【前の記事を読む】全米が「目撃」したあの事件から1年 ジョージ・フロイドさんの現場にようやく立った
警察による暴力を調査する民間グループ「マッピング・ポリス・バイオレンス」によると、米国では2020年に1127名の命が警官の手によって奪われた。政府から発表される正式なデータがないため、このような民間団体や新聞社がデータを集計、分析している。2015年、この状況について当時の米連邦捜査局(FBI)長官ジェームズ・コミー氏は「恥だ」と発言した。「映画のチケットが何枚売れたかという数字はあるのに、警官が発砲した事件のデータがないなんて馬鹿げている」
■人口よりも銃が多い国
米国では、年間4万人が銃によって命を落としている。2018年のSmall Arms調査によると、米国で所有されている銃の数は3億9300万丁。約3億2800万人の米国人口と比べれば、国民一人が一丁以上の銃を持っている計算になる。一方で、2020年のギャラップ調査によると、家に銃があると答えた米国人は42%だ。つまり58%の世帯は銃を持っていない。
このギャップについて、ペンシルべニア州フィラデルフィアのラサール大学で社会学を専門とするチャールス・ギャラガー教授はこう説明する。「盗難や「ストロー購入」(代理人による購入)などにより違法に大量の銃が出回っている。銃規制が緩い州で誰かが銃を大量購入し、それを他州の人に売りつけるようなことも頻繁に行われている」。さらにギャラガー教授は、「黒人コミュニティーや貧困地域にこれらの違法の銃が辿り着くことが多い」という現状を指摘する。一方で、ナショナル・パブリック・ラジオ(N P R)の調査によれば、2015年以降、銃を持っていないにも関わらず警察に撃たれて亡くなった黒人は135人いる。武器を保持しない黒人が撃たれ命を落とすというこのパターンは増加傾向にあるという。
■「システミック・レイシズム」とは
「黒人であることは、『暴力的』、『犯罪者』、『危険』と同義語とされる」。ギャラガー教授によれば、この偏見は警察が逃亡奴隷を捕まえ反乱を鎮圧したり、黒人の抗議運動や市民権の要求を抑圧したりするために出動していたという過去にさかのぼる。黒人を「封じ込める」目的で、教育、雇用、融資、住環境、医療保険、司法制度といった生活のあらゆる側面で黒人の権利を最小限に抑えようとする差別が制度に反映されたものを「システミック・レイシズム(制度化された人種差別)」という。
システミック・レイシズムは、特に警察による黒人の不当な扱いや裁判において顕著にみられる。ミシガン州立大学で刑事司法を研究するバーバラ・オブライアン教授は「刑事司法制度には、黒人にとって不利な要素があらゆるステップに潜んでいる」と語る。
警官が疑わしいと判断した人物を呼び止め、所持品を検査したり武器を持っていないかチェックしたりする行為を「ストップ・アンド・フリスク」という。米社会での偏見のために、黒人はこの対象になりやすい。2020年に首都ワシントンの警察が発表した統計によると、ワシントンの黒人人口は全体の46%であるにも関わらず、2019年7月下旬から12月までの間、「ストップ・アンド・フリスク」の対象になった黒人の割合は、72%だった。警察が人種で誰を「ターゲット」にするか決めるこの手法は「レイシャル・プロファイリング」(人種による選別)と呼ばれる。ピューリサーチの調査結果によれば、60%の黒人男性が「警察から不当に職務質問を受けたことがある」と答えた。同様に答えた全体の白人の割合は9%だった。
■人口にくらべて明らかに多い、警官に殺される黒人
警官に撃たれた犠牲者のうち、不均衡に高い割合を占めるのも黒人だ。黒人人口は米国全体の13%に満たないが、警官に殺害された人に占める黒人の割合は27%。人口の63%を占める白人に比べると、黒人が警官に殺される率は3倍に値する。その多くのケースは、警官による過剰な暴力や銃器使用が原因とされている。
収監人口、有罪判決、冤罪被害、死刑などに共通して黒人の割合が「不均衡」に高い。全米の死刑のデータを分析する非営利団体「死刑情報センター」のロバート・ダンハム事務局長は、統計が「黒人よりも白人の命の方が大切だ」という強力な証拠を浮き彫りにしていると話す。司法制度は英語で「ジャスティス・システム」だが、「正義」という意味を持つ「ジャスティス」の代わりに「リーガル・システム」(法律制度)という言葉を用いる弁護士や活動家が増えている。米国の「ジャスティス・システム」に「ジャスティス(正義)」が存在しないからだ。
「警官による黒人の扱いは白人に対するものと明らかに異なる」。オハイオ州ボーリング・グリーン州立大学で司法制度を研究するフィリップ・スティンソン教授はそう指摘する。その背景には差別だけでなく「恐怖」があるという。「警官の多くは黒人を恐れている。警察に止められる黒人も警官との遭遇を恐れている」。警官は黒人が「危険」だという先入観を持ち、黒人は「警察の不当な扱い」に怯える。恐怖に基づいた思考パターンと行動が過剰反応を生み、警官は緊張を緩和させるどころか不必要な発砲に繋がることがあるという。黒人が警官に対し少しでも逆らったり、予想外とみられる行動をしたりした場合、テールランプがついていないなどといった注意のやり取りがたちまちエスカレートする。ナショナル・パブリック・ラジオ(NPR)の調査によると、警官による射殺の25%以上は警告程度の違反で車を止められてから発砲に発展したケースだ。このような事件が後を絶たない。
■警察の訓練で叩き込まれる「恐怖」
「恐怖」は警察の訓練で叩き込まれる。「一瞬の躊躇が命取りになる。待てば手遅れになるため、警官は脅威を完全に把握する前に撃つよう訓練される」。元警官の経歴を持つサウス・キャロライナ大学のセス・ストートン教授は、2014年米誌に書いた記事で警官の訓練についてこう説明した。警官が殴られる場面、銃を奪われ撃たれる瞬間、最後に必死で助けを求める様子……。実際に警官が着用したボディカメラに収められた映像をトレーニングの中で見せられるという。「悪いのは撃った人ではなく、警戒心が足らなかった警官」だと教え込まれる。これを見た訓練生は「こうだけはなりたくない」と誓う。
凶悪犯罪や暴力に警官が屈しないための訓練はされるが、的確な脅威の査定や事態の沈静化、精神疾患を持つ人の見極めと対応、発砲に代わる方法などのトレーニングが不足しているという。
■責任追及を阻む「青い壁」
2%――警官が市民を殺した際に起訴される確率だ。2005年から警官が起訴されるケースのデータを蓄積しているスティンソン教授によれば、2005年以来、殺人罪で有罪になった警官はわずか7人。警官が有罪判決を受ける確率は1%にも満たないという。この数字を見れば、フロイドさんを殺害した元警官のショービン被告が有罪判決を受けたことがいかに稀なことかが明白になる。その理由に、「Qualified immunity(資格による免責)」がある。1967年に米最高裁判所が認めた警官を訴訟から守るための権限で、大半の法執行措置が対象とされている。このため、ほとんどケースが警官の正当防衛、または訓練に従った正しい行動とされ問題にならない。
これに加え、スティンソン教授は「沈黙の青い壁」を指摘する。米国では警官の制服で、警察は「青」という色で表現されることから、「沈黙の青い壁」は「警察が警察を守るために何も言わないというルール」を意味する。「この『青い壁』を破らない限り、警官に責任を追わせることは極めて難しい」とスティンソン教授は語る。「携帯電話の普及やテクノロジーの進化で、証拠映像が増えているにも関わらず、起訴される警官の割合は25年前、50年前と変わっていない」。検察官が一般市民の目撃証言や証拠を真剣に受け入れることも稀だ。
警察改革に必要なものは何かという問いにスティンソン教授はこう答えた。「全米には1万8000もの警察機関がある。各地域に根づいた警察文化を変えるのは容易ではない。だが、一番重要なのは警官が『戦士』ではなく『守護者』の精神を持つことだ」。
スティンソン教授は、警官に退役軍人が多いという事実も指摘する。「使用する武器、目的、ルールは軍隊と警察で異なるが、『殺すために撃つ』という軍隊の訓練が警官としての行動に影響している可能性も否めない」。
■「死刑囚監房」背中の文字
「ジョージ・フロイド・スクエア」を訪れた翌日、私は同州で警官がテーザー銃と拳銃を間違って発砲したことで亡くなった20歳のダンテ・ライトさんの葬儀を取材した。「私を埋葬してくれるはずの息子を私が埋葬しなければならない」と泣き崩れるライトさんの母親の手前に、赤い上着を着たライトさんの友人と思われる男性が参列していた。背中には「死刑囚監房」の文字。「黒人であることは、いつ殺されるかわからない死刑囚であることと同じだ」というメッセージを伝えるため、男性はこのジャケットを着たに違いない。彼らが生きる世界の過酷さを突きつけられたような気がした。