1. HOME
  2. People
  3. ニュース映像では流れない、WHOの活動を支える現場とは ある日本人職員の日々 

ニュース映像では流れない、WHOの活動を支える現場とは ある日本人職員の日々 

私の海外サバイバル 更新日: 公開日:
マニラのWHO西太平洋地域事務局前に立つ芝田おぐささん

マニラにあるWPROは世界に六つあるWHO地域事務局の一つで、37の国・地域、世界の人口の4分の1にあたる19億人をカバーしています。現在のWPRO地域事務局長は葛西健博士。日本人ではWHO事務局長も務めた中嶋宏博士(故人)、新型コロナで日本政府の分科会会長を務めている尾身茂博士に次ぐ3人目です。

新型コロナで最初の緊急事態宣言が出されて1週間の日本から、すでに1カ月ロックダウンが続いていたマニラに着任しました。WPROでは幹部職員以外は出勤が25%に制限されています。私は葛西地域事務局長のサポート役ということで、例外的に毎日出勤が認められていますが、1人付けてもらったアシスタントとは赴任して4回しか会えていません。文房具はどこ?大量の印刷はどうすればいい?と、ささいなことが分からず、この1年は慣れるのに精いっぱいでした。

2021年4月の数字ですが、新型コロナで西太平洋地域の累積感染報告者数は全世界の2%以下です。各国政府はこれまでのところでは結構よくやってきたと言えるのではないでしょうか。医療体制が脆弱(ぜいじゃく)で孤立した島嶼(とうしょ)国などでは海外に出ていた大臣の帰国も認めないほど完全に鎖国したところもあり、12の国・地域は感染報告がゼロです。もっとも、こうしたところではいつ、どのように国を開くかが大きな課題になっています。

WHOというと、ジュネーブのオフィスでテドロス事務局長らが記者会見しているニュース映像がよく流れます。しかし、実際の仕事の中核を担っているのは地域事務局と各国に置く国事務所です。それらが連携して、各国保健省の保健衛生の政策立案に助言・提言をしたり、具体的な支援を進めたりしています。

WHOの葛西健・西太平洋地域事務局長(右端)にインタビューする芝田おぐささん

新型コロナでは国際保健規則(IHR)という枠組みに基づき、域内加盟国と毎週ビデオ会議を開いて、各国の経験知を共有し、連携を深めています。

集中治療室(ICU)ゼロ、人工呼吸器を見たことのない国もあるなど、事情は国によって大きく違います。火葬場で遺体が急増していないか、など検査以外で流行をいち早く知る方法を助言するといった、国情に合わせた取り組みが重要になります。

援助などで届いたワクチンや医療資源をどうやって現場に配分するかといった調整も各国保健省と二人三脚で地道に進めています。裏方なのです。

上司との打ち合わせもマスク着用、厳密に2m以上の距離を取って

誤解されがちなのですが、加盟国あってのWHOです。地域事務局は先進国には事務所を置いていないので、日本に関しては私が日本政府との窓口になっています。相互に専門家を紹介したり、日本が先行する高齢化対策で専門家派遣をアレンジしたり、WPROが採択予定の文書案に日本からの意見を反映したり。21年10月末にはWPROの総会に当たる地域委員会が兵庫県姫路市で開かれ、各国保健相が集まることになっているので、その準備もあります。

日本が資金拠出した事業の後方支援も仕事です。日本の意向がちゃんと反映されているか、現場での課題は何かなど、書類や電話では見えないことも多く、例年ならば実施国に出張するのですがコロナ禍でまだどこにも行けずにいて、残念です。

所有する3種類のパスポート。赤は個人で取得したもの、緑は国家公務員が公務で使用するもの。真ん中のスカイブルーは国連通行証(国連レッセ・パッセ)と呼ばれるもので、国連職員のみに支給されるパスポートだが出番がない日々が続いている。

大学卒業後6年ほど金融機関で働きました。人々に直接奉仕する看護職にひかれ、聖路加看護大学(現・聖路加国際大学)に学士編入し、病院での看護師勤務を経て厚労省に入りました。

WHOで働く看護職はまだ少数で、厚労省からWPROへの看護系技官の出向も初めてです。WPROでは初めての看護官に任命されたので、地域に看護師ネットワークを築き、看護職ならではの視点が各国の政策作りに生かされる環境を整えたいと考えています。

日本は米中に次ぐ世界第3位の国連予算分担国ですが、日本人職員は極めて少なく、WPRO管内のWHO職員でも約600人のうち22人に過ぎません。さまざまな相談に乗ったり、看護職がWHOなどで仕事をするための研修制度づくりを関係者に働きかけたりしています。

葛西さんの考えていることを各部門に散らばっている日本人職員に伝える勉強会も開いています。各部門から葛西さんのリーダーシップを日本人で支えられたらと考えています。

オフィスではマスク着用はもちろん、2m程度は離れるのが当たり前です。マニラは着任時から、緩急はあるもののロックダウンが続いているので、仕事柄、休みの日も外出は極力控えています。

それでも、隔週で日本食材を買い出しに行くときは、オートバイにサイドカーが付いたトライシクルを使っています。なじみの運転手ができて「そろそろ買い物に出かけませんか」と携帯に電話してくれます。大きな企業のセダンサービスもありますが、できるだけ地域のサービスを使いたいと考えています。洗濯でも洗濯機は買わず、目方で引き受けてくれるクリーニング屋さんを使っています。

たまの買い出しは、なじみのトライシクルで

住んでいるのはアーティストなどが好む、旧館のような趣のあるアパート。日本人が多い地域ではありませんが、同僚に紹介されて選びました。

感染が落ち着いてロックダウンが一時的に少し緩んだ時期には、何度か和食宅配を使った4人限定の会食を開いて同僚らを招きましたが、マニラの感染が再拡大して、それもなしになっています。

単身赴任の癒やしはこちらで保護した2匹の猫です。マニラは日本ほど猫の不妊手術が進んでおらず、地域猫がたくさんいます。ロックダウンが厳しくなって街がゴーストタウンのようになった時期にホームシックにもかかって、子猫たちを助けずにいられませんでした。獣医師を探して病気を治し、不妊手術も受けさせました。

外出を極力避ける中、癒やしはマニラで保護した2匹の飼い猫が与えてくれる

アパートの前で交通事故に遭った地域猫クロでは、アパートの住人たちとお金を出し合って「クロ基金」を作り、けがを治療したり、不妊手術をしたりしています。歩けるようになるまではクロも私が預かっていて、留守の間は住人が交代でトイレの世話をしています。

ワクチン接種はマニラでも進んでいますが、この先の感染状況がどうなるか分かりません。マニラ近郊には有名なビーチなどもあるようですが、越境規制の中で観光地を調べてもストレスがたまるばかりなので、調べるのもやめました。

それでも遠出できるようになったら、車で2時間ほどの牧場へはぜひ行きたいと思っています。米国にいるころに始めた乗馬は、仕事を始めてからも続けていて、英国留学中に厩務(きゅうむ)員資格も取りました。穏やかで大きな馬と戯れる日を夢見ています。(構成・大牟田透)