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気候変動サミット、世界の見方は「アメリカは戻ってきた。日本も戻ってきた」

揺れる世界 日本の針路
気候変動サミットに集まった世界の首脳がスクリーンに映し出された=4月23日、米ホワイトハウス、ロイター

――11月には英国でCOP26も開かれます。今回のサミットの意義はどこにあったのでしょうか。

イベントのセッティングは重要だ。サミットがあるから、各国首脳が他国を意識しながら目標を掲げる。地球温暖化に取り組む世界の雰囲気を急速に高める効果がある。

特に、多国間体制に戻った米国が主導した意味は大きい。97年12月1日に開幕したCOP3も当初、米国は温室効果ガスの削減目標ゼロを主張し、全く交渉が進まなかった。ところが、8日に来日したゴア副大統領が、米国代表のアイゼンスタット国務次官らに「柔軟な対応」を指示した途端、交渉が動き始めた。10日夜までの交渉で、1990年比で、2008年~2012年の間に削減する目標を日本6%、米国7%、欧州連合(EU)8%などとする京都議定書に合意した。

日本も米国の動きを気にしていた。当初掲げた目標値はゼロだった。ところが、動き出した米国のアイゼンスタット氏が「森林による二酸化炭素吸収量を計算に入れれば良い」とアドバイスしてくれた。確か、3・7%ほどになったという記憶がある。それに将来の技術革新による削減期待値が2%近く見込めるとして6%の目標になった。

逆に、ニュージーランドの代表はポケットに「5%削減」という目標値を入れていた。しかし、当時の議長から「ニュージーランドはゼロで構わない」と言われ、そのまましまい込んだそうだ。まさに、COPは外交戦だった。

赤阪清隆・元国連事務次長=本人提供

当時、「米国が動けば、交渉はまとまる」という事実を実感した。その後、COPに計7回ほど出席したほか、OECD(経済協力開発機構)や国連でも働いたが、米国の力はまだまだ大きいと感じる。

特に米国は共和党政権になると地球温暖化問題に関心がなくなる。ジョージ・W・ブッシュ政権は京都議定書から離脱したし、トランプ政権は、気候変動への国際的な取り組みを決めた2015年の「パリ協定」から離脱した。

そして、米国の関心がなくなると、日米同盟で米国の影響を強く受ける日本も同時に関心をなくす傾向があった。ブッシュ政権時代、米国は京都議定書をダーティーワード扱いしたが、主催国だった日本政府も当時、京都議定書の継続性を強く求めなくなってしまった。

逆に、日本は今回の気候変動サミットで46%減の目標を立てた。米国を意識した結果だったという報道も出ている。当然、日本の目標値について米国と事前の交渉があったと思う。

日米首脳会談後に共同会見をする菅義偉首相(左)とバイデン大統領=2021年4月16日、ワシントンのホワイトハウス、恵原弘太郎撮影

――国際社会が、米国の気まぐれを許さないようにする動きはなかったのでしょうか。

国際社会は「米国は共和党と民主党で関心が全く変わってしまう国だ」と思っているが、公式の席で口にすることはない。今回の気候変動サミットでも、バイデン大統領に対して「50%の削減目標は素晴らしいが、そもそも米国の約束にはクレディビリティー(信頼性)がない」と批判した首脳はいなかった。それが国際社会の限界なのかもしれない。

――京都議定書当時の目標に比べ、最近は菅義偉首相が、2050年までに温室効果ガスの排出量をゼロにすると訴えるなど、大胆な目標が目立ちます。

京都議定書には法的な拘束力があった。目標を達成できない場合、ペナルティーが科せられた。当時、ガス1%の削減量が原発2基に相当すると言われていた。「原発1基の建設費用が5千億円だから、削減目標が1%後退すると、1兆円の負担増になる」と計算した記憶がある。

当時は自発的な目標は高く評価されなかった。2007年まで勤務したOECDも当時、経団連が定めた自発的な温室効果ガス削減目標について「従来の取り組みで実現できる内容しか盛り込まれていない」という冷淡な評価をしていた。

ところが、その後、中国やインドを引き入れるためには法的拘束力を持つ国際約束を作るのは無理と判断されるようになり、パリ協定では、自発的な目標でも構わないことになった。もちろん、国際社会での約束だから、他国の視線を意識してでたらめな約束はしないだろうとは考えられる。

しかし、10年先まで政権の座に就いていると意識する各国の首脳が何人いるだろうか。こうした首脳が結んだ約束を誰が順守させるのか、というのが大きな課題だ。

木づちを打って「パリ協定」の採択を宣言するCOP21議長のファビウス仏外相(右から2人目)=2015年12月、パリ、下司佳代子撮影

――日本は30年までの46%削減目標を達成できるでしょうか。

メディアにも、目標だけではなく、具体策が重要だという論調がみられる。

ひとつは原発を使うのか使わないのか、という議論が起きるだろう。また、現時点で予想していない技術革新もありうる。COP3当時も、ハイブリッド車や電気自動車が温室効果ガス削減に大きな役割を担うという予測が十分できなかった。

また、OECDに勤務した当時の経験だが、経済的なインセンティブが重要だ。一つは、温室効果ガスを使わない方が経済的な利益が出るというビジネスモデルを提示することだ。そしてもう一つは、マイナスのインセンティブ。日本でも2012年から「地球温暖化対策のための税」が段階的に施行された。温室効果ガスを出す化石燃料の使用に税をかけるものだが、欧州の税率よりもはるかに安い。炭素税に変えて、税率も欧州並みにすべきだろう。

――外交の視点からみて、日本の気候温暖化対策は遅れているのでしょうか。

私は1997年、当時の外務省国際社会協力部参事官に就任し、「気候変動をやれ」と命じられた。外務省には当時、地球温暖化問題の知見が少なく、気象庁からの出向者に教えを請いながら、科学的にアプローチした。当時の日本は、経団連と相談しながら積み上げ方式で温室効果ガスの削減目標を考える通産省(現・経済産業省)と、理想論に走りがちな環境庁(現・環境省)も加えた3者で対策を考えるという構図だった。ただ、当時はまだ、集中豪雨や山火事など、地球温暖化に伴う実害が表面化する前だった。京都議定書も将来に向けての警告という位置づけだった。

こうした状況から、京都で開かれたCOP3で、せっかく盛り上がった、日本の地球温暖化問題への熱気も、翌年になると急速に冷えた。メディアは報じなくなり、専門家も環境ホルモンなど別の問題に取り組むようになった。

さらに、日米同盟中心の外交という構図から、ブッシュ政権が関心を失うと同時に、日本の関心も薄れてしまった。

ただ、日本の企業は世界に先駆けて地球温暖化問題に取り組み、豊富な知見や経験がある。京都議定書をはじめとする地球環境問題への日本の取り組みに対する国際的な評価も色あせていない。今回の気候変動サミットで、国際社会は「米国だけでなく、日本も戻ってきた」と評価している。バイデン政権は今後4年間は続く。その間に、日米が主導して、後戻りできないような段階まで地球温暖化問題への取り組みを進めて欲しい。

赤阪清隆(あかさか・きよたか)元国連事務次長

1971年に外務省に入省。88GATTWTOの前身)事務局、93年世界保健機関(WHO)事務局、2000年に国連日本政府代表部大使を務める。03年に経済協力開発機構(OECD)事務次長、07年から12年まで国連広報担当事務次長(広報局長)。12年より20年まで、公益財団法人フォーリン・プレスセンター理事長。近著に「国際機関で見た『世界のエリート』の正体」(中公新書ラクレ)、「世界のエリートは人前で話す力をどう身につけるか」(河出書房新社)がある。