日米に対し、韓国政府は「終戦宣言は政治的なメッセージで、法的拘束力は発生しない」と説明している。終戦宣言が米韓同盟や在日米軍の法的地位に影響を与えず、米朝対話の契機になると判断すれば、米国も宣言に応じる可能性がある。関係筋の一人は「終戦宣言を求める動機は不純だが、利用価値があると思えば、米国が応じる可能性もゼロではない」と語る。
■北朝鮮は「思わせぶりな態度」
では、北朝鮮は何を考えているのだろうか。
北朝鮮は2018年から19年に繰り返し行われた米朝協議では、終戦宣言に興味を示してこなかった。米国が米韓同盟や在韓米軍の法的地位の変更を受け入れない、と判断していたからだ。
金与正朝鮮労働党副部長も9月24日に発表した談話で「終戦宣言は興味のある提案であり、良い発想だ」と評価。そのうえで「宣言には、互いに対する尊重が保障され、相手に対する偏見的な見方と悪質な敵視政策、不公平な二重基準がまず撤回されるべきだ」と主張した。これは、北朝鮮による弾道ミサイル発射などを国連決議違反とせず、米韓合同軍事演習の中止や国連制裁の緩和などを求めた発言だろう。
与正氏は翌日も談話を発表。北朝鮮の主張が認められた場合、終戦宣言はもちろん、2020年6月に爆破した南北連絡事務所の再設置、南北首脳会談なども実現するとの見方を示し、韓国を揺さぶった。
ただ、北朝鮮も強硬姿勢を長く続ける余裕があるようには見えない。制裁措置や新型コロナウイルスの感染防止のための国境封鎖などで経済は逼迫している。韓国の情報機関、国家情報院は10月28日の国会情報委員会で、今年の中朝貿易は9月時点で1億8500万ドルにとどまり、昨年同期の5億3000万ドルを大きく下回っていると報告した。物価も依然高い水準で、経済管理に支障が出ているという。
国情院によれば、北朝鮮の中央銀行は最近、紙幣を印刷する用紙と特殊インクの輸入が中断したため、臨時の金券発行に追い込まれた。限られた設備と資源にも関わらず、無理に工場を稼働させたため、平安南道安州市にある南興青年化学連合企業所の工場で爆発事故が発生した。消毒薬の不足から腸チフスなどの伝染病がまん延している。
北朝鮮は食糧難打開のため、全軍全市民を総動員し、例年よりも早い10月20日ごろに収穫を終了。金正恩氏は「コメ一粒まで確保しろ」「ご飯を食べる人間はすべて農村支援に向かえ」と指示したという。
北朝鮮は米韓同盟の弱体化を望んでいるが、強硬姿勢を続ければ、自分たちも苦しくなる。12月には金正恩党総書記の権力継承10周年も控えており、正恩氏の権威を高める政治的な成果も必要だ。国情院によれば、北朝鮮では最近、「金日成・金正日主義」とは別に「金正恩主義」という言葉を使い始めたという。
このため、北朝鮮がこれまで掲げてきた条件を取り下げて終戦宣言や南北首脳会談に応じ、韓国で次に生まれる政権が北朝鮮に融和的な「第2文在寅政権」になるよう誘導する可能性も残されている。韓国の朴智元国情院長も10月28日の国会報告で「個人的な見解」としつつ、北朝鮮が対話の前提条件を取り下げる可能性があると言及した。
中国はどうか。外交トップの楊潔篪・共産党政治局員が10月28日、北朝鮮の李竜男駐中国大使と会談した。中朝の高官交流などについて協議したとされるが、おそらく、金正恩氏を来年2月の北京冬季五輪開会式に招待したのだろう。中国の王毅外相も開会式を契機に朝鮮半島の緊張緩和に役割を果たす考えを示しており、中朝や南北などの首脳外交が開会式を契機に行われる可能性がある。
■日本にも必要な備え
一方、日本はひたすら終戦宣言に反対する姿勢を貫いている。関係筋によれば、10月19日の日米韓高官協議では、北朝鮮による今後の武力挑発パターンに応じて、3カ国の具体的な対処方針について意見交換した。韓国が現在の対北朝鮮対話姿勢を維持できなくなるレッドラインも議題にのぼった。日本政府も具体的な方針を実務的に説明したが、終戦宣言には強硬に反対するばかりで、宣言を受け入れる条件などには触れなかったという。
関係筋の一人は日本の姿勢について「日本が理由も語らず、終戦宣言に反対したので多少戸惑った」と語る一方、「日韓関係の悪化や総選挙の影響があるのかもしれない」と推測する。2015年の日韓慰安婦合意を文政権が破棄したときに外相を務めていた岸田文雄首相は、文政権に対し慎重な姿勢を示しているという。今年1月に着任した姜昌一駐日韓国大使は依然、首相や外相と面会できていない。
米国が今後、終戦宣言に踏み込むかどうかは予断を許さない。万が一、北京五輪開会式などを契機に終戦宣言を巡る各国の外交が動き始めた場合、日本は全く関与できない状態に置かれるかもしれない。日本政府には、どんな状況の変化にも対応できる備えが求められている。