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映画『ザ・モール』がとらえた、北朝鮮の知られざる武器密売の現場

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
映画『ザ・モール』から。元CIA要員からスパイの短期講習を受ける主人公のウルリク(右)© 2020 Piraya Film I AS & Wingman Media ApS

■「何があっても関知しない」

主人公はコペンハーゲン郊外に住む元料理人のウルリク。「北朝鮮の秘密を暴きたい」というメッセージをブリュガー監督に送ってきた。

ウルリクは2011年から欧州の親北朝鮮団体で活動を始め、徐々に北朝鮮の信頼を得る。親北団体の幹部から北朝鮮とのビジネスに関心がある投資家を探すよう打診されたウルリクは、ブリュガー監督と相談し、フランス軍傭兵部隊出身の男性を偽の投資家、ジェームズとして紹介した。

映画『ザ・モール』から。主人公のウルリク(右)と朝鮮親善協会のアレハンドロ会長© 2020 Piraya Film I AS & Wingman Media ApS

ウルリクとジェームズは2017年1月に訪朝。北朝鮮は、「スカッドミサイル5発で1400万ドル」「スカッドEミサイル5発で2470万ドル」などと掲載された武器リストを提示し、第三国に武器や覚醒剤の製造工場を建設する事業契約を交わす。2人はその後も2019年まで北朝鮮と接触を重ねた。

過去、北朝鮮は世界各地に武器を販売してきた。自衛隊元幹部は「1990年代に、北朝鮮が中東輸出用に作ったミサイルのカラー・パンフレットを見たことがある」と語る。ベネズエラでは、2010年3月の韓国哨戒艦沈没事件で使われた北朝鮮製の魚雷が掲載されたカタログが発見されている。

しかし、これらは米韓などの情報機関が秘密裏に入手したもので、北朝鮮自身が存在を認めたことはない。映画では、「朝鮮ナレ(翼)貿易会社」が事業契約にサインしている。また、スウェーデン駐在の北朝鮮大使館員がウルリクに秘密工場の関連書類を渡し、「今後、何があっても当大使館は一切関知しない」というシーンもある。

映画『ザ・モール』© 2020 Piraya Film I AS & Wingman Media ApS

ブリュガー監督は、17年1月の訪朝について「ウルリクとジェームズが訪朝する際、観光するか、せいぜい高官数人に会える程度ではないかと考えていた。期待値が低かったので、こんなにすぐに話が発展するとは思わなかった」と語る。ジェームズは2019年、カンボジアのプノンペンで、最新の兵器リストも手に入れている。

■民間人にも武器を売る

ブリュガー監督は「北朝鮮がどれくらい必死になっているか、買う人がいなくて困っているという事実を示している」と語る。映画では、過激派組織「イスラム国(IS)」の拠点が陥落して弱体化して以降、北朝鮮が武器の販売先の確保に困っている様子も描かれている。

「私たちが一番注目すべき点は、ジェームズが民間人だということだ。政府と関係がない人間なのに、北朝鮮は売る意思がある。相手の身元もよく確認せずにビジネスをしたがる。北朝鮮の武器の拡散を警戒すべき人々が注目すべき点だと思う」。実際、ブリュガー監督は国連安全保障理事会の北朝鮮制裁専門委員会のメンバーと対話を重ねているという。

そして監督は「北朝鮮は揺らいでいる。政権が不安を抱えている証拠だ」と語る。映画で武器輸出に汲々としていた北朝鮮は現在、新型コロナウイルスの防疫措置に伴う国境封鎖や災害、国連制裁などで極度の経済不安に陥っている。「不安定だから、国内統制を強化し、外部からの情報をシャットアウトしている。北朝鮮ウォッチャーは崩壊という言葉に慎重になるだろうが、エンドゲームに来ていると個人的には思う」

■監視国家で秘密の撮影

マッツ・ブリュガー監督© 2020 Piraya Film I AS & Wingman Media ApS

ブリュガー監督はデビュー作の『ザ・レッド・チャペル』(2009年、11月27日から全国順次公開)で、実際に北朝鮮を訪問。北朝鮮の不条理な対応を突いて話題を呼んだ。監督は「『ザ・レッド・チャペル』は、リアルライフの中でロールプレイゲームをしている北朝鮮を掘り下げた作品。そして『ザ・モール』は北朝鮮の犯罪国家としての顔を暴いた」と語る。

『ザ・モール』をドキュメンタリーにするため、撮影の多くで、ノルウェーの専門家が準備した隠しカメラとマイクが使われた。映画では、北朝鮮側が米国の情報機関を警戒する様子も描かれている。ウルリクも訪朝前、米中央情報局(CIA)の元職員から情報活動の講習を受けた。元職員はウルリクに「携帯電話の情報は全て筒抜けだと考えろ」と警告する。

日米韓の政府関係者らは、北朝鮮は世界でも指折りの監視国家だと証言する。外国人が宿泊するホテルはありとあらゆる場所に盗聴・盗撮装置が仕掛けられている。関係者の1人は「北朝鮮や中国を訪れる場合、携帯やコンピューターはデータが入っていないものを持参する」と語る。

ウルリクは10年にわたり、妻にも自分の「秘密の活動」を隠していた。映画の終盤には、ウルリクが妻に自分の秘密を告白する場面が出てくる。ブリュガー監督は「モール(スパイ)になると、人間としての対価を払うことになる。実人生に影響があるということを描きたかった。ウルリクは大きな目的の達成のために大きなうそをついた」と語る。

映画『ザ・モール』から。主人公のウルリク© 2020 Piraya Film I AS & Wingman Media ApS

北朝鮮は自分たちを批判する者を許さない。ブリュガー監督は『ザ・レッド・チャペル』が原因で、北朝鮮に入国禁止になった。筆者も2018年6月、金正恩朝鮮労働党総書記についての記事について、朝鮮中央通信などから「犯罪行為の張本人、御用保守論客」と非難され、「わが国家の尊厳あるイメージを傷つけようと愚かに狂奔する者は島国に住もうと、海の向こうのどこに居ようと絶対に許さず、必ず高い代価を払わせる」と脅迫された。

ブリュガー監督によれば、ウルリクもジェームズも元気に暮らしているという。「デンマークで映画が公開された後、2人はちょっとしたセレブになった。12月にはジェームズの自伝が出版されるし、ウルリクは自分の体験を語るツアーに出ている。2人は人生最高の時を生きている」と語る。

そして、監督は日本での公開について「常に(日本人の)会話の中に北朝鮮があるべきだ。北朝鮮は人権を無視し続けているという会話を続けてほしい。北朝鮮の政権批判を緩めてはいけない」と語る。

「一般市民が傷つくという人もいるが、北朝鮮に対する制裁で苦しんでいるのはエリートたちだ。資金は金正恩から支持者、一般市民という順に流れていくからだ。北朝鮮の政権交代まで制裁を続けるべきだ。日本は北朝鮮の隣国で歴史的にもかかわりがある。自分の映画が日本に届くと思い、ワクワクしている」

10月15日(金)よりシネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次公開。