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ロシアの石油戦略が曲がり角 課税強化の「禁じ手」、次官が論文で警鐘?

迷宮ロシアをさまよう
ロシアのチュメニ市内に設置されている油井の模型の写真。西シベリアにおける石油・ガス探査が本格的に始まったのがこの場所であることを示している。撮影したのは服部倫卓氏。
チュメニ市内に設置されている油井の模型。西シベリアにおける石油・ガス探査が本格的に始まったのがこの場所であることを示している=服部倫卓撮影

周知のとおり、ロシアは世界に冠たる石油大国です。しかし、今後も順調に生産が拡大していくとはロシア政府自身も考えていません。

下図に見るとおり、2020年6月にロシア政府が採択した「2035年までのエネルギー戦略」によれば、2035年時点の石油生産量は良くて現状維持、悪ければ現状から12%ほど低下するとみられています。

ロシアの2035年までの石油生産の見通しを示すグラフ。
ロシアの「エネルギー戦略」が描く石油生産見通し=ロシア政府が採択した「2035年までのエネルギー戦略」をもとに筆者が作成

そもそもロシアにとってみれば、世界的に「脱炭素」が叫ばれている中で今後石油にどのくらいの需要があるのか、需要が低下した場合に価格水準がどうなっていくのかということが大きな不安要因でしょう。

ロシアの石油可採埋蔵量は300億トン程度とされています。一方、ここ数年の年間生産量は5.5億トンほど。単純に考えれば、あと50~60年くらいは掘れそうだという計算になるでしょう。

ただし、ロシアの埋蔵量データは甘いというのが常識です。ロシアが称する可採埋蔵量には「C2カテゴリー」と言って、まだ調査が不十分な予想埋蔵量が含まれており、ある程度割り引いて考える必要があります。

もう一つの問題は、石油が埋蔵され、技術的に採掘可能ではあっても時代とともに開発条件が厳しくなっていることです。

これまで石油大国ロシアの地位を可能にしていたのはチュメニ州を中心とした西シベリアの油田地帯でした。巨大油田が集中し、生産コストも低い、有難い産地です。

しかし、半世紀以上も大規模な開発が続けられた結果、西シベリアの生産はすでにピークをすぎ、減産フェーズに入っています。

ロシアとしては、西シベリアの中でもこれまでは難しくて手を出せなかったような資源を「落穂拾い」のように採っていくか、あるいは東シベリアや極東、北極圏という新たな産地の開発を本格化しなければ生産量を維持できません。

実際、前出の「2035年までのエネルギー戦略」を見ても、下図のように西シベリアの生産は低下していき、東シベリア、極東、北極圏という新産地の生産は拡大していくという形が想定されています。

いずれにしても、これからロシアの石油開発コストが増大していくのは不可避です。油価次第ではありますが、これまでのような大きな利益率は望めそうもないということです。

ロシアの産地別にみた2035年までの石油生産の見通しを示すグラフ。西シベリアでは、上限と下限とも減少傾向を示し、新しい産地では上限、下限とも増える傾向を示している。
ロシアの産地別の石油生産見通し=ロシア政府が採択した「2035年までのエネルギー戦略」をもとに筆者が作成

そうした中、ロシア・エネルギー省のP.ソロキン次官が今年1月、同国の「エネルギー政策」という雑誌に論文を投稿しました。

彼が指摘したのは、まさに上述のような開発条件の悪化です。ロシアの多くの油田で資源はあってもコストの増大により、掘っても利益を出せなくなるという点です。

以下、ソロキン論文の当該箇所を抄訳して紹介します。

ロシア経済における石油採掘業の重要性は、いくら強調しても強調しきれないほどである。

それはおおよそ国内総生産(GDP)の15%、輸出の40%、連邦財政の歳入の45%をもたらしている。

石油産業はチュメニ州のハンティ・マンシ自治管区、タタルスタン共和国、バシコルトスタン共和国、トムスク州といった一連の産油地域の社会・経済発展に重要な役割を果たしている。

しかし、現時点で石油・ガス産業はいくつかの問題に直面しており、世界市場における競争力が低下しつつある。

全般的な問題として指摘できるのは既存油田の埋蔵量が徐々に枯渇に向かい、伝統的な産油地域の生産量が低下していることである。

今日、最も減産が顕著なのはロシア最大の産油地帯である西シベリアで、その生産量は過去10年間で10%落ち込んでいる。

ロシア政府の指示により精査したところ、ロシアの石油の可採埋蔵量300億トンのうち、現在のマクロ経済条件下で利益が出るのは36%に過ぎなかった。

それは開発条件の悪化に起因しており、生産はますます複雑な作業を要するようになっている。その結果、生産コストが増大するだけでなく、開発した際の収益性に誤算が生じる恐れがある。

資源基盤の再生産の質も悪化している。2015年から2019年にかけて発見された新たな鉱床の平均規模は、大陸棚およびパイヤハ鉱床群のいくつかの鉱床を例外として900万~1,400万トンにすぎなかった。

ここ数年、ロシアの埋蔵量の増加は大部分が新たな油田の発見というよりも既存産地での追加の探鉱か、または埋蔵量の再評価によってもたらされている。

しかも地質探査の技術的困難性は、はなはだしく高まっている。伝統的な産地では基本的に確認埋蔵量が増えるとしても、これまで見逃していた油層の発見や、より深部の掘削によってである。

しかし、従来のデータ解釈の方法ではデータ不足や構造の複雑性などから、有望な油層の見落としが生じてしまう。

そのため、全く新しい探索・モデル化の技術が必要となる。深い油層の開発には投資の拡大が必要だ。

たとえば、西シベリアのジュラ紀以前の鉱床の場合、試掘のための所要投資額は北極圏でのそれに匹敵し、一つの油井につき5億ルーブル以上を要する。

大きな埋蔵量の発見を期待できるのは北極圏と大陸棚である。ここでは近年、ネプチューン、トリトン、パイヤハなどの大規模な油田が発見されており、その合計埋蔵量は13億トンを超える。

しかし、これらの鉱床はまだ、ほとんど調査されておらず、試掘にかかるコストが高いことから、まったく新しいモデリング技術をここに適用する必要がある。

このようにロシア石油産業の未来は、技術的なイノベーションと効率の向上にかかっている。

ロシアは現在、世界の中でも石油の生産コストが最も低い国の一つだが、その地位を維持できるかどうかはそれらの課題にかかっている。ロシアの雑誌「エネルギー政策」

以上、ソロキン論文の当該箇所を抄訳してみました。ソロキン次官が指摘している問題自体は多かれ少なかれ、これまでも認識されていたものです。

しかし、省庁の幹部が「可採埋蔵量300億トンのうち利益が出るのは36%だけ」という具体的な数字を示すのは異例で、一部で波紋を呼びました。

さらに、この4月にはロシア天然資源・環境省のYe.キセリョフ次官(ロシア地下資源利用庁長官を兼務)が、政府機関紙である「ロシア新聞」のインタビューに応じ、「ロシアの石油可採埋蔵量は58年分あるが、そのうち現在の条件下で利益が出るのは19年分だけだ」と発言しました。

ソロキン次官の「可採埋蔵量300億トンのうち利益が出るのは36%だけ」という指摘と、キセリョフ次官の「可採埋蔵量58年分のうち利益が出るのは19年分だけ」という発言は、おおむね見合っています。

普通、新興国や途上国は、自分たちの国の経済がいかに有望かということを強調し、外国から投資を呼び込んだりしようとするものです。

今回のように、ロシアの省庁の幹部がロシアの石油埋蔵量のうち利益が出るのは36%だけだとか、19年分だけだとか、率直に認めるのは異例だと思います。

話がセンセーショナルに広がったりすると、国際的な格付け会社に格下げされてしまうかもしれません。それなのになぜ、今回ソロキン次官は、厳しい見通しを示したのでしょうか。

実は、ソロキン論文は後半部分で石油産業における人工知能(AI)活用についての議論を展開しています。

ロシアにおける石油生産が今後ますます複雑かつ高コスト化していく中で、AIを活用しなければ生き残れず、ロシアは官民を挙げてその方向に突き進まなければならないというのがソロキン次官の主張です。

つまり、ソロキン次官はロシアの石油産業が斜陽化していくだろうと言いたかったわけではなく(一部ではそのように受け止められたわけですが)、それを回避するためにITを活用した新たな産業モデルに移行しなければならないということを主張しているわけですね。

もっとうがった見方をすれば、こんな背景もあったかもしれません。2020年、ロシアはコロナ禍の中で石油価格の暴落に見舞われました。

とはいえ、ロシアとしてはコロナ対策で膨らむ財政支出をまかなうためにオイルマネー以外に頼れるものはありません。

そこでロシア政府は2020年秋、協調減産や油価低迷で体力を奪われていた石油会社に対し、課税を強化するという「禁じ手」に打って出たのです。

石油会社としては、中長期的に生産を維持していくためにはITの導入を含む投資が必須。それなのに、財政の足元が苦しいからと言ってロシア政府が石油会社への課税を重くしたら、将来に向けた投資もままならなくなる。

ソロキン次官の問題提起には、そのようなメッセージも込められていたのではないかと、筆者は推察しています。