バイデン米政権初の国防予算編成作業でトランプ前政権との差異が目立っているのは、海軍関係予算、とりわけトランプ政権の目玉政策の一つであった大艦隊建設構想を支える新規軍艦建造費の予算要求額の削減である。
トランプ政権下でアメリカの基本的な国防方針は抜本的に改定されて、中国とロシアを主たる軍事的脅威と明言した。そして、とりわけ躍進著しい中国海洋戦力との対決に打ち勝つ態勢を固めることが宣言された。そのため、米軍にとって最も重要な目標の一つが海軍戦力の再構築であり、355隻艦隊態勢の構築という具体的な目標が掲げられた。
しかしながら、バイデン政権が発足して半年近くが経過し、政権にとって初の予算編成となる来年度の国防予算案を見ると、はやくも大規模艦隊の建設にブレーキがかかり出した。
米海軍関係者は中国との対決を想定しつつ、限定的な予算の中でできうる限りの戦力増強を図ろうとしている(たとえば、比較的安価に生み出せる無人艦艇の開発や建造を進めようとしている)。そして、予算的には海軍の一員であり、作戦的にも海軍と密接に統合されている米海兵隊も、米海軍と連携しつつ中国海洋戦力と可能な限り効果的に対峙(たいじ)できるような戦力構築のための予算要求を提示した。
海兵隊が最優先に要求したのは、地対艦ミサイルシステムと地対空ミサイルシステムの調達である。このことは、トランプ政権下で海兵隊総司令官に就任したバーガー司令官が主導する、中国海洋戦力に海兵隊が立ち向かう戦略をバイデン政権下でも着実に推し進める姿勢を具体的な形で示したものといえる。
中国軍を主たる仮想敵に据えた米軍、とりわけ海軍・空軍と共に最前線に展開する海兵隊は、 戦力増強著しい中国軍と対峙するために基本戦略を抜本的に修正し、その戦略を遂行するために、組織の編成替えや装備の調達の見直し・廃棄にも取り組んでいる。米海兵隊の新たな対中戦略を一言で言うならば、『対中接近阻止戦略』ということになる。
これまで長きにわたって海兵隊が得意としていたのは、「敵地の海岸線(この場合、中国の島嶼〈とうしょ〉や中国大陸の海岸線)に上陸して前進拠点を構築し、後続の米軍部隊と共にさらに内陸に攻め込む」という『敵地侵攻戦略』だった。これを捨て去り、南シナ海や東シナ海から第一列島線(ボルネオ島〜フィリピン〜台湾〜南西諸島〜九州)に侵攻を企てると想定した中国艦隊や中国航空戦力を第一列島線上で待ち受けて、米海軍や米空軍と協力しつつ地対艦ミサイルや地対空ミサイルによって攻撃し、中国海洋戦力が第一列島線に接近するのを阻止するという戦略だ。
中国軍は過去四半世紀にわたって、米軍が太平洋から中国領域へ侵攻してくるのを想定し、東シナ海や南シナ海、そして最終目標としては西太平洋において迎え撃ち、中国領域にはアメリカ海洋戦力を寄せ付けないという『対米接近阻止戦略』(中国軍では『積極防衛戦略』と、米軍などでは『接近阻止・領域拒否戦略』と呼んでいる)を取ってきた。米海兵隊の新たな戦略は、まさにその裏返しの防衛戦略ということになる。
米軍や安全保障関係シンクタンクなどの多くの軍事専門家たちの間では、アメリカと中国との軍事的対決は台湾問題と南シナ海問題が引き金になる可能性が極めて高いと想定されている。そのような事態に立ち至った場合には、かつてアメリカ海洋戦力が中国軍を圧倒していた時期のように、空母艦隊を中心とする米海洋戦力が中国軍を威嚇し、中国軍による第一列島線への侵攻を抑止することは、もはや不可能に近い。なぜならば、すでに昨年には米海軍当局自身も明言しているように、中国海洋戦力はすでにアメリカ海洋戦力を凌駕(りょうが)しつつあり、一部の戦力(長射程ミサイル戦力など)では中国側が優位に立っている、というのが現状であるからだ。
そのため、中国との軍事衝突が避けられない段階では、アメリカ海兵隊は第一列島線上のいまだに中国側の手に落ちていない地域に地対艦ミサイルシステムや地対空ミサイルシステムを装備した先鋒(せんぽう)戦闘部隊を緊急展開させて、第一列島線周辺海域に展開する海軍部隊と、第一列島線上に確保した航空基地や第一列島線後方海域に控える空母艦隊を拠点にする航空戦力と共に、迫り来る中国海洋戦力を待ち受けるという戦略に切り替えたのだ。
そして、中国艦隊や航空戦力が第一列島線上の目標(台湾や南沙諸島、先島諸島など)に侵攻を開始した場合には、海兵隊の先鋒部隊は中国海洋戦力に対してミサイル攻撃を加えて、接近阻止作戦を展開することになるのである。
今回の米海兵隊による予算要求案において、地対艦ミサイル戦力と地対空ミサイル戦力の整備が目立って優先されているということは、まさに海兵隊は上記のような戦略を実施できる体制を一刻も早く構築しようとしていることを物語っている。このように、海兵隊をはじめとする米軍は、中国海洋戦力の飛躍的な強化に対応するため、自らの戦略を抜本的に転換し、それに合わせて組織編成や装備体系も大幅に変化させている。
一方、自衛隊による尖閣諸島の防衛戦略は、『島嶼奪還』という語に示されているように、相変わらず尖閣諸島が中国側に占領されてしまった時点からの思考に基づいている。すなわち第2次世界大戦中に日本軍が占領していた太平洋の島々を米軍が「逆占領」あるいは「奪還」(一部の島々はアメリカ領であった)していったように、中国によって占領された島嶼を奪還しようという時代遅れの戦略に拘泥している。
日本政府は、中国軍の戦力状況の変化にも米軍の戦略転換にも、ともに対応して、新たな戦略を構築して推進していかなければ、国防という最低限かつ最大の政府の責務を果たすことは不可能といえる。