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リスクは避けつつメンツは守る 北朝鮮弾道ミサイル発射を読む

北朝鮮インテリジェンス
平壌の金日成広場で1月14日、軍事パレードに登場した潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)とみられる兵器。「北極星5」と記されている。朝鮮中央通信が配信した=朝鮮通信

北朝鮮政策を長年担当した韓国大統領府元高官は25日、北朝鮮のミサイル発射について「正恩氏は何度も米国と韓国にメッセージを投げてきた。自分が期待した答えが返ってこないことがはっきりした以上、黙認することは自分の威信にかかわると考えたのだろう」と語る。

米朝首脳会談は2019年2月にハノイで行われた第2回会談で決裂した。正恩氏は同年4月の最高人民会議で「今年末までは忍耐を持って米国の勇断を待つ」と宣言。19年12月に期限が切れた後も米政府の譲歩を待ち続けてきた。正恩氏は今年1月の党大会では「(韓国は)米国との合同軍事演習を中止すべだという我々の再三の警告に背を向け、北南合意の履行に逆行している」と語っていた。

しかし、今年1月に発足したバイデン米政権は、トランプ前政権と正反対に、同盟を強化する方針を打ち出した。16日に発表された日米の外交・防衛閣僚による安全保障協議(2プラス2)共同声明は「北朝鮮の非核化」を明記。18年6月の米朝首脳共同声明で、米朝がともに非核化を進める「朝鮮半島の非核化」という表現にこだわった北朝鮮の主張を否定する姿勢を打ち出した。

大統領就任式で宣誓するバイデン氏(手前左)=1月20日、ワシントン、ランハム裕子撮影

米韓は今月、正恩氏の警告にもかかわらず、合同軍事演習を実施。国連人権理事会は23日、北朝鮮人権決議を採択したが、北朝鮮の人権問題を重視するバイデン政権は、決議の共同提案国に復帰した。

最近、米政府高官と接触した韓国政府元高官によれば、バイデン政権が間もなく明らかにする北朝鮮政策は、オバマ政権以前の伝統的な外交に回帰する内容になるという。元高官は「北朝鮮の完全な非核化を目標にする。段階的な措置を取るが、検証可能な非核化措置を取るまでは制裁は緩和しない。北朝鮮が一番嫌がるアプローチだ」と説明。金正恩氏が求めていた「米国の勇断」とは正反対の内容だという。

弾道ミサイル発射は、バイデン政権によって丸つぶれにされた自分たちのメンツを守るための行動だったと言える。同時に、ミサイル発射には、米朝首脳会談などの余波で米国や韓国にあこがれる風潮が強まっている北朝鮮国内の空気を引き締める狙いもあったとみられる。

一方、北朝鮮も、軍事挑発が自分たちに有利な状況をもたらす手段だと楽観しているわけではない。

韓国軍合同参謀本部によれば、咸鏡南道咸州郡から発射されたミサイルは、飛行距離が約450キロ、高度は約60キロだったという。日本政府によれば、ミサイルは日本の排他的経済水域(EEZ)内には着弾しなかった。

韓国大統領府元高官は「大陸間弾道弾(ICBM)など、自動的に国連安全保障理事会決議を強化させる挑発はできないだろう」と語る。

ロイターは2017年9月、米国が北朝鮮の6回目の核実験を受けて、北朝鮮に対する石油の全面禁輸や正恩氏の資産凍結と渡航禁止などを提案したと報道した。米政府当局者は当時、この提案について「北朝鮮がもう一度、核実験をすれば、こうなるという予告の意味があった」と説明していた。

北朝鮮は新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐ国境封鎖措置などで、経済状況が思わしくない。国内向けに米国に強い姿勢を示す必要には迫られているが、やり過ぎれば、逆に国内の不満が増大しかねない。

第8回朝鮮労働党大会で演説する金正恩党委員長=労働新聞ホームページから

また、北朝鮮はバイデン政権との対話に魅力も感じていない。崔善姫第1外務次官も17日付の談話で、「米国の時間稼ぎに(対話の)応否を明らかにする必要がない」と主張した。北朝鮮はトランプ前政権に対し、状況次第では在韓米軍縮小などの成果を引き出せると期待していたが、バイデン政権は同盟強化を打ち出している。元韓国大統領府高官は「北朝鮮は成果が望めないなかで、リスクの高い挑発はしないだろう」とも語る。

このため、北朝鮮としては、日本や韓国への脅威となる短距離ミサイルを発射し、国際社会がどの程度、圧力をかけてくるのか確かめる必要があったとみられる。

実際、菅義偉首相は25日、記者団に対して、ミサイル発射が国連制裁決議違反であり、厳重に抗議して強く非難すると強調した。バイデン政権は対中国政策のため、日本の役割を重視しており、日本が強く働きかければ、国連安全保障理事会の開催を求めるなど、制裁の強化に動くだろう。

これに対し、朝鮮中央通信は23日、金正恩氏と中国の習近平国家主席が口頭の親書を交換したと伝えた。正恩氏は、北朝鮮の米国や韓国に対する政策を説明し、「敵対勢力の全方位的な挑戦と妨害策動に対処して朝中両国が団結と協力を強化する」と強調したという。

ただ、中朝関係筋によれば、北朝鮮は弾道ミサイル発射などを国家の主権行為だと考え、事前に中国に説明しないケースが多い。中ロ両国は、短距離ミサイルの場合は国連制裁決議強化に賛成しない可能性が高いが、北朝鮮の存在が負担になることは間違いない。北朝鮮は、中ロ両国への依存を高めており、両国との関係には配慮せざるを得ない。国際社会が短距離ミサイル発射に強く反発すれば、北朝鮮も繰り返して発射することが負担になるだろう。

体制の権威を維持し、これ以上の状況悪化を防ぐため、北朝鮮に残された唯一の道は、韓国に対する挑発だろう。韓国は25日、国家安全保障会議(NSC)常任委員会を開いたが、日本とは異なり、短距離ミサイル発射が国連制裁決議違反だとは明言せず、「深い憂慮の表明」だけに終わった。

米国メディアは23日、北朝鮮が21日に短距離ミサイルを発射したと相次ぎ報道した。これを受けて韓国軍は24日、北朝鮮が21日午前に西部の平安南道温泉郡から巡航ミサイル2発を黄海に向けて発射したと明らかにした。韓国野党「国民の力」の河泰慶議員は24日、米韓両政府が当初は非公開で合意していたと説明したと、自身のフェイスブックで明らかにした。

米政府は、発射の事実を非公開にするという韓国との合意があるため、最初に米国メディアにリークしたのだろう。米国よりも韓国への脅威になる巡航ミサイル発射の事実を公にしたかったのは、北朝鮮の脅威を過小評価する韓国の文在寅政権に不満があった可能性がある。

米国と韓国は18日、2プラス2共同声明を発表したが、日米の文書にはあった「北朝鮮の非核化」という文言が抜け落ちた。韓国は23日に採択された北朝鮮人権決議でも、19年から3年連続で共同提案国に加わらなかった。

北朝鮮もこうした米韓の動きを分析しているはずだ。今後は南北軍事境界線や朝鮮半島西側の海上に引かれた北方限界線(NLL)付近を中心にした軍事挑発の動きが増えていく可能性がある。日米韓は来週、米国で北朝鮮政策などを巡る高官協議を行う見通しだが、早急な政策の調整が求められている。