「がんばるな、ニッポン。」に込めた思い
東京・日本橋にあるビルにオフィスを構えるIT企業サイボウズ。訪れたのは平日の午後3時。開放的なエントランスは自然のテイストたっぷりで、奥をのぞけばバーカウンターやラウンジまである。会議室からは都心を一望できる見晴らしも。2015年に社内外とわずコラボレーションできる拠点として「Big Hub for Teamwork」のコンセプトで設計されたオフィスだが、社員の姿はほぼない。特段の必要がなければ、あるいは出社して働きたいわけでなければ、出社しないのがごく普通になっているという。
2020年3月6日、初めての緊急事態宣言が発出される前に打ち出されたサイボウズの新聞広告「がんばるな、ニッポン。」。緊急事態宣言が解除され出社を再開する企業も出てきた夏には、テレビCMも放送され反響を呼んだ。
「コロナ禍にもかかわらず必要のない出社や通勤を強いられている社会的状況があった7月から、テレビCMを流しはじめました。出社に不安を抱く方が多いなかで、ストレスをかかえながら出社を頑張るのではなく、テレワークなど多様な働き方をもう一度考えてみませんか、と問題提起する意味で広告を打ちました」と話すのは、サイボウズの吉原寿樹さん(ビジネスマーケティング本部 プロダクトブランディングチーム)。
この広告を打ち出した背景には、同社が業務アプリ構築クラウド「kintone(キントーン)」や大企業向けグループウェア「Garoon(ガルーン)」などテレワークに役立つグループウェアを提供していることもあるが、10年以上にわたり多様な働き方を実践してきたノウハウを伝えたいという思いも強かったという。
働き方の制度を、柔軟に変える
サイボウズの在宅勤務導入は2010年までさかのぼる。「それ以前に離職率が最大で28%になっていた時期もあるのですが、家庭の事情など何かしらの事情で、文化的には馴染めていても辞めざるをえない社員もいて、環境さえ整備されれば離職せずに働き続けられる方法があるのではないかとさまざまな制度をスタートさせました。そのひとつが2010年の在宅勤務の試験導入でした」と吉原さんは話す。
2011年の東日本大震災を機に在宅勤務制度の本運用を開始。2012年には以前より選べた働き方(時短勤務かフルタイム勤務など)をより細分化し、コアタイムなしのフレックスや在宅勤務、時短勤務など働き方を9分類にわけ、そのなかから働き方を自由に選べる制度を取り入れた。同時に、突発的な事情で働き方を変更したい場合に適用できる「ウルトラワーク制度」も開始。
さらに2018年には働き方の9分類の枠もなくし、100人100通りの働き方を宣言する「働き方宣言制度」を採用。これは一人ひとりが時間も場所も制限なく自由に働き方を決められ、全社員に向けて「自分の働き方を宣言する」というものだ。宣言の方法は、kintone上の働き方宣言アプリに「働きたい時間帯、場所の宣言」を載せ、また残業や出張業務についての補足など、自分でカスタマイズした勤務形態を記すというものだ。(以下の画像参照)
サイボウズの青木哲朗さん(運用本部 情報システム部)は「100人100通りの制度は、公平性よりも個性を重んじて一人ひとりの幸福度を追求するところに価値があります。幸福度の追求としては副業も認められていて、他社で人事を担当したり、農業をやったり、ライターやYouTuberをしている社員もいます」と話す。
このほかにも6年までの育休や、子連れ出社、会社を辞めて他の経験を積んでから復帰できる「育自分休暇」、また他部署に体験配属できる「大人の体験入部」など働きがいを生むためのユニークな制度がある。このように社員が自分の意志で自由に働けるための制度があり、制度をつかえる風土があり、それらを支えるツールという土台があるからこそ、働きがいも生まれる。2005年に28%までいった離職率も現在は4%にまで下がった。青木さんは離職率が下がるにつれ、業績が上がったという。「クラウドシステムに移行する世の中の流れと弊社の事業がマッチしたこともあるのですが、多様な働き方を支える制度により、能力の高い社員が会社を辞めることなく力を発揮できたことも大きな要因です。多様な制度は、多くのメリットを生み出しています」
「わがまま」が会社を変える
サイボウズは社員の働きやすい環境をつくるために、社員の要望を細かく聞き出しまとめ、それに対して試行錯誤を繰り返しながら柔軟に応えてきた。そして制度をつくるたびに、環境整備、運用ルールの見直しなど、課題をみつけてブラッシュアップしていく。
働きやすい環境をつくるポイントになるのは、「社員の『わがまま』を聞くこと」だと吉原さんは話す。「在宅勤務も導入当初は『わがまま』と捉える人もいたかもしれません。ただ、そうした一つ一つの『わがまま』と向き合っていった結果、制度や文化が社内に根付き、コロナ禍で在宅勤務が突然必要になった社員も気軽に制度を使えました。こうした『働き方のわがまま』と向き合い知見を積み重ねて多様な働き方を実現していくことは、結果としてコロナ禍など大きな変化が来たときにも強い組織づくりにつながると思います」
これまでに働き方の制度を積み重ねてきたからこそ、コロナ禍でも特別に変更した制度はほとんどなかったという。
制度を支えるのは風土、そしてツール
この制度を支えるのが社長みずから実践することで根付く風土だ。「他社様から聞くのは、働き方に関する制度はあっても使いづらい雰囲気になることも多いということ。弊社の場合は、多様性を重視するカルチャーが明示的に定められていることもありますが、育休をはじめとして社長の青野が率先して制度を活用していったところも大きいですね。だからこそ制度を積極的に利用してもいいんだという風土が生まれ、成り立っているのだと思います」と吉原さん。
柔軟な制度と、その制度を気兼ねなく活用できる風土。そして、この制度も風土も支えるのが、多様な働き方を実現するためのツールだ。
テレワークでもチームワークを豊かにするために、自社製品のkintoneやGaroonは欠かせない。スケジュール管理やワークフロー、タスク管理から、「kintone上で“分報”と呼ばれる社内版SNSのようなものもやっています。これが雑談を生むきっかけになります。誰もが参加できてその内容を見られます。メールだと『やり取りをしている人しか知らない情報』が増え不信感が募ることがありますが、『見ようと思えば見られる』『聞こうと思えば聞ける』とオープンに情報共有することで不信感もなくなり、コロナ禍での孤独感の解消にもつながっています」と青木さんは話す。
コミュニケーションとチームワークを高めるツールとは
さらにコミュニケーションの質を高めるために取り入れたのが、シスコシステムズの製品だ。きっかけは2015年の本社移転の際に、多様な働き方の制度と風土を支えるためのツールやデバイスを追求しはじめたことによる。
導入当時のシステム運用担当者はシスコ製品を導入したきっかけをこう話す。「本社移転の際に、拠点間や在宅勤務メンバーと出社メンバーのコミュニケーションやチームワークを高めるために、システムをリプレイスすることになりました。クラウドのツールでテレワークに最適なものに見直しをはかりシスコのビデオ会議システムやチャットサービスを導入しました。ソフトウェアもハードウェアも一体になっているところがシスコの製品の特徴で、使い勝手の良さがあります」
社内の各会議室や共有スペースなど至るところに、ビデオ会議端末が備え付けられている。カフェスペースにもカメラとスピーカーとマイクが一体になった「Cisco Webex Room Kit Plus」が取り付けられているので、気軽にコミュニケーションをとることができる。「導入当初は10台ほどで社内会議用だけだったのですが、お客様が来社されて他の拠点とつなぐことも多くなったので、現在は全拠点あわせて70台ほど導入しています」と青木さんは話す。
これだけの数のビデオ会議端末を導入した理由は、映像や音声の質が以前サイボウズで使っていた会議システムに比べても格段に良いからだ。映像と音声の質はコミュニケーションとチームワークをより豊かに円滑にする。また接続の速さにより、オンライン会議でも対面会議とかわらないスムーズさを実現し、社員のテレワークに一役買っている。
吉原さんは「拠点間では以前からビデオ会議で頻繁に話をしていたので、弊社にとっては会議室に一台あるのが当たり前の感覚です。映像や音声がきれいな上、大画面なので距離を感じずにコミュニケーションが取れますし、会議を開始する際もタッチパネルでワンタッチで、開始できる気軽さも本当に便利ですね」と話す。
また、在宅勤務が増えたことでとくに活用されているのが、シスコのクラウド電話サービス「Cisco Webex Calling」だ。これは固定電話回線や装置などの設備が不要で、会社の固定電話番号を利用し携帯から電話をかけることができる優れものだ。「現在は出社している社員も少ないので、代表の電話番号にかけて出た社員は自宅にいるということもあります」。クラウド経由で内線通話や着信転送といった固定電話と同じ機能を使えるので、内勤者でも働く場所とわず電話をかけることも受けることもストレスなくできるのだ。「設定も簡単ですし、何より音声をふくめた品質の良さがいいですね」と青木さんは話す。
これからも働き方をアップデートする
このようにサイボウズでは、制度と風土、そしてツールが組み合わさり、コミュニケーションもチームワークも生産性も叶える働き方改革ができている。日本の「働き方」をリードし続けるサイボウズは、今後も働きやすい環境を整備し続ける。
吉原さんは「まだ目に見えていない働きづらさもあるかと思います。これからも『100人100通りの働き方』を実行していくなかで一つ一つ課題を拾い上げ、改善していくことになると思います」と話す。システムを担当する青木さんが働き方をアップデートするのに重要だと思うのはツールとデバイスだ。「社会全体として働き方は多様化し、テレワークももっと進むと思いますので、どこにいても同じように働ける仕組みをつくる必要があります。そのためには制度とともに、ツールとデバイスをどううまく活用するかが大事になります」
誰ひとり同じ働き方をせずに個性を尊重する働き方で、コロナ禍でも「働きがい」をつくるサイボウズの働き方は、多くの企業の理想モデルとして社会をリードしていくだろう。