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アグネス・チャン「親孝行に育てなくとも、親孝行な子は育つ」

アグネスの子育てレシピ
アグネス・チャンさんと母。2018年、94歳の誕生日に撮影(写真はアグネス・チャンさん提供)

日本では「子供を親孝行に育てよう」とあまり言いません。
「子供の一番の孝行は健康に育って自立して、親に心配をかけないこと」とよく聞きます。
それなのに、同年代の日本の友人たちは、いま親の介護をしています。
特に長男のお嫁さん、あるいは長女が親の介護をしているケースが多いようです。
結局、みんな親孝行をしているのでしょうか。

一方欧米では、親は子供に介護なんて望みません。
老人ホームなどの施設に入ったり、ヘルパーさんに頼ってひとりで生活したりする人がたくさんいます。

香港は日本と似ています。家で親の面倒を見ることが多いのです。
伝統的に子供は親の面倒を見るのは当然で、親不孝だと最低な人間と評価されます。
私も親への恩返しをするのは人生の目標と教えられてきました。
親も子どもに面倒を見てもらうのが当然だと期待しています。
中国では家族を大事にする風潮があるので、みんな老後は子供がいれば安心だと思っています。
子供たちは自分たちのライフプランの中に、親の介護を組み込むのが普通です。
でも、子供にとっては、親は大きな負担であり、わがままな親だったりすれば、そのせいで子供は幸せな暮らしができなかったりします。

昔と違っていまは年金が整備され、親の方に財産がある場合もあります。
金銭的に親に頼る、財産目当てで親の面倒を見るというケースも見られるようになりました。親孝行の形も目的も変わってきているわけです。

成人した子供と歳をとった親の関係を小さい時からどう教えるのか?
お互いに自立して、程よい距離を置く親子関係がいいのか?
助け合って、親の面倒を最後まで見るのがいいのか?
自分の子供に親孝行をどのように教えるのか?
自分が病気になったり、老いたときに、どう子供と付き合うのか?

考えるべき問いが、たくさんあります。
65歳になった今、私にとっては身近な問題です。

香港にいる私の母を、いま私たちきょうだいで介護をしています。
そして、私と姉は母を施設に絶対に入れたくないと思っています。
だから私は、日本と香港を往復しながら、母の介護をしているのです。

アグネス・チャンさんの母、90歳の誕生日を祝うパーティー

95歳の母は認知症になり、元気ですが、だんだん私たちの事が分からなくなってきました。
それでも、毎日少しでも会話ができると嬉しく思います。
母の認知症が始まったころ、同じ話を繰り返しにしてくることがありました。
最初は「ママ、今の話、さっきしたよ」と指摘しました。
そのうちに、私は母に合わせて、まるで初めてその話を聞いたように、付き合うようにしました。
その10分間の間に、母が幸せであれば、それでいいと思ったのです。
また次に繰り返される10分間も母が楽しければ、それでいいと思いました。

私が母の介護をするのは、誰かに強制的に「やれ!」と言われて、やっているのではありません。自分が望んで、やっているのです。
つまり、母のためより、自分のためです。
そう考えると、私が歳をとった時に、私が望んでいなくても、息子たちも今の私と同じような気持ちになって、介護をしたくなるのかもしれないです。

「優しくて強いお母さん」でいたいのは私の目標でした。
子供たちを守り、彼らの港になりたいと思いました。
それはある程度できたと思います。
でも子供たちが成人になり、
私を助ける時が多くなってきました。
精神的な面で支えてくれたり、仕事の相談にも乗ってくれたりするようになりました。
特に最近の新しい技術のことでは、息子たちに頼ることが多くあります。
私の健康にも気遣ってくれて、新型コロナのパンデミックのなか、日本や中国を飛び回っている私のことを心配しています。
まだ親子の立場が逆転するまではいっていないのですが、いずれそうなる気配を感じています。

「自分が健康長寿で子供に迷惑をかけなければいいのよ」と友達は言います。でも、私の母もずっと元気でしたが、90歳を超えると、急に認知症が進み、介護が必要となりました。いくら自分が気をつけても、限界があると思います。

実は、私は息子たちに「ママが歳を取ったら、一番素敵な老人ホームに入れてくださいね。自分で面倒を見ようとしないでね」と言ってきました。
三人とも息子なので、お嫁さんに負担を掛けたくないし、もしアルツハイマーになったのなら、なおさら子供たちに迷惑をかけたくないと思いました。
でも息子たちは「ママが大好きなので、そばにいて欲しい」と言います。
私の願いと、息子たちの願いが違うようです。

アグネス・チャンさんの家族写真

子育てをする上で、私は親子の繋がりを大事にしてきました。
その繋がりによって子供は、自信と安心感を得て夢に向かう勇気を持てるようになるのです。
「僕をわかってくれる、愛してくれる人がいる。世の中でママはいつでも僕の味方」と思えることで、子供は前に進んでいけるのです。

ところが、愛情深く子育てをした結果、もしかして、私に介護が必要な時、子供たちは私を家で面倒を見たくなって、かえて迷惑をかけてしまうかもしれない。
自分が子離れできたとしても、子供たちが親離れできないかもしれない。
私の息子たちはマザコンではないと私は自負しています。
ママの言いなりの子供でもないし、ママが一番大事とも思っていない。
正しい信頼と愛情で築き上がった親子関係です。
でも、ママをとっても大事にしているのは確かです。

「ママは君たちが自由に人生を楽しんで欲しい。ママのことは心配しないで欲しいのよ」と言うと、
「僕たちもママに愛情をかける権利があることを忘れずに」と偉そうに言ってきます。
親孝行の文字は一度も教えたことがないですが、いつの間にか三人とも親孝行な子になっているようなのです。

アグネス・チャンさんと3人の息子(2002年ごろ撮影)=本人提供

そこで私が気づいたことがあります。
それは「親孝行は教えるべきではない」と言うことです。

教えると、それは義務となってしまい、親は恩返しの対象となってしまいます。
その親孝行は子供たちにとって、負担になるかもしれないのです。
でも、親孝行を教えなくても、愛情に溢れる子育てをすれば、子供たちは自然に親を好きになって、面倒を見たい気持ちになって、周りから見れば、親孝行な子になっていると思います。
だから、「親孝行」は子育ての中で禁止語にして、むしろ、親に対する尊敬、愛情、感謝が生まれる子育てをすればいいのです。

私のように、子供を自由にさせたい親は世の中にいっぱいいると思います。
それが最大の子供への思いなのです。
しかし、息子たちの「僕たちもママに愛情をかける権利がある」という言葉の重みがのしかかっています。
95歳の母を介護している自分に当てはめてみると、息子たちの気持ちが痛いほどわかります。

だから、今となっては、子供の気持ちに任せて、親の私はあまり心配しすぎないようにしたいと思います。
老人ホームに入る資金だけは用意して置いて、子供たちが私の老後の過ごし方を決めてくれれば良いと思います。
「ママ、そんなことを考えないで、仕事とボランティア活動を頑張ってください。まだ若いのだから。僕はまだ結婚もしていないし」と次男は言います。
三男は「僕が大金持ちになって、ママを連れて世界旅行するよ」と言ってくれます。
長男は「ママは孫の面倒を見ないといけないのだからね」と言ってみんなを笑わせました。
そんな話をしてくれるだけで、十分に幸せです。

昔の人は「子供は3歳まで、一生分の親孝行をしてしまっている」と言いました。
その可愛らしさ、親を楽しませてくれる姿は3年間で一生分です。
それからいえば、私は10生分以上の親孝行をしてもらっていますね。
ありがたいことです。
私は改めて息子たちに
「親孝行はいらない。元気で生きていてくれるだけで何もいらない」
と言いました。そうしたら、
「親孝行はしない。ママが元気で生きてくれるだけで僕たちは何もいらない」
と言い返してくれました。
やっぱり、親孝行な子たちです。