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「韓国は超ストレス社会。だからエンタメが面白くなる」人気エッセイストの韓流論

World Now
ダンシングスネイルさん(提供写真)

ダンシングスネイルさんの書き下ろしイラスト

ーーペンネームの英語は「踊るカタツムリ」という意味ですね。どんな思いをこめたのですか。

韓国では何事においても「早く早く」が求められますが、私は幼いころからとてもおっとりした性格で、この社会には合わないんじゃないかと思ったほどです。でも、「おっとり」は私のアイデンティティーの大事な部分。おっとりしていて、踊るような余裕と楽しさもある。ダンシングスネイル。よくないですか?

ダンシングスネイルさん(提供写真)

ーーエッセー集は日韓で人気です。もともとはイラストを描いていましたが、文章を書くきっかけがあったのですか?

心に浮かんだ思いを言葉にして日記のように書きとめておくことが好きなのです。短い詩のような言葉の数々に、イラストをつけてブログにアップしていました。すると反応がよく、エッセーの出版につながりました。ここ数年、韓国では「うつ」がキーワードです。自分がうつだと明らかにすることは、弱いとか問題があると見られがちでしたが、SNSの発達で人々は個人的なこともどんどん発信するようになった。私もそんな人たちの一人です。同じような思いや悩みを抱えている人たちが多いから、受け入れられたのだと思っています。

ダンシングスネイルさん(提供写真)

ーー確かに、韓国はとてもストレスの多い社会だといえますね。

大学に入るための競争が激しい。就職もそう。大学を休学したり就職浪人をしたりして就職準備のための塾に通う。費用も馬鹿にならないので親と住まざるをえません。精神的にどれだけつらいことか。就職準備の塾のほとんどはソウルにあるので、地方出身の人は上京せざるをえず経済的な負担もかさみます。私がエッセーで書いた「無気力」という感情が多くの若者の共感を呼んだ背景には、このような韓国の現状があります。

「非接触時代、私の『最愛』を愛する方法」

ーーそんなに殺伐とした韓国社会なのに、どうしてコンテンツには元気があるのでしょうか。

そうですね……。思いっきり遊ばないと生きていけないからではないでしょうか。ストレスが多いから面白いコンテンツを見て解消するしかない。コンテンツの消費が多いから、次々と新しいものが作られていく。解消するべきストレスがとてつもなく大きいので、それに比例して面白さや刺激もとてつもなく大きくなる。制作と消費のサイクルの変化が早いので、すぐに新しいものが作られていくのも特徴ではないでしょうか。

競争社会やストレスからの脱出口をコンテンツに求める。韓国にソフトパワーがあるとすれば、社会の良いところと悪いところが「コインの裏表」のように現れた結果だと思います。

「コロナも私たちの情熱は止められない」

ーー韓国コンテンツが世界に広がり、国民も自信を得ている感じがしますね。

若者たちが韓国という国に寄せる視線も変わってきています。かつては米国や日本など外国のコンテンツがかっこよく、韓国のものはそうでないという受け止めが多かった。いま若者たちの間では「クッポン」という言葉が流行です。クッは国という意味で、ポンには酔うというニュアンスがあります。ナショナリズムというと言い過ぎですが、最近では韓国という国をめぐる自尊心が高まったときに使われます。若者にとっては韓国のコンテンツの消費がクールなものになり、「私も私も」という社会的な雰囲気が生まれています。

「部屋にいてもロマンスはあきらめられないでしょ」

ーー日本の人たちにもダンシングスネイルさんのエッセーが好評なことを、どう受け止めていますか。

コロナの影響もあると思いますが、それ以前から韓日を含む世界の多くの国々で経済成長が鈍化し、雇用が減り、結婚も出産もしない若者が増えていますよね。私も含めて今の若者たちの世代は「自由」を求める傾向が強いのですが、既存の世代や会社のような組織はこれをそのまま受け止めてはくれません。息苦しさや無気力。韓国でも日本でも、それは同じなのではないでしょうか。日本の読者も、そこに共感してくれたのだと思います。

ダンシングスネイルさん(提供写真)

ダンシングスネイル(本名・申ハヌル) 韓国の弘益大学でデザインを学んだ後、明知大学で美術心理相談士の課程を修了。心理治療に携わりながら「まずは自分のことから」と思い直し、イラストを描き始めた。著書に『怠けてるのではなく、充電中です。』(邦題、CCCメディアハウス)など。

■(記者の視点)「世界に出なければ」は韓国の宿命だ

最近、韓国コンテンツの勢いを象徴する「事件」があった。ネットフリックスで放映された人気時代劇ドラマ「キングダム」の制作会社エイストーリーをめぐる話だ。

ネットフリックスは自社作品の場合、制作費を負担する一方で知的財産権を保有する。制作会社は大こけによる損失を回避できるが、大ヒットしても大もうけにはつながらない。

関係者によると、エイストーリーは次回作の交渉でネットフリックスに知的財産権の保有を求めたが、協議は進まなかった。結局、中国動画配信大手「iQIYI」と組んだという。

政府機関、韓国コンテンツ振興院主任研究員のキム・セファンさんは「コンテンツのパワーを背景に動画配信会社を選択した初の例だ」と語る。

ネットフリックスなど米国マネーだけでなく、中国マネーも韓国に熱視線を送る。潤沢な資金で良質の作品がさらに生まれる好循環ができている。

韓国政府は2000年代の韓流ブームを受け、コンテンツを産業として育てる政策に乗り出した。関連の政府予算は10年前と比べて5倍超となり、同時期の政府予算全体の増加率を上回る。コンテンツ輸出額は18年、96億ドル(約1兆円)に達した。

ただ、「BTSオンザロード」の著書があり、韓流研究で知られるソウル大学のホン・ソッキョン教授(58)は「国主導で成功したというより、民の力が大きい」とみる。

その民の力も韓国が単独でなしえたものではない、とホンさんは語る。「東アジア文化が世界に広がる先駆として日本の漫画がまず『高速道路』をつくった。今はその上を韓国コンテンツという車が走っている」。興味深いのは、この道は韓国だけのものではないということだ。「ベトナムやタイなどのコンテンツも、すでに走り始めている」

厳しい社会環境を逆手にとってエンターテインメントに昇華し、投資を引きつける韓国コンテンツ。永遠に続くブームはない。いつかは飽きられるかもしれない。確かなのは、一度ブームが去ったとしても、市場規模が小さい韓国は常に世界をみて次なるブームづくりにまた動き出すということだ。

韓国コンテンツの世界への広がりは、サムスン電子や現代自動車といった韓国の大手企業が果敢にグローバル展開する姿と重なる。そもそも自国市場だけに頼れない韓国は、世界に打って出ないと経済成長が難しいという宿命を抱えている。その象徴が韓国コンテンツでもある。韓流という現象から透けて見えるのは、韓国という国の生きる道そのものなのかもしれない。(神谷毅)