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「最高の会談」米韓首脳会談を自賛した文大統領 大幅譲歩に「失敗だった」の声も

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
4月21日に行われた米韓首脳共同記者会見に臨んだバイデン米大統領(右)と文在寅韓国大統領=韓国大統領府ホームページから

■なぜ「台湾海峡」を受け入れたのか

千英宇氏は1952年生まれ。6者協議の韓国代表、駐英国大使、外交通商省(現外交省)第2次官などを経て、2010年から13年まで韓国大統領府外交安保首席秘書官を務めた。その千氏は「なぜ、文在寅政権は共同声明に台湾海峡を入れたのか。過去に言及を避けてきたのも、中国が嫌がっている事実を知っていたからだ」と語る。

日本外務省幹部も「共同声明に、台湾海峡が入ったのはサプライズだった。韓国がよく受け入れたなという印象だ」と語る。

韓国はバイデン政権発足後、3月18日に米韓の外務防衛閣僚級協議(2+2)を行ったが、共同声明で台湾海峡に触れなかった。4月3日には、鄭義溶外相が中国の王毅外相と台湾海峡から近い福建省アモイで会談し、中国との関係悪化を避けたい思惑を隠してこなかった。

千氏によれば、米国が得た成果は「台湾海峡」という文言にとどまらない。米韓は首脳会談で、韓国が開発する弾道ミサイルの最大射程を800キロまでに制限するなどした米韓ミサイル指針の解除で合意した。千氏は「北朝鮮だけを相手にするなら、指針の解除は必要ない。(800キロ以上という射程は)中国を抑止するために必要な距離だ」と語る。

米国は昨年、旧ソ連と1987年に締結した中距離核戦力(INF)廃棄条約から離脱した。米国は離脱の理由として中国もINFに参加するべきだと主張するが、中国は応じていない。エスパー米国防長官(当時)は昨年8月、条約によって禁じられていた射程500キロから5500キロまでの中距離ミサイルのアジアへの配備に意欲を示した。

千氏は「ポストINFで、米国は東アジアへの弾道ミサイル配備を考えている。韓国は自らも開発する以上、米国に(在韓米軍基地などに)配備するなとは言いにくくなる」と語る。

北朝鮮の非核化を議論する6者協議の各国首席代表たち。左から2人目が当時、朝鮮半島平和交渉本部長を務めていた千英宇氏=2007年2月13日、朝日新聞社撮影

これに対し、文氏は21日の共同記者会見で「うれしい気持ちで、ミサイル指針撤廃の事実を伝える」と語った。千氏は「文在寅政権は(朝鮮半島有事の際、米軍が韓国軍を指揮する)戦時作戦統制権の韓国への返還を任期内に実現することを目指してきたが、これが難しくなっている。(文政権の支持層が願う)対米自主独立の象徴として、ミサイル指針解除を歓迎せざるをえなかったのではないか」と語る。

また、米国は新型コロナウイルスのワクチンについて、韓国軍が必要とする55万人分の支援を決めた。千氏は、この決定にも米国の戦略が隠されているとみる。「韓米合同軍事演習を通常通りに実施するための環境整備ではないか」

北朝鮮は従来、米国が18年6月の米朝首脳会談で米韓演習の中止に同意したと主張。米韓両国も演習規模の縮小や、野外機動訓練ではなく、コンピューターを使った指揮所演習にして対応してきた。米韓の専門家の間から、北朝鮮への抑止力の低下を懸念する声が出ていた。

■バイデン政権が得た実利

千氏は「今回の首脳会談で、バイデン政権が一番大きな実利を得た」と説明。文在寅政権が従来の態度を変えてでも米国に多くを与えた理由について「中国を刺激する結果になってでも、南北関係に執着したということだろう。どうしても南北関係を改善したかったため、米国が主導する反中国路線に従う結果になった」と分析する。

シンガポールで史上初めて行われた米朝首脳会談。トランプ米大統領(右)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長=2018年6月、朝鮮通信

米韓関係筋によれば、文政権は、南北関係改善のためには、制裁緩和のカギを握る米国と北朝鮮の対話再開が必要不可欠だと判断。米国に対し、2018年4月に行われた南北首脳会談の際の板門店宣言や、同年6月にシンガポールでの米朝首脳会談で発表された共同声明を支持し、対話を後戻りさせないよう求めていた。同時に、米朝対話の再開のため、空席になっていた米国務省の北朝鮮政策特別代表の任命を急ぐよう要請していたという。

確かに、共同声明には、板門店宣言と米朝首脳共同声明について「朝鮮半島の完全な非核化と恒久的な平和の達成に不可欠」との言葉が盛り込まれた。バイデン氏は21日の共同記者会見で、ソン・キム国務次官補代行を北朝鮮政策特別代表に任命すると発表した。文氏は会談後、自身のツイッターで「最高の歴訪、最高の会談だった」と喜んだ。

4月21日、ホワイトハウスで行われた米韓首脳会談=韓国大統領府ホームページから

ただ、米朝・南北関係が文在寅政権の思惑通りに進むとは限らない。

米韓関係筋によれば、ソン・キム氏の北朝鮮政策特別代表任命を推進したのは、ホワイトハウスのキャンベル国家安全保障会議(NSC)インド太平洋調整官だった。同筋は「キャンベル氏は、(東アジア・太平洋担当の国務次官補に指名された)クリンテンブリンク氏を中国とインド・太平洋政策に集中させたかった。政権のなかで北朝鮮に一番精通している人物としてソン・キム氏を選んだ」と語る。

ただ、同筋は、北朝鮮がソン・キム氏を歓迎する可能性は低いとみる。「北朝鮮は政治的な取引を求めている。北朝鮮はキム氏と長い交渉経験がある。同氏がキャリア外交官で、政治的権力を持っていないこともよく知っている」と語る。

ソン・キム氏が今後、常駐の特別代表になるのか、2020年8月に議会で承認されたインドネシア大使のポストと兼任するのかも、現時点では明らかになっていない。

バイデン氏は共同記者会見で「(米韓は)朝鮮半島の非核化という究極的な目標に向け、北朝鮮と外交的に向き合う考え方を共有する」と語った。バイデン政権の任期内に北朝鮮の非核化は難しいという意味を含むと同時に、政権にとって北朝鮮問題の優先順位が低い現実も示唆している。

米韓関係筋によれば、今回の首脳会談の結果を受けて、文在寅政権を支える幹部らから「失敗だった」という声も漏れているという。同筋は「青瓦台(韓国大統領府)が一番やりたかった北朝鮮政策でほとんど進展がないうえに、中国や北朝鮮を怒らせる要素が入ったからだろう」と話す。

千氏は「文在寅政権は今回の米韓首脳会談について、中国側と事前協議はしていないと思う。今後、中国からの激しい抗議を受けて右往左往するだろう」と予測する。

そして千氏は、日米韓や日韓の関係について「何も変わらないと思う。文政権は、米国のためにリップサービスをしているだけ。慰安婦や徴用工問題などで、(被害者重視などの)原則を曲げる考えはないだろう」と語る。バイデン、文両氏や菅義偉首相らは、6月、英国で開かれる主要7カ国(G7)首脳会議で顔を合わせる。千氏は「G7で再び会っても、一緒に写真を撮るだけで終わるだろう」と語った。