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サバイバーズ・ギルト描いた日中韓合作「湖底の空」 俳優陣の多文化ぶりがすごい

現地発 韓国エンタメ事情 更新日: 公開日:
「湖底の空」主人公の空(イ・テギョン)©️2019MAREHITO PRODUCTION

6月に日本で公開予定の日中韓合作映画「湖底の空」は、主人公がサバイバーズ・ギルトに苦しみ、もがきながら、克服していく物語だ。昨年のゆうばり国際ファンタスティック映画祭で、グランプリとシネガーアワードをダブル受賞した。

サバイバーズ・ギルトとは、戦争や災害、事故などで生き残った人が感じる罪悪感を指す。日本でも東日本大震災を経てよく使われるようなった言葉だ。佐藤智也監督に、作品に込めた思いや日中韓合作がいかに実現したのか、聞いてみた。

佐藤智也監督(本人提供)

佐藤監督はサバイバーズ・ギルトについて描いた理由を「自分が生きていることに罪の意識を感じるという経験は、誰にでも何かしら思い当たることがあると思う。どこの国の人でも想像がつきやすいだろうと考えた」と話す。日中韓の観客が共感しやすいテーマを選んだようだ。
映画の舞台は主に中国の上海と韓国の安東(アンドン)だ。主人公の空は安東出身で、上海でイラストレーターとして活動しようとしている。空の父は日本人、母は韓国人で、双子の弟、海(かい)と4人家族だ。安東は空と海が幼い頃の場面として登場する。

「湖底の空」から。みょんふぁ演じる母と子ども時代の海(右) ©️2019MAREHITO PRODUCTION

上海にいる28歳の空と海を一人二役で演じたのは、韓国の俳優イ・テギョン。佐藤監督は「イ・テギョンさんは見た目は品があっておとなしそうだけども、激しさも出せる俳優。空は多重人格に近いキャラクターなので、テギョンさんならその多面性を表現できると思った」と話す。

ゆうばり映画祭では、イ・テギョンの演技力に魅せられた観客も多かったようだ。佐藤監督によれば、「一人二役なのに、クレジットが出るまで2人の俳優が演じていると思い込んでいた人もいたほど」。それだけ、空と海の演じ分けに成功したということだ。

「湖底の空」から。双子の海(左)と空 ©️2019MAREHITO PRODUCTION

空のサバイバーズ・ギルトは主に二つの面で現れる。仕事と恋愛だ。どちらも、うまくいきそうになると、躊躇してしまう。うまくいくことに罪悪感を感じるのだ。映画の終盤までその理由を知らない観客としては、もどかしさを感じるところだ。

空が殻を破るうえで大きな役割を果たすのが、上海で出会った日本人男性の望月(阿部力)だ。出版社に勤める望月は空の絵が気に入り、空がプロのイラストレーターとして活動できるよう尽力する。

「湖底の空」から。空が上海で出会う日本人男性、望月(阿部力) ©️2019MAREHITO PRODUCTION

日韓夫婦の子の空にとっても、日本人の望月にとっても、中国は外国だ。初対面の空に、望月が「なんで上海に?」と尋ねると、空は「生まれた国にいられなかったから」と答えた。「望月さんは?」と聞き返す空に、望月は自分も同じだと言う。望月もまた、過去に家族にまつわる出来事で傷を抱えており、似た者同士の空と惹かれ合っていく。

「湖底の空」から。上海で親しくなる空(左)と望月 ©️2019MAREHITO PRODUCTION

舞台は中国と韓国を行き来し、セリフも日中韓の言語が飛び交う。佐藤監督と韓国映画界との縁は2001年、韓国の富川国際ファンタスティック映画祭に遡る。出品作「L'Ilya〜イリヤ〜」の監督として富川を訪れたが、出演俳優として同行した山野内扶がその後韓国人女性と結婚して韓国に拠点を移し、山野内を通して韓国の映画人たちと交流するようになったのだ。山野内はイ・ジュンイク監督の「金子文子と朴烈」の布施辰治弁護士役など、韓国映画界で活躍する日本人俳優の一人だ。

「湖底の空」の韓国でのロケハンでは、湖のある街を探して回った。安東を選んだのは、安東湖にかかる月映橋と、伝統芸能のタルチュムが決め手だったという。佐藤監督は「霧がかった月映橋の風景がとても印象的だった。伝統芸能を守ってきた街というのも気に入った点」と話す。タルチュムは韓国の仮面劇で、安東が特に有名だ。仮面ごとに怒った表情や笑った表情など、はっきりとキャラクターが分かれ、それは空の多面的なキャラクターにも通じる気がした。

「湖底の空」から。安東で暮らす子ども時代の空と海 ©️2019MAREHITO PRODUCTION

佐藤監督は「韓国は撮影に協力的。特に安東は地方都市だからか、『日本からわざわざ映画を撮りに来たの?』と、温かく迎えてくれた」と話す。例えば安東の病院では、撮影機材を運ぶのに看護師がストレッチャーを貸してくれたり、予定になかった安東駅での撮影を駅長が即許可してくれたり。「日本なら通常2週間前には申請しないと許可がもらえないのに」と佐藤監督。「国が支援しているからなのか、映画の地位が高いと感じた。映画だから協力しようという雰囲気がある」。実際、韓国では映画やドラマのロケ地として脚光を浴び、観光客誘致につながることも多く、撮影には協力的な場合が多い。

「湖底の空」から。安東駅に降り立った空 ©️2019MAREHITO PRODUCTION

一方、佐藤監督は「中国で撮影許可を取るのは難しかった」と話す。許可が出なかったり、いったん出た許可が撤回されたりして、上海での場面の一部は日本で撮影した。「湖底の空」は中国では「姉妹情深」というタイトルでオンライン配信されたが、佐藤監督は「配信の許可を得るためにたくさんの書類を提出し、編集もかなり変わってセリフはすべて中国語に吹き替えられた。合作のおもしろさはなくなってしまった」と残念がる。

合作の難しさもあったが、佐藤監督は「何よりバイリンガルの俳優たちが言語をアドリブで選んだり、キャラクターの幅を広げてくれたのがおもしろかった」と話す。望月を演じた阿部力は日中、空の両親を演じた武田裕光とみょんふぁは日韓のバイリンガルだ。

みょんふぁは在日コリアンで、日本の舞台を中心に活躍している俳優だ。佐藤監督は「武田さんもみょんふぁさんも韓国語がペラペラなので、当初のシナリオでは2人の会話は韓国語だった」と言う。だが、みょんふぁには「お家芸」があり、日本語がまだうまく話せない韓国人の話し方をまねるのがうまい。みょんふぁの特技を生かす形で、夫婦の会話は日本語、子どもの前では韓国語で会話するように変えたという。

さらに香港出身のアグネス・チャンも特別出演している。上海の人気童話作家として、空のイラストを採用してくれる重要な役だった。「アグネス・チャンさんは物語の核心に迫るようなセリフを自ら追加してくれて、驚いた」と佐藤監督。日中韓をまたいで活躍する俳優たちのコラボも見どころだ。

6月12日より全国で順次公開予定。