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「建国73周年」なぜ中途半端? 北朝鮮の軍事パレード、「今やらねば」の国内事情

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
9日のパレードで労農赤衛軍の制服を着て行進する若い「兵士」ら=労働新聞ホームページから

北朝鮮は9日午前零時から、建国73周年を祝う「民間・安全武力の閲兵式(軍事パレード)」を平壌の金日成広場で行った。金正恩朝鮮労働党総書記が参加した。過去1年で3回目で、しかも行進したのは正規軍ではなく、社会安全軍(警察の軍事組織)と民間防衛組織の労農赤衛軍だった。この異例のパレードが意味するものを読み解くと、国内の統制に苦しむ北朝鮮指導部の追い詰められた状況が見える。(牧野愛博)

朝鮮中央通信によれば、李日煥党書記が演説し、現在の北朝鮮の置かれた状況を「地球上のどんな国家も遭わなかった前代未聞の難関」と表現。「金正恩総書記の指導に従い、わが国家第一主義の旗印の下、固く団結しよう」などと呼びかけた。参加者が、党のマークや「9・9」「富強」の人文字を表現した。

北朝鮮は従来、「5周年」「10周年」といった記念の年にパレードを行ってきた。昨年10月の党創建75周年、今年1月の党大会の際にも実施しており、いずれも深夜の開催だった。

「労農赤衛軍」とは

2021年9月9日のパレードを閲兵する金正恩党総書記(中央)=労働新聞ホームページから

「労農赤衛軍」とはいったいどんな組織なのか。

韓国国防研究院で北朝鮮軍事を研究した金振武・韓国淑明女子大国際関係大学院教授によれば、公式には「60歳までの除隊軍人らが参加する500万人規模の予備兵力」と位置づけられている。しかし実態は、軍勤務の経験がない50代の男性を主力とする民間防衛組織に過ぎない。

国営企業や地域ごとに組織され、有事の際は、総参謀部が指揮する軍とは別系統になり、日本の都道府県にあたる各道の党責任書記が師団長としての役割を担う。任務は、自分が所属する職場や地域を敵の攻撃から守ることにある。装備も1968年式や70年式の旧式小銃程度だという。

金日成主席は1960年代、「全国土の要塞化」「全人民の武装化」などを掲げ、労農赤衛軍の強化も図った。脱北者らによれば、1年のうち1カ月ほどは決められた訓練所に出向き、射撃訓練などを行っていた。

ところが、1990年代半ばに100万人とも200万人とも言われる餓死者を出した「苦難の行軍」で、国家の配給システムが崩壊した。操業を停止する国営企業も続出した。労働者は市場や運送業などの副業が必要になり、国営企業の勤務体系は有名無実になった。地域でも、賄賂を払って建設や清掃、農村支援などの勤労動員を避ける人が増えた。

これに伴い、労農赤衛軍も空洞化が進んだ。脱北者の1人は「賄賂を払って、訓練に行かない人間も多かった。訓練でも武器がないため、実弾射撃は行わない。道ばたの露店で売っている木製の模造銃を持って参加した」と語る。

■北朝鮮の「三重苦」

9日のパレードで行進する労働赤衛軍の制服を着た若い「兵士」ら=労働新聞ホームページから

一方、北朝鮮は、李日煥党書記が演説で語ったように「前代未聞の難関」に襲われている。国際社会による制裁、相次ぐ災害、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための国境閉鎖による「三重苦」だ。

当局は新型コロナの防疫対策に加え、韓国から流れてくる映画やドラマなどの情報を遮断するため、社会的な統制を強化せざるを得ない状況に追い込まれている。

今年も1月の党大会後、党組織末端の党細胞書記大会(4月)、社会主義愛国青年同盟大会(同)、朝鮮社会主義女性同盟大会(6月)など、社会統制の起点となる様々な組織を対象にした思想統制の作業を繰り広げてきた。労農赤衛軍を軍事パレードに駆り出したのも、職場や地域に対する思想統制を強化する狙いがある。脱北者の1人は「今年が73周年という中途半端な記念の年であっても、今やらなければ意味がない」と語る。

そして、今回のパレードの訓練や朝鮮中央通信が9日に配信した写真をみると、パレードに参加した隊員たちは、「偽隊員」である可能性が極めて高い。

日米韓は平壌近郊の美林飛行場でパレードの練習が始まった事実を、偵察衛星の写真などから確認していた。脱北者の1人は「美林飛行場は軍事統制区域で、通常、民間人は入れない場所だ」と証言する。写真をみると、パレードには、労農赤衛軍の標準装備ではない軍用車両や多連装ロケット砲も登場した。登場した隊員のほとんどは30代以下の年齢にしか見えなかった。

脱北者の1人は「おそらく、軍人に労農赤衛軍の制服を着せて登場させたのだろう」と語る。「訓練にも行かないようにしている連中が、短い訓練で整然と行進できるようにはならない。今は、食糧難もあり、皆生活を守るのに精いっぱいだ。各地からパレードの動員をかけたら、統制強化どころか、各地で不満が高まりかねない」と語る。

9日のパレードで登場した兵器。多連装ロケット砲とみられる=労働新聞ホームページから

一方、朝鮮中央通信はパレードに参加した部隊について「興南肥料連合企業所中隊」「高麗航空総局閲兵中隊」「文化芸術人中隊」など、詳細に紹介していた。脱北者の1人は「これは、国営企業や団体に所属している人間に対する脅しだ」と語る。「所属組織に、自分も知らないような部隊があると思わせ、緊張させるのが狙いだろう」。金振武教授は「金正恩が視察することで、自負心をもたせ、忠誠心を育てる狙いもあるだろう」と語る。

■アメリカ挑発の意図は

9日の軍事パレードで打ち上げられた花火。花火を使った演出は金正恩氏が始めたとされる=労働新聞ホームページから

では、このパレードには対外的なメッセージは込められていないのだろうか。

金教授は「北朝鮮は核兵器や大陸間弾道弾(ICBM)のような戦略兵器を公開しなかった。米国を刺激したくないのだろう」と語る。バイデン米政権は8月、アフガニスタン撤収作戦のさなかに自爆テロを起こした過激派組織「イスラム国(IS)」の支部勢力をドローン攻撃した。脱北した朝鮮労働党の元幹部は「北朝鮮は脅威に感じている。興奮している米国に対して、挑発するのはまずいという計算が働いているはずだ」と語る。

別の脱北者は「これ以上、大型の兵器を出す金銭的な余裕もないのだろう」と語る。情報関係筋によれば、北朝鮮が美林飛行場で行うパレードの練習期間は通常、1~2カ月を要するが、今回は10日程度だった。軍人も民間人も生計の維持や建設労働への動員などに追われている。動員力にも限界があるようだ。

夜間の開催になったのは、金正恩氏が手がけたとされる花火を使った演出ができるほか、行進の乱れや車両の故障などのミスを隠す狙いもあるようだ。北朝鮮は今回、パレードの生中継を行わなかった。

脱北者の1人は「労農赤衛軍が精強だった1960年代に戻った姿を見せることで、軍はもっと精強だと言いたいのだろう。でも、主張すればするほど、苦しい内情が透けて見えるようだ」と語った。