おしゃれの発信地、東京・渋谷の商業施設「MIYASHITA PARK(ミヤシタパーク)」に、ひときわ目をひくアパレルブランドが店を構えている。カラフルなアフリカの民族柄や伝統の織物を使った「CLOUDY(クラウディ)」。訪れた客が、Tシャツやバッグ、小物を手にとっては、次々と買っていく。
ブランドの運営会社「DOYA」を創業したのは銅冶勇人さん(35)。アフリカの貧困問題に取り組むNPO法人「Doooooooo(ドゥ)」も主宰し、会社経営で得た収益の一部をNPOに戻すという循環型のビジネスモデルをつくりあげた。NPOは現地に学校をつくり女性らが働ける工場を運営する。運営会社は現地工場でつくった製品を日本などで販売する。非営利の支援活動、利益を生むビジネスを両立する「二刀流」だ。
銅冶さんは慶応大学を卒業し、就職先として人気が高く高給でも知られる、ゴールドマン・サックス証券に入社。早朝に出社して日付が変わっても働く生活は珍しくなかった。「体力的にも精神的にもきつかった」が、入社3年目にアフリカ支援のNPO法人をつくり、働きながら運営にあたった。
銅冶さんには忘れられない光景があった。大学の卒業旅行で「人生で二度と行かない場所に行こう」と決め、ケニアのマサイ族の暮らす地域にホームステイした。その際訪れたキベラ地区というスラム街で衝撃を受けた。仕事も学校もない。トイレは200世帯ほどに一つだけ。心を揺さぶられた。「日本で当たり前にあるものが、当たり前でない。人生をかけて、この現状を変えていきたい」。アフリカ支援への思いは日に日に増していった。金融の仕事は全力で打ち込まないとこなせなかったが、休日はほとんどNPOの活動にあてた。続けるうちに、アフリカの個性的なファッションをいかしたビジネスを展開して、収益をNPOの運営にまわすというアイデアが浮かんだ。
入社7年目のある日、会社の後輩から「アフリカ支援の活動をやっている方が楽しそうですね」と言われた。「同じゴールに向かって仕事をする部下からそう見えてしまっては、このまま会社で働くわけにはいかない」。その翌日に上司に退職願を出した。知人から「輝かしいキャリアを捨てるなんて」と言われた。だが、アフリカの人びとが求めるものの水準が、圧倒的に自分とは違う状況を放っておけない気持ちの方が強かった。
アフリカ支援という行動を起こしたのは「格差を感じたことが出発点」だったことは間違いない。しかし、銅冶さんは言う。「格差と捉えたのは、自分のものさしに照らして考えた場合のことだと思った。何度も出かけた現地では、一日一食のご飯でも楽しそうに食べているし、ささいなことでみんなが笑っていた。僕たちにとっての『当たり前』がないけど、現地の人たちは幸せなのかもしれない」。格差という言葉でひとくくりにしないで、「現地の人たちの生活の選択肢を広げることが重要ではないか」と考えるようになった。
渋谷の店には、貧困に苦しむアフリカの写真などが一切ない。「支援のために商品を買ってくださいとは言いたくない。うちの商品が好きだから買ってもらえるようにならないと支援は持続しない」。銅冶さんがくちぐせのように使う言葉は、「数字をつくる」。ビジネスとしてやる以上、もうけを出すことにこだわる。「それが現地雇用を増やし、多くの学校建設や給食の提供につながる」
銅冶さんのもとには、履歴書を携えたインターン志望の大学生らがひっきりなしに訪れる。募集していないのに、「仕事に関わりたい」と直談判に来る。熱意にほだされて約20人を受け入れる。「僕は大げさな使命感があって始めたわけではない。これをやっていることに一番びっくりしているのは自分自身です」。そんな銅冶さんの姿に共感する若い世代の輪は確実に広がっている。
コロナ禍は、「富を持つ人」と「持たない人」の格差を浮き彫りにした。雇用消失と貧困が世界に広がるなか、資産を持つ富裕層の意識にも変化が見られるようになった。
スイス金融大手UBSが欧米や中国、日本などに住む約3800人の富裕層を対象にした意識調査(6月公表)では、7割近くの人が「(コロナ禍で)他の多くの人々よりも自分が幸運であることに罪悪感を持っている」と回答。そして、ほぼ同じ割合の人が「(自分の資産を活用して)世界により良い変化をもたらしたい」と答えた。調査をまとめたUBSは「とくに若い投資家が、他者への支援に自らの資金を投じたいと考えている」と分析する。
日本のスタートアップにも変化が生まれている。ベンチャー投資を手がけるグロービス・キャピタル・パートナーズ代表パートナーの仮屋薗聡一さん(日本ベンチャーキャピタル協会名誉会長)は「貧困や格差の社会課題を、ビジネスで解決しようとする起業家が確実に増えてきた」と指摘する。担い手は現在25〜40歳前後のミレニアル世代が多いという。「利益が出そうな分野で起業して、新規株式公開ができればそれでよしとしないで、社会にどう貢献できるかを考える若い起業家が育ってきた。これは大きな変化だ」と仮屋薗さんは言う。
富の偏在は社会にひずみをもたらす。若い富裕層や起業家たちは自らその解消に動き始めたようだ。