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なぜアジア人と欧米人でマスクへの意識が違うのか 専門家が教える、その科学的裏付け

World Now
山口真美・中央大学教授

【合わせて読む】仮面から始まった、マスクの歴史

――欧米ではマスク着用に反対する運動も盛んですが、日本ではそれほど抵抗感がないように思います。

マスクへの抵抗感や慣れは、国というか文化によって違います。顔・身体学での成果がSNSで大きな反響をよびましたが、絵文字の表情、感情は、日本では目で、欧米では口で表しています。

2018年の平昌冬季五輪で、チェコの女子スノーボード選手がスキーで思いがけず優勝した時、ノーメイクをサングラスで隠して記者会見に臨みました。新型コロナの流行前から、女性がノーメイクを隠すのに日本ではマスク、欧米ではサングラスを使ってきました。

――なるほど。その差はどこから来ているのでしょうか。

私たちは、表情は普遍的なものと信じてきました。古くはダーウィンが表情は動物から進化して普遍であると言い、その流れをくみウソを見抜く表情分析で有名になったポール・エクマンという心理学者が「基本表情は世界各国共通だ」という研究を出していました。

ところが、10年ほど前から、視線がどこに向いているかを追うアイトラッカーという装置を使って、顔を見る際の行動がより繊細・科学的に調べられるようになり、認識が変わってきました。

――というと?

私たちは確かに世界各国の人たちの表情を読み取れることができるのですが、東アジア人の表情は目元、欧米人の表情は口元に出やすく、表情を見る際の注目部位も東アジア人は目元、欧米人は口元だということがわかってきたのです。

東アジアの人がマスクに比較的抵抗がないのは、目元が見えるからではないでしょうか。中国など他の東アジアの人たちと話すと、なかでも日本人が一番マスクに拒否感がないのかも知れないと感じます。

逆にサングラスをずっとしている人に対して日本人が落ち着かない、不遜な感じを抱くのは、表情・感情を一方的に隠していると感じるからでしょう。

――欧米では逆ですね。

多くの欧米人がマスクに抵抗を感じるのは言葉が聞き取りにくくなるという問題もあるようですが、やはり表情・感情が読み取れない気持ち悪さからだと思われます。親しい人とも感情のやりとり、情動のやりとりというコミュニケーションの根幹が成立しないというのは苦痛であり、不愉快でしょう。

コロナが流行してから、マスク姿の顔に対しては恐怖や気持ち悪さが増すという素朴な研究論文がドイツから発表されて、欧米の人たちは本当にマスクが嫌なんだなあと思いました。

写真はイメージ

――東アジアと欧米のそうした違いはなぜ生じるのでしょうか。

私たちが東アジア人(日本人)と欧米人(英国人)の赤ちゃんで表情を見る際の注目部位を調べたところ、生後7カ月でも東アジア人は目元、欧米人は口元でした。欧米のお母さんが「ハイ、ベイビー」などと大げさに口を大きく広げて話しかけるのに比べると、日本のお母さんはにこにこと静かにほほえんでいます。赤ちゃんはそれぞれのお母さんの表情の特徴が表れる場所をよく見ているのです。

――生まれつき違うということですか。

いいえ、そうではありません。知覚的狭小化(ナローイング)と呼ばれる、自国の文化への適応が生後1年以内に起きることがわかってきたのです。

あまりに早いじゃないかと思われるかも知れませんが、生後6カ月までの赤ちゃんは実はどこの国の人の顔でも、サルや羊の顔でさえ区別でき、LとRの音の区別もできます。ところが、生後10カ月ぐらいまでで自国の文化の顔や音に慣れていき、こうした驚くべき特性は消えていくのです。

――赤ちゃんはすごいですね。その特性が消えるのはもったいない気がします。

周囲の環境に適応することが、それ以上に重要だからです。広くて浅い認識ではなく、周囲でよく見聞きする顔や言葉をより深く認識できるようになっていくわけです。

――それはそうですね。そもそも赤ちゃんは顔をどうやって見つけているのでしょうか。

大人も建物の扉や窓とか、正面から見た電車とかさまざまな場所に「顔」を見つけますが、赤ちゃんは生まれつき、トップヘビーと呼ばれる両目と口の逆三角形に反応します。「顔」を見つける神経回路が備わっているのです。これを鋳型として顔を見る学習を重ねて、文化差ができていくわけです。

――そうすると、マスクは顔認識の邪魔になりますね。

もし、コロナ禍でずっとマスクを着けて口を隠したままの人に囲まれて育つと、赤ちゃんは顔を見つけられないかも知れません。

といっても、保育園に行くと、子ども同士はマスクをせずに接しています。そうなるとお互いの顔を覚えることができるでしょう。ところが、保育士さんはマスクをしています。誰が誰だか分からないので、マスクの色や描いたキャラクターで特徴付けていることもありますが、マスク顔はトップヘビーではなくなります。ひょっとすると、コロナ禍での子どもたちは同年代の顔は覚えても、外集団の人の顔、つまり大人の顔は覚えにくくなるかも知れません。私たちが見慣れない黒人の顔を区別しにくいのと同じです。

――自閉症など発達障害の子どもたちは、それでなくても表情の読み取りなどが不得手といった話を聞きます。

自閉症の子どもたちはもともと鋳型に注目しにくいので、影響は気になるところです。元来見ることが少ないうえに余計見られなくなった顔から表情を読み取ることには困難が伴うことでしょう。ただ、顔全体だと入ってくる情報が多すぎて苦痛になる子どもでは、マスクで覆われて情報が減るので苦痛も減る可能性も考えられます。こうした影響については、小児科の先生方と今後の研究について考えているところです。

――「欧米では言葉が聞き取りにくい」ということでしたが、マスクは言語獲得に影響を及ぼしませんか。

言語獲得の時期になると、健常な子どもは自閉症の子どもに比べて口元の動きに注目していることを示す研究があります。口元がマスクで隠されると、言語獲得にも支障が出るかも知れません。

ただ、今は昔と違い、さまざまなメディアがあります。子どもの注目は静止画より動画、動画よりリアルな顔の方が高まることが確かめられていますが、このままコロナでマスクをする時代が続くと、マスクをしたリアルの人より、マスクをしていない人が映るテレビ、さらにはインタラクティブに動くネット映像の方が魅力的に感じるようになるかも知れません。子どもたちの発達や今後の社会について考えるためにも、こうしたことも実験の対象となりそうです。

やまぐち・まさみ 1964年生まれ。中央大学文学部教授。1歳未満の赤ちゃんを対象として「世界を見る能力」(視知覚能力)の発達に関する研究を続ける。著書に「自分の顔が好きですか?」「こころと身体の心理学」「損する顔 得する顔」など。