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専門家が首をかしげた、防衛白書のある記述

揺れる世界 日本の針路
中国で天安門事件が起きた1989年6月4日の日付を、LEDライトで示す台湾の人たち=2021年6月3日、台北市の自由広場、石田耕一郎撮影

■日本の関心は「台湾」か「台湾海峡」か

防衛白書の公表後、日本の中国専門家の一人は首をかしげた。白書が記述した「台湾をめぐる情勢の安定は、わが国の安全保障にとってはもとより、国際社会の安定にとっても重要」という表現に違和感を覚えたという。「なぜ、台湾海峡ではなくて台湾をめぐる情勢なのか」

日本は3月の日米外務防衛閣僚級協議(2プラス2)での共同声明で「台湾海峡の平和と安定の重要性」を強調した。この表現は、4月の日米首脳会談や6月の主要7カ国(G7)首脳共同声明でも踏襲されていた。中国外交部の趙立堅報道官は13日の記者会見で防衛白書の記述について「極めて間違った無責任なことだ。中国は強烈な不満を表し、断固として反対する」と反発した。

この専門家によれば、日本にとって「台湾海峡」と「台湾」とでは、天と地ほどの違いが生まれる。日本政府は従来、「台湾は中国の不可分の一部」とする中国政府の立場について「十分理解し尊重する」という立場を取ってきた。「台湾海峡」という記述は、国際海峡の安全に関与する当然の権利を主張しているだけで、「従来の台湾政策の変更ではない」という意味を込め、日本を非の打ちどころのない立場に置くことができるという。

2021年度版防衛白書ダイジェストから。「台湾情勢の安定は、わが国の安全保障や国際社会の安定にとって重要」とある

だが、「台湾をめぐる情勢の安定」という記述は、中国側に「日本は台湾の独立を支持するのか」という疑念を芽生えさせかねない。実際、防衛省幹部や自民党有力政治家から、この疑念を裏付けるような発言が相次いでいた。

ロイター通信によれば、中山泰秀防衛副大臣は6月の米ハドソン研究所でのオンライン講演で「我々は民主主義国家としての台湾を守る必要がある」と主張した。麻生太郎副総理兼財務相も今月5日の講演で、中国が台湾に侵攻した場合、安全保障関連法が定める存立危機事態として認定する可能性があるという考えを表明した。存立危機事態になれば、日本が直接攻撃は受けなくても、米国など「我が国と密接な関係にある他国」に対する武力攻撃が発生し、一定の要件を満たせば、集団的自衛権を一部行使できる。

中国外交部は両氏の発言に激しく反発した。加藤勝信官房長官が記者会見で、政府として決まった方針があるわけではないという考えを示して火消しに追われた。先の専門家は中国政府の思惑について「日本の政府高官から似た発言が相次いだため、防衛白書の表現は政策変更の結果なのかと疑っているようだ」と語る。

日本が政策を変更したと中国が判断すればどうなるのか。台湾有事の際、中国が在日米軍基地などを攻撃目標に加えるリスクがあると以前から言われてきた。「中国領土である台湾に直接介入するなら自衛権を行使する」として、中国が日本攻撃を正当化する口実を与えてしまうかもしれない。

では、現実はどうなのか。防衛省・自衛隊内部で、台湾に関する防衛政策に変更はないようだ。関係者らによれば、台湾有事の際、米国が日本に求める可能性が高いのが、米軍に対する燃料や武器弾薬の補給、台湾在留米国人らの退避などで、自衛隊が米軍と一緒に中国軍と交戦することまでは想定していないという。防衛省・自衛隊もこうした状況を前提に政策の検討を行っているとみられる。

結局、今回の「台湾をめぐる情勢の安定」という表現は、中国を批判する世論の高まりを意識した政治家や防衛省関係閣僚の考えを尊重した結果だったようだ。世論に耳を傾けることは政治家の大事な仕事である一方、防衛白書の記述変更は、日本の安全保障政策を、誤解を招かないよう正確に対外発信することの重要性を政府に改めて問うことになったと言える。

■韓国への否定的な表現

一方、米国の専門家が注目したのは、日韓の防衛協力についてての記述だ。

防衛白書は「各国との防衛協力・交流の推進」で韓国について取り上げた。「韓国防衛当局側による否定的な対応が継続していることから、防衛省・自衛隊としては、こうした懸案について、日韓・日米韓の連携が損なわれることのないよう、引き続き韓国側の適切な対応を強く求めていくこととしている」という否定的な表現が盛り込まれた。

2021年6月21日、ソウルで開かれた日米韓の高官協議。北朝鮮問題について協議した=東亜日報提供

こうした表現が使われた背景には、韓国で開かれた国際観艦式での自衛艦旗(旭日旗)の掲揚を韓国政府が拒否した問題や、韓国海軍艦艇が自衛隊機にレーダー照射を行ったとされる問題などで、自衛隊を含む世論の対韓国感情が極めて悪化した状況が背景にある。

米ランド研究所上級アナリストのブルース・ベネット氏に「防衛白書について物足りない点は何か」と尋ねたところ、「完全な欠落ではないが、白書では、日韓の安全保障協力の必要性を重要なものとして扱っていない」と指摘した。

ベネット氏は「日韓ともに、中国と北朝鮮が将来の大きな脅威だという認識を持つ必要がある。中国は日韓に対する軍事的優位を確立し、北朝鮮は日韓にとって恐ろしい能力(兵器)の開発を可能にした」と指摘する。

防衛白書も、中国の国防予算が30年間で42倍になり、第4、第5世代の戦闘機が1146機と、自衛隊の313機を大きく上回っている事実を紹介。北朝鮮についても「弾道ミサイルに核兵器を搭載してわが国を攻撃する能力を既に保有しているとみられる」と、昨年入った記述を維持している。

中国軍の戦闘機「殲16」=台湾国防部提供

その一方、ベネット氏は、「米国も(東アジア)地域の脅威の成長を許してきたのに、日韓は、米国が増大する脅威に対処すると思って脅威の拡大を許してきた」とも語る。「中国が米国の軍事力との競争をますます激化させ、北朝鮮が更に危険になっている。より強い日米韓協力が必要になっている」

そして、ベネット氏は1776年の米国独立宣言署名の際、ベンジャミン・フランクリンが語った「我々は一致団結しなければならない。さもなくば、我々は間違いなく、個別に絞首刑に処されるのだ」という言葉を引用する。同氏は「当時、13の米国植民地間には大きな違いがあった。でも、独立を達成できなかった場合、英国政府は反逆を理由に絞首刑を実行するだろうという意味だった。多くの点で、同じ原則が中国と北朝鮮への対応に当てはまる」と語る。

「我々は中国と北朝鮮の強大化を許した。我々は今協力しなければならない。さもなくば、我々はすべて深刻な結果に直面するだろう。北朝鮮や中国の核兵器が1発でも、日米韓に大規模で容認できない被害を引き起こす可能性があるのだ」

21日には、森健良外務事務次官、シャーマン米国務副長官、崔鍾建韓国外務第1次官が出席した日米韓次官級協議が東京都内で開かれる。米国はこの席で改めて日米韓協力の重要性を強く訴えるとみられる。

韓国政府は19日、東京夏季五輪の開幕式に合わせた文在寅大統領の訪日を断念すると発表した。菅義偉首相は同日、記者団に「韓国側は大統領見合わせの発表に合わせて、東京オリンピック・パラリンピックの成功を希望する旨、述べていることには留意したい。日韓関係を健全な関係に戻すために、今後とも、我が国の一貫した立場に基づいて、韓国側としっかり意思疎通を行っていきたい」と語った。

ベネット氏は「歴史的なできごとが日韓を分断しているが、両政府は解決に真剣に取り組むべき時だ」と語った。