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地雷の看板が今も残る、イスラエル人定番の旅行先 ゴラン高原の二つの顔を見てきた

At the Scene 現場を旅する 更新日: 公開日:
シリア側をのぞむ展望台には、戦時中に使われていた塹壕(ざんごう)跡が残っている。銃を構えた兵士のシルエットを模したプレートも

イスラエルを北に向かうと、レバノンやシリアとの国境にぶつかる。そこに広がる高地がゴラン高原だ。 日本では紛争地のイメージが強いだろうか。外務省のホームページで危険情報を見ると「レベル4:退避勧告」とあり、地図上では真っ赤に塗られている。ところが、私はよくイスラエル人から「休暇に行くならゴラン高原がいい」と勧められる。定番の修学旅行先でもある。はたして、そこは「危険エリア」なのか「人気の観光地」なのか─。車を北へと走らせ、現在の姿を知る旅に出かけた。(高野遼)

エルサレムから車で約3時間。乾燥した大地が続く風景から、次第に木々の緑が増してくる。やがて車窓の向こうには、雪を冠したヘルモン山(①)が見えてきた。

イスラエルでは雨が少ない。休暇になると、多くの人は水と緑を求めて北へ向かう。しかし歴史を振り返ると、ヘルモン山からガリラヤ湖へと注ぐ雪解け水は貴重な水源として戦争の火種となってきた。

ゴラン高原のふもとから、雪を冠したヘルモン山を見上げる

ゴラン高原はシリア領だったが、1967年の第3次中東戦争からは、イスラエルが占領を続けている。高原へと続く坂の手前に「ゴラン高原」と書かれた看板はあるが、そこにはゲートもフェンスもない。気づけば、ゴラン高原へと車は入っていた。

山の中腹には、イスラム教では異端とされるドルーズ派の住民がいる。戦争でイスラエル側とシリア側に引き裂かれたコミュニティーだ。マジュダル・シャムス(②)に住むフッサムさん(60)は「シリア側にも親戚がいる。最近、行き来は難しいけれど、お金を送って助け合って生きている」と言った。

ドルーズ派が住むマジュダル・シャムスの街。手前にはためくのがドルーズ派の旗。フェンスの向こうはシリア側となる

境界線沿いに南下し、展望台(③)に上る。丘の上には塹壕が残り、シリア側がすぐそこに見渡せる。観光客があふれ、紛争地のような緊張感はない。だがシリア側へ続く道を進むと、道沿いには「地雷注意」の黄色い看板が並び、戦いの跡も残る。

ゴラン高原ではシリア側に近いエリアを中心に「地雷注意」の黄色い看板が多く設置されている

シリア側との緩衝地帯に突きあたると、国連兵力引き離し監視軍(UNDOF)の基地(④)がある。フィジー人の隊員2人が「コンニチハ」と陽気に声を掛けてきた。日本の自衛隊もここで任務にあたっていたが、2013年にシリア内戦の激化により撤退した。

シリア側との緩衝地帯で活動する国連兵力引き離し監視軍(UNDOF)の基地では、フィジー人の隊員2人が働いていた

2年前、米国はゴラン高原をイスラエル領だと認めた。記念にトランプ・ハイツ(高原)(⑤)と命名されたユダヤ人入植地がある。訪ねると、20軒ほどの簡素な住宅が完成間近だった。以前からの住民であるウラジミールさん(76)は言った。「お陰で有名になったし、若い人たちが移住してきてくれたら。ここはいい場所だろ?」

2019年に米国がゴラン高原をイスラエル領だと認めたことを記念し、「トランプ・ハイツ(高原)」と名付けられたユダヤ人入植地

たしかに、周りには静かな大自然が広がる。でも帰り際、巨大な軍用車両とすれ違う。まだここは係争地でもある─。そんな現実に引き戻された。

■ヘルモン山スキーリゾート

シリア側を望む展望台では、イスラエルからの観光客が記念撮影をしていた

イスラエルで唯一スキーを楽しめる場所がヘルモン山スキーリゾート(⑥)だ。取材日は、ちょうど雪が降った数日後。平日にもかかわらず、山道はスキー客の車で渋滞を起こしていた。ちなみに半月後には雪が溶け、スキー場は閉鎖に。イスラエルのスキーシーズンは短い。

■ナハル・ヘルモン自然保護区

ナハル・ヘルモン自然保護区には、川や滝をめぐる散策コースを目当てに多くのイスラエル人が訪れる

ゴラン高原の周辺には、多くの国立公園や自然保護区がある。ナハル・ヘルモン自然保護区(⑦)には、ヘルモン山からの雪解け水が流れ込み、散策コースがある。保護区内にはギリシャ神話の牧神パンをまつった「パンの神殿」遺跡も。聖書によると、ここでイエス・キリストが弟子たちに「私を何者だと言うのか」と尋ね、ペテロが「あなたはメシア、生ける神の子です」と信仰告白をしたとされている。

■知る人ぞ知る、高級ワインの産地

代表的なブランド「ヤルデン」の赤ワイン

イスラエルでいいお酒を飲みたいなら、ゴラン高原のワインを挙げる人が多い。知る人ぞ知る、高級ワインの産地だ。高原のあちこちにブドウ畑が広がる。

中心部にあるカツリンにゴラン高原ワイナリー(⑧)を訪ねた。大小10以上のワイナリーがあるなか、1983年にできた最初のワイン工場だ。

代表的なブランド「ヤルデン」のカベルネ・ソーヴィニヨンを試飲させてもらった。濃厚な味わいながら、飲みやすい。

本来はここで、ステーキも一緒にいただきたいところ。ゴラン高原は牛肉の産地としても有名なのだ。でもあいにく、新型コロナウイルスの対策でレストランは閉店中だった。

ちなみに、生産されるワインはすべてユダヤ教が認める「コーシャー」。直接手を触れる作業は戒律に基づいてすべて宗教的なユダヤ教徒が行っている。

ゴラン高原ワイナリーの貯蔵室。1万以上のオーク製のたるにワインが詰められ、適切な温度で管理・熟成されている

■本記事中について、イスラエルによる国際法違反を容認する内容との批判を読者からいただきました。1981年にゴラン高原併合を宣言したイスラエルに対し、国際社会は国連安保理決議でこれを無効としています。記事では、ゴラン高原はイスラエルの占領地だと明記し、観光地化の実情を伝えようとしましたが、占領状態を容認としていると受け止められかねない表現がありました。今後、記事づくりにさらに細心の注意を払っていきます。(4月30日追記)